2026年2月7日(土)、世田谷美術館での川崎槙耶さんのコンサートを鑑賞してきました。
この日の東京の体感温度は零度。
雪がちらつく中、砧公園の中にある世田谷美術館の講堂にて、川崎槙耶さん出演の「プロムナード・コンサート 第275回 To Perform! ~ピアニスト川崎槙耶が贈る実験音楽の世界~」が開催されました。賛助パフォーマーとして柴山真太朗さんも出演。
日程=2026年2月7日(土)13:30開場 14:00開演
会場=世田谷美術館1階 講堂
定員=120名(応募抽選となったようです)
ときの忘れものでの2025年11月28日と29日に開催した塩見允枝子先生監修の「観客参加のフルクサス・パフォーマンス」では、川崎さんと柴山さんに司会進行を行っていただいたご縁から、今回のご案内をいただきました。
配布されたパンフレットには各楽曲の解説付き。会場は定員120席満席。
川崎さんによる丁寧な解説をはさみながら、20曲が演奏されました。

講堂に入ると中央にグランドピアノ。上手(画面右)には小道具のようなものが並んでいます。
1.フランチェスコ・フィリデイ《トッカータ》