1月24日(土)12時から開催した「綿貫不二夫 12作家の版画制作を語る半世紀 第1回 オノサト・トシノブ」へご参加いただきました皆様、まことにありがとうございました。

次回の開催が決まりました。
「綿貫不二夫 12作家の版画制作を語る半世紀 第2回 菅井汲 聞き手/三上豊」
開催日時:2026年2月28日(土)14時~(要予約)
会場:ときの忘れもの

どなたでも参加いただけますが、事前予約制とします。
参加費:1,000円(資料代を含む)
参加ご希望の方は、お名前(フルネーム)、ご連絡先(住所)を明記の上、メールにてお申込みください。
会場の都合で(狭いので)定員は5名とします。
前回は12時開始でしたが、今回は14時開始となります。

菅井汲「スクランブルG」

1976年
凸版+シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:35.5×25.0cm
シートサイズ:40.5×28.5cm
Ed.150  サインあり
*現代版画センターエディション

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。


1月24日(土)の「第1回 オノサト・トシノブ」の様子。綿貫不二夫と綿貫令子。


左が三上豊先生。
参加者の方からご感想をお寄せいただきました。下記をお読みください。

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こんばんわ。
この度は綿貫様のお話を伺う機会を頂き御礼申し上げます。
綿貫様の版画作成に関する取り組みのきっかけから関係者、仕組みについて詳細に懇切丁寧にご説明頂きました。今回のオノサト・トシノブの油絵から版画製作、油絵の複数のキャンバスを壁にかけ並行し、今日はこの色、明日は別な色を塗られる規則正しい生活、野球の巨人のナイトゲームをラジオ放送で楽しみにされていたとのこと。油絵から版画を作成されたとのこと。オノサト・トシノブはビエンナーレへ2年連続参加される売れっ子であったがある事情から同時期に活躍した瑛九とは現在の人気の違いがあるお話は興味深かったです。
版画の画家のサイン、エディション数、額装した配送でガラスが割れる事故とかのお話もあり。ある画家が入れるエディション数はあてにならず、同じ作品ながら2030とがある話には驚いたりでした。画家が前回何部作成されたか記録せず、改めて1番から振られたもの。
綿貫様のサラリーマン生活の企画書の成果が版画作成、ある飲み屋のお話とかもさまざまお話をお伺いしました。
綿貫様の上司から紙は残り続けることからの企画書作りを指示された話と記憶に残りました。
*NYさん

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「ときの忘れもの」が配信するメールマガジンで、綿貫不二夫氏が12人の作家について語る企画があることを知り、すぐに応募した。第1回目に取り上げられた作家は、オノサト・トシノブである。
オノサトは、綿貫氏の故郷である群馬にゆかりのある作家であり、(また筆者がファンとして長年追いかけてきた)瑛九と1936年から晩年まで親交を重ねた人物でもある。
オノサトは瑛九と同様に、カンディンスキーの造形理論を読み、さまざまな丸(円形)や配色をキャンバスに塗りこむ作品を制作し、久保貞次郎という共通のパトロンが両者の活動を支えていた。そのような背景から、綿貫氏が語るオノサトについて、筆者は関心をもっていた。しかし、語られたのは、「幸運な瑛九、不幸なオノサト」という似て非なる境遇。オノサトは1960年代には、ベニス・ビエンナーレの日本代表として2度選出され、国際的な評価を得た作家であるが、その後、さまざまな不運が重なり、現在では国内でオノサトを扱う画廊はほとんどないという。
また、オノサトは瑛九と異なり、規則正しい生活を送り、規則性に基づいて制作を行う作家であったという。ロールで購入したキャンバスをほぼ真四角に切り分け、自ら木枠にバチバチと張っていたようだ。真っ白なキャンバスには、鉛筆とコンパスで図形を描き、複数枚を壁に並べ、同時進行で色を置いていく。右上の端を塗ったら対角線上の左下を塗り、翌日は色を変えて同様の作業を繰り返すことで、幾何学模様が徐々に形作られていく。綿貫氏の語りからは、一種の儀式をみるような不思議な制作風景を目の当たりにして、今もなお興奮冷めやらぬようすで嬉々として語っていた。
綿貫氏らは、久保貞次郎の意志を引き継ぎながらも、新たな方法で版画作品の普及に尽力してきた。綿貫氏は当時の様子を包み隠さず語り、その口調は次第に勢いを増していく。オノサトの家族のこと、オノサト展を開催した美術館や新聞社、南画廊のこと、さらに創美会員である尾崎正教、大野元明、高森俊、岡部徳三らが、オノサトの版画を決まって30部ずつコレクションしていたこと。そこへ、綿貫氏らが「現代版画センター」をたちあげて、版画制作にかかわるようになったこと。彼らの存在がオノサトの家族の生活を支えたことなど。
これらの話は、聞き手である三上豊氏によってさらに深掘りされ、綿貫氏が版画センターを立ち上げた頃の状況へと展開していった。版画の販売方法、サインについて、作品の運搬方法、支部を増やしたこと、板ガラスの入った額の苦労話、話題は広範に及んだ。
綿貫氏の初期の活動時は、毎日新聞社販売局と二足の草鞋を履いていたこともあり、資金繰りがよく、そこで培われた仕事の経験がベンチャー精神に転じたのかもしれない。綿貫氏が打ち立てた企画が作家の制作意欲を刺激し、版画収集のコレクターをも惹きつけたのではないだろうか。話の終盤では、東京都現代美術館に収蔵されたオノサト作品のコレクションの話になった。当時まだ評価が定まらなかった作家であっても、コレクターの琴線に触れるものを見極め、世に送り出してきた。その姿勢からは、綿貫氏が言葉にせずとも相手の懐を見抜く力を持っていたからこそできたことではないかと推察する。
帰宅後、綿貫氏が美術界に足を踏み入れた初期の活動について、三上氏が紹介していた埼玉県立近代美術館の企画展『版画の景色――現代版画センターの軌跡』(2018年)を手に取った。同展は、当時センターが築き上げたエディションを一堂に見る機会となり、その活動を初めて本格的に検証する意義深い展示であった。
図録を開くと、A~Dに区分された冊子や紙面に活動内容の記録がびっしりと並び、どこを見ても文字、文字、文字――情報量の多さに圧倒される。ここまでスタイリッシュにまとめられた図録の背後に、綿貫氏の語る一つひとつの出来事がこのような記録と結びつくのかと想像を膨らませると、どれほど膨大な時間と労力、お金、そして情熱が注がれたのか、頭上でモヤモヤと想像したが、形にならない。
「今」という現実を真摯に受け止め、可能性を探りながら工夫し、展開していく――その試行錯誤の連続が、綿貫氏ら「現代版画センター」という、単に作品を扱うギャラリーではない、「版元」としての役割を果たす場となって、作家の制作活動を支えていた。作品を売ることだけを目的とするのではなく、作品が生まれる過程や作家の思考、時代背景を丁寧にすくい取り、言葉や記録として残していく。そして、版画センター支部として「仲間」を増やし、同時にコレクターとの関係性を築いた。そうした営みが積み重ねられることで、作品は一過性のものではなく、時間をかけて読み直され、次の世代へと手渡されていく。「現代版画センター」の仕事は、美術業界に新たな潮流を生み出し、美術史に新たな道筋を築いたと言っても過言ではない。
続く「ときの忘れもの」でも、美術作品を短期的な市場で消費するのではなく、中長期的に支え・育てていく姿勢は、お金では買えない作品への「想い」である。作品の前にたった人に、にこやかに「いいでしょう」と伝える。そうした軽やかな関係性の積み重ねから、作家のファンを増やしてきた。
今回の綿貫氏が語る会では、ひとりの作家・オノサト・トシノブを知る場であると同時に、作家を支えてきた綿貫氏、コレクター、そして版画センター支部という仲間たちの存在が明るめになった時間でもあった。過去を振り返ることで、評価は常に環境に左右されるものであり、作家や美術作品の捉え方はその時代によって変化することを知った。オノサト・トシノブは「不幸」であったというが、このように綿貫氏によって語られたことは「幸運」なことで、これから新たなファンが増えていくのではないかと想像する。
NMさん

