難波田龍起「絵画への道 1」 (1978年執筆)

 自己の真実を語ることはむずかしい。しかし、厚く覆いかくされている装飾物を一切とり去って、物の本質を見極めようとする美術家は、自己の裸を直視しなければなるまい。気弱な私という人間はいやらしいと青春初期の思い出に書いたけれども、そのコンプレックスを克服して生きようとした私は、自然(風景)の前に画架を立てたのである。だが、自然はあまりに広大で、その一部分を切りとることに随分と戸惑ったものである。お手本に頼らずに自力で未知の絵画の世界を開拓しなければならない。それは絵画に志したすべての画学生の願望であったにちがいない。
 私が太平洋洋画研究所に入所してデッサンの勉強を始めるにあたって、高村光太郎も先生に頼らずに自分の眼でしっかり物をつかまなければならないという意味のことを話された。その教示は研究所では通用しがたいものだった。毎月ある石膏デッサンのコンクールで落とされて、研究所に嫌気がさしてしまった。その頃のことだが、白樺派の信者のような精神主義者のS君を中心に、光玄会という小グループを作り、生活と制作の問題を真剣に解決しようとしたりした。その後私は、人体が自由に描ける本郷研究所やクロッキー研究所にも出かけたのである。
 当時私は、絵を描くことは取りも直さず自然が相手なのだと思った。また自然を相手にすることで、孤独な人間は救われるような気がした。かつ自然を描くことで心身ともつよくなりたかったのである。自己の内に何らかの信念が確立されたならば、人生の弱者にならないで済むだろう。親友の山の遭難死は、若い私にひどく応えて、生きる力を奪われそうな危機さえ感じていた。しかし高村光太郎に接して、別の自分が漸く形成されてくるのを感じていたし、絵を描くことに踏み切ったことで、前途に一筋の光が得られそうに思えた。
 私は、最初から画業に志を立て美術学校に入学した青年とは、おのずから違う道を歩き出したわけである。親戚にやはり早稲田高等学院に入学した同年輩のN君がいて、彼から油絵道具一式を教えてもらい、自分勝手に油絵を描き始めたのである。小学生の時から絵は上手な方で、卒業間際に担任の先生から君は将来美術学校に進んだらいいといわれたものである。私はいま先生の予言が適中したのだと思った。そして私の父は軍人であったが、大学を中退して、これから先どうなるかわからない息子の絵画志望を敢えて許した両親の寛大さに、高村光太郎は非常に驚いておられた。その頃は未だ、画家になるというと、すぐさま堕落したように扱われた時代である。また親戚からは、随分と子供に甘い親だと非難されたようである。しかし自由に絵を描くとしても、やはり師は必要なのである。高村光太郎に描き始めから絵を見てもらっていたが、自分は現在油絵は描いていないから技法の面で誰か適当な師についた方がよいと勧められた。
(つづく)

●「生誕120年 難波田龍起展」出品作品

難波田龍起
《石の時間》
1979
リトグラフ(刷り:森工房)
60.0×100.0cm
Ed.25
サインあり
*レゾネNo.10
*現代版画センターエディション
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●お詫び
本日9月3日は、連載エッセイ「刷り師・石田了一の仕事」の掲載日ですが(毎月3日の更新)、私ども(ときの忘れもの)の都合で8月に続き、9月も休載とさせていただきます。筆者の石田了一先生と読者の皆さんにはお詫び申し上げます。
次回は10月3日に掲載予定です。
石田先生だけではなく他の連載も同様で、一~二ヶ月ほど休載させていただきます。
先日少しご報告しましたが、ホームページを全面的に改変し、連動してブログその他も全く今までとは異なるサイトでの公開作業にかかっています。
思ったより手間で、いまだに道半ばというところで、スタッフも喘ぎながら作業を進めています。
ご理解のほどお願い申し上げます。

*画廊亭主敬白
本日より8回目となる「難波田龍起展」を開催します。
ときの忘れもの以前では現代版画センター時代にも数多くの作品を扱わせていただきました。
上掲の「石の時間」は私たちがエディションした作品群の中でももっとも愛着の深い作品です。
再録した難波田先生のエッセイ「絵画への道」は全5回、1978年に現代版画センターの機関誌に執筆していただいたものです。

今回の生誕120年記念展では、ご遺族のご協力を得て、油彩、水彩、版画を出品いたします。
現在、東京オペラシティ アートギャラリーで難波田龍起先生の大規模な回顧展が開催されています(10/2まで)。合わせてご覧いただければ幸いです。

「生誕120年 難波田龍起展」
会期:2025年9月3日(水)~9月20日(土)11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
出品作品リストはこちらをご覧ください。

ギャラリートーク:9月13日(土)16時~17時半 
難波田武男さん(龍起三男)×福士理さん(東京オペラシティ アートギャラリー シニア・キュレーター)
※満席となりました。

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info[at]tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。