ひろしま国際建築祭

今村創平

 散在する展示を見る中で、その街の魅力に気づく。
 急峻な細い道を巡る楽しみ。途中で気力が萎えるような、時に狭く、急な階段が続く。今回訪問時は軽い風邪気味であったため、坂を登り続けることに、一瞬ひるむこともあった。しかし、歩みとともに光景が展開するのは快感であり、しかし一方で十分にそれを味わる余裕もなく、上方へと気がせいた。
 尾道は、古くから海運の要所であり、文化の交流点でもあった。金融や商業も発展し、ある社会規模と文化的成熟をもちながら、海岸からわずかばかりの平らな部分を残しすぐにはじまる急峻な斜面地のため、無限定な開発を逃れ、今でもかつての細やかなスケールを残した、魅力的な空間を有している。
 瀬戸内海特有の温暖な気候の地であり、しかし滞在した数日は、小雨交じりの曇天が続いた。今月初めに始まった、〈ひろしま国際建築祭〉は、3年に一度開催が予定されているトリエンナーレ形式で、今回は初回。将来的には広島市他にも広がるようだが、今回は、福山・尾道に展示が分散されている。
 日本では美術館で開催される建築の展覧会が、昨今ととても多い。また多くの建築を一般公開する試みは、「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2016年より)」など各地で増えている。作品を探しながらある地域の中を訪ねる楽しみは、新潟越後妻有の〈大地の芸術祭〉2000年~)をはじめ、先行する各地の芸術祭で保証されたものだ。しかし、〈ひろしま国際建築祭〉は、建築がテーマとされた地域芸術祭としては、日本では初めての試みとなる。世界では、〈ヴェネチア建築ビエンナーレ〉が建築界最大のイベントとして知られるように、他にもシカゴ、ソウルなど、都市の名前を関した建築企画はいくつもある。〈ひろしま建築トリエンナーレ〉は、今後どのように成長するのだろうか。
 さらに、尾道・福山には、すでに数十を数える著名建築家による現代建築が狭い範囲に埋め込まれており、また瀬戸内海に分布する中世の代表的な仏堂(西国寺金堂、尾道市)といった寺院建築もある。歴史的建築の公開には、地域の記憶が伴われ、ノスタルジックな側面もあるが、今回の建築祭では、建築の新しい動向も紹介され、そうした新旧の混交も建築ならではの面白さといえよう。
 今回私は23日の日程で、尾道のすべての会場と福山・神勝寺の展示を観ることができた。訪問の直接的な理由は、尾道市美術館で開催された「ナイン・ビジョンズ展」に、私個人及び千葉工業大学今村創平研究室で協力をしたためである。本展は、プリツカー建築賞を受賞した8組(9名)の建築家についての展示であり、私たちは、槇文彦磯崎新のパートを担当した。
 話は前後するが、この建築祭の総合ディレクターは白井良邦さん、チーフキュレーターは前田尚武さんである。ちょうど一年ほど前にお声掛けをただいたが、前田さんはすでに槇、磯崎の展示についての構想があり、それを一緒に深めて実現に至った。
 「ナイン・ビジョンズ展」は、それぞれの建築家の展示スペースは限られており、そうした中で、いかにその建築家のエッセンスを提示できるかが重要だと思われた。槇文彦については、〈ヒルサイドテラス〉が傑作であるだけではなく、槇の建築と都市についての長年の思想を集約的に実現しており、ヒルサイドテラスのみを展示することでこの建築家を紹介できると考えた。


槇文彦〈ヒルサイドテラス〉模型および展示

 磯崎新においては、あまりにも多岐にわたる思考、活動、作品を手掛けた巨大な存在をいかに見せるかが課題だった。自身が、最晩年の回顧展のタイトルに「謎」とつけていた。また、一昨昨年(2022年)亡くなられたばかりのこともあり、息吹を伝えようと考えた。代表作は必ず入れるとして、様々な活動、関連する書籍、スケッチをはじめ建築家の身体性が感じられるものを重視し、「海」と「群島」という言葉を好んだように、「海」に浮かぶ「群島」のように、展示物が配されるよう意図した。実際には、スペースが限られ多くを削る必要が生じ、詰め込み過ぎたために島々のような効果はあまり感じられないかもしれない。


磯崎新 展示

 「ナイン・ビジョンズ展」以外にも様々展示があった。展覧会に足を運ばずとも情報を得られる時代であるから、実際のこの場でしか体験できないもの、この機会のためにつくられたものは、特に興味深く思われた。例えば、神勝寺を会場とした、「NEXT ARCHITECTURE |「建築」でつなぐ新しい未来」展では、川島範久の木製の装置が目を引いた。川島の関心は自然素材の循環にあり、それにリアルに触れることができる仕掛けであった。


