佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第22回

イメージの裏側

ザルツブルクに出かけた。言わずと知れたモーツァルトの街であり、カラヤンの生誕地でもあり、コンサートの1つでも優雅に聴きたいところだが子連れ旅にクラシックコンサートのハードルは高い。そのかわりというわけでもないけれど、行く前に映画「サウンドオブミュージック」を家族で観た。この映画はほとんどザルツブルクとその近郊で撮影されている。

街の中心部にあるミラベル庭園は「ドレミの歌」のシーンが撮影された場所で、子供たちは一つひとつ巡っては映画の主人公マリアになりきって歌っている。大人にとっても、今なお色褪せない名曲の数々は何度聴いても美しく、ザルツブルクに行くなら観ておいて損はない。すれ違った別の家族の子供たちも「ドレミの歌」を歌い踊っていて、うちと一緒だ、微笑ましい、とよく見ると彼らもアジア人である。その時ふと思った。

アメリカ映画「サウンドオブミュージック」は、ナチスがオーストリアに侵攻した年の設定で、当然ナチスを完全悪として描いているのだけれど、この映画は実はザルツブルクでは長らく上映されなかったという。劇中で、オーストリア人が故郷を想う歌として流れる「Edelweiss(エーデルワイス)」は、アメリカ人がこの映画のために作った曲だ。「Myfavorite things(私のお気に入り)」の歌詞の中に「schnitzel with noodles」とあるが、現地のシュニッツェル(オーストリア名物のカツレツ)に麺が添えられることはまずない。とはいえ名曲であるのは事実。「オーストリア人はどんな気持ちで聴くのだろう」と気になりつつも、やはり曲の圧倒的な美しさの前に「でもオーストリアの美しさを讃える曲だし、オーストリア人も喜ぶに違いない」と結論づける。

本当だろうか。全編にわたってザルツブルクの美しい景色が展開されるのに上映されなかったという事実は、そんなに軽いものだろうか。そう考えると、僕らはずいぶんあっさりと「アメリカ式の物の見方」を受け入れているように思えてくる。実際オーストリアに来ながら、アメリカの眼鏡を通して見ているというのは不自然と言える。けれど子供は現に楽しんでいるし、映画を観なかったら旅の満足度は違ったのだから、やはり観てよかったのだ。悩む必要のない事で悩んでいる気もするが、では僕らが楽しんでいるのはオーストリアなのかアメリカなのか。

サウンドオブミュージックしかり、ディズニーランドやマクドナルドやコカコーラ等々、アメリカは子供たちの心を捉えるのが上手だ。「大人とは萎縮した子供である」という言葉があるけれど、アメリカが作るものは、大人も子供のままでいることを許しているのかもしれない。子供は大人になり社会で活躍する歳になれば、昔の楽しい思い出を社会に体現しようとする。My favorite thingsで歌われるように辛く悲しい時を乗り越えるのは、楽しい記憶なのだ。

ヨーロッパは世界の父であり、アメリカは世界の母なのかも知れない、と思う。中世以降世界を覇権してきた横暴な父は世界大戦で自らを戦場にしてしまった。そこに現れた(もしくは戦争を逃れた横暴でない方の父が作り出した)マリアが近代アメリカで、それゆえディズニー映画は常に母の不在の不安を埋めてくれるものなのだ。だから子供たちの心をとらえて離さない。

そしてアメリカは今、父になりたがっているようにも見える。かつて横暴だった父、つまりヨーロッパは、理性のあった本来あるべき父の姿を取り戻そうと頑張っている。けれど母がいない。母がいなくてこの世界は大丈夫なのか。

トラップ家からマリアが居なくなったところで映画の前半が終わり幕間になる。後半序盤にマリアはまた戻ってくるのだが、そのあとの物語は大人がメインの話になり、わが家で観ている子供たちの集中力が俄然落ちる。子供はどこまでも正直である。前半で終われば楽しい子供のままでいられたのに。後半が終わる頃には、娘は母の腕の中でぐっすりと寝ていた。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2026年2月20日の予定です。

●「中村哲医師とペシャワール会を支援する12月頒布会/原健、福岡泰彦」は本日締切です。皆様のご支援、ご協力をお願いします。

特集展示「磯崎新 版画展」
会期:2025年1224日(水)―12月27日(土) 11:00-19:00
ときの忘れものでは4日間の短い会期ですが、磯崎新の版画を特集展示します。
私たちが版元に名乗りを上げ(現代版画センター)、神楽坂時代の磯崎アトリエを初めて訪ねたのは1976年でした。第一作の〈ヴィッラ〉シリーズ及び大作《空洞としての美術館》の誕生は1977年です。
以来、40数年にわたり版元として、磯崎版画の誕生に立ち会ってきました。
現代版画センターおよびときの忘れもののエディションだけで250点(種類)を超します。
本展では、シルクスクリーンや銅版画、木版画、ポスターなどをご覧いただきます。

◆「作品集/塩見允枝子×フルクサス」刊行記念展は本日最終日です。
会期:2025年11月26日(水)~12月20日(土)11:00-19:00 日曜・月曜・祝日休廊

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。 
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