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昨日はお疲れさまでした。
感想、簡単ですが、以下のようにまとめました。
1月24日(土)の綿貫不二夫氏による「12作家の版画制作を語る半世紀」の第1回「オノサト・トシノブ」では、以下のような事柄について、当事者ならではのエピソードや脱線も交え、生き生きと語られました。
・綿貫不二夫氏が毎日新聞から独立し、現代版画センターの設立に至る経緯。
・設立当初の版画センターの組織や販売状況、オノサト・トシノブの位置付け。
・オノサト・トシノブの油彩画や版画(木版、リトグラフ、シルクスクリーン)の制作手順・手法
・オノサト4人組とも呼ばれる尾崎正教、高森俊、大野元明、岡部徳三、の役割と貢献
・オノサト家(本人および特に夫人)と、南画廊の志水楠男氏や他の画廊との関係
・美術館のオノサト展の開催状況、オノサト作品の所蔵状況(特に東京国立近代美術館の藤岡コレクション、東京都現代美術館の福原義春コレクション)
・オノサト・トシノブの評価の現状と展望(特に瑛九との比較)
今回のお話によって、これまで作品や文献でしか知らなかったオノサトの姿や現代版画センターの状況を、初めて理解できたような気がします。このような機会に恵まれ、ラッキーとしか言いようがありません。次回以降も楽しみです。
TNさん

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昨日は綿貫不二夫様のトークイベント12作家の版画制作を語る半世紀に参加させていただき、
誠に光栄に存じます。心より御礼申し上げます。
貴重な時間を過ごさせていただき、大変勉強になりました。
もし時間が許されるならば、綿貫様のお話をずっと伺っていたいと思いました。
また参加させていただきます時を楽しみにしております。
OYさん 
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●ときの忘れものは昨年6月に30周年を迎えました。
現代版画センター(1974~1985年)を経て、1993年に綿貫令子が有限会社ワタヌキを設立、1995年6月に南青山に画廊「ときの忘れもの」を開設いたしました。
紆余曲折はありましたが、約半世紀、主として現代版画の版元として活動してまいりました。
現代版画センターが制作発表(エディション)した約80作家、780種類の版画・立体マルチプルのうち280点は埼玉県立近代美術館に寄贈いたしました。
同館では2018年に「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展を開催し、280点を公開、展示してくださいました。
  会場:埼玉県立近代美術館
  会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
ときの忘れもののスタッフは誰も現代版画センターを知りませんが、同センターのエディション作品はこれまで現在の所蔵者(関西の通販会社)から少しずつわけていただき(買い戻し)画廊で紹介展示しています。さらにときの忘れもののエディション作品も既に300点(種類)を超えています。
それらの作品群の中から、スタッフの希望で、
オノサト・トシノブ、菅井汲、内間安瑆、ジョナス・メカス、元永定正、アンディ・ウォーホル、宮脇愛子、草間彌生、靉嘔、磯崎新、安藤忠雄、関根伸夫の12作家にどうのように関わり、エディション作品をつくってきたかを公開で語ることとなりました。
聞き手は現代版画センターを知る編集者の三上豊氏にお願いしました。
毎月1回、第4土曜日の14時から開催します(要予約)。

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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