川島範久「循環の‘かなめ’となる建築」

 また、ONOMICHI U2を会場とする、けんちくセンターCoAKによる「「ZINE」から見る日本建築のNow and Then」は、昨今つくられているさまざまな印刷メディアを集め、デジタルが支配的な時代における、これらのささやかともいえる試みの面白さを救い上げていた。


ZINE」から見る日本建築のNow and Then

(いまむら そうへい)

■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。

●建築文化の祭典『ひろしま国際建築祭2025』開催のお知らせ
ひろしま国際建築祭とは
〈ひろしま国際建築祭〉は、“建築”で未来の街をつくり、こどもの感性を磨き、地域を活性化させ、地域の“名建築”を未来に残すことをミッションとして掲げ、3年に一度、広島県内で開催する建築文化の祭典です。
初回となる『ひろしま国際建築祭2025』は、福山市の「ふくやま美術館市民ギャラリー」、尾道市の「尾道市立美術館」など、広島県外のサテライト会場を含む10を超える会場で開催します。
巨大な内海に面した瀬戸内地域では、古来、風土や景観、伝統に呼応した名建築の数々が生まれてきました。その背景には、日本が国家として形づくられた遣隋使・遣唐使の時代から近世の朝鮮通信使・北前船にいたるまで、広島県の位置する瀬戸内海が“文化・物流の大動脈”だったことが理由としてあります。日本はこの瀬戸内海を通じ、海外から人や文化を招き入れ、あるいは発信し、この海を通じ文化交流を行ってきました。古建築はもとより、自然と文明が築いてきた瀬戸内地域特有の磁力に吸い寄せられるように丹下健三、安藤忠雄、伊東豊雄、SANAA、坂茂といった現代の建築家たちも挑戦的で実験的な名作を次々と生み出しています。それゆえに瀬戸内地域は古建築から現代建築まで「建築文化の集積地」として貴重な建築の宝庫となっているのです。
“文化・物流の大動脈”であった瀬戸内海の周辺地域は“つなぐ”ことを鍵にその礎を築いてきたといえます。『ひろしま国際建築祭2025』は、「つなぐ——“建築”で感じる、私たちの“新しい未来” Architecture:A New Stance for Tomorrow」をテーマに、歴史、風土、景観、技術、思想などさまざまな視点から“建築”に触れ、考え、交わる機会をつくり、ここ瀬戸内で建築文化を感じることから、みなさんと“新しい未来”像を探りたいと考えています。
ひろしま国際建築祭2025総合テーマ
つなぐ——「建築」で感じる、私たちの“新しい未来”
Architecture:A New Stance for Tomorrow
地球規模で発生する自然災害や、戦争とそれに伴う難民問題、そして環境破壊—21世紀に入って四半世紀経った今も、私たちは様々な問題に直面し、不安を感じながら日常生活を送っています。またここ日本では少子化・高齢化が進み、経済の停滞や無秩序な開発で街の風景が変わるなど、活気が失われつつあります。私たちはそのような状況のなかで、問題にどう向き合い、課題を解決していくべきでしょうか?“建築”は単に建物や街づくりを指すものではありません。それは文化を生み・育み、私たちの生活をより豊かにしながら未来をつくっていくための「知恵」のひとつです。
建築祭を通じ、私たちの新しい未来について、考えてみたいと思います。
開催時期2025年10月4日(土)~ 11月30日(日)(58日間)
開催地:広島県福山市・尾道市
会 場:福山エリア(ふくやま美術館|iti SETOUCHI|神勝寺禅と庭のミュージアムほか)+瀬戸内海周辺のサテライト会場
    尾道エリア(尾道市立美術館|LOG|ONOMICHI U2ほか) +瀬戸内海周辺のサテライト会場
主 催:神原・ツネイシ文化財団 https://kambara-tsuneishi-foundation.jp/
後 援:広島県 福山市 尾道市 一般社団法人せとうち観光推進機構 一般社団法人広島県観光連盟 広島商工会議所 福山商工会議所 尾道商工会議所 中国新聞社
協 力:尾道市立美術館 ふくやま美術館 おりづるタワー domaine tetta LLOVE HOUSE iti SETOUCHI 神勝寺 ONOMICHI U2 LOG
総合ディレクター:白井良邦(神原・ツネイシ文化財団理事/慶應義塾大学SFC特別招聘教授)
チーフキュレーター:前田尚武(神原・ツネイシ文化財団主任研究員/京都美術工芸大学特任教授)
出展建築家・作家
安藤忠雄、石上純也、磯崎新*、伊東豊雄、川島範久、高野ユリカ、妹島和世(SANAA)、丹下健三*、長坂常、西沢立衛(SANAA)、坂 茂、藤井厚二*、藤本壮介、前田圭介、槇文彦*、山本理顕、VUILD / 秋吉浩気、Clouds Architecture Office、けんちくセンター CoAK、スタジオ・ムンバイ/ビジョイ・ジェイン、UMA / design farm (以上、五十音順・*故人)
公式ウェブサイト:https://hiroshima-architecture-exhibition.jp/

 

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●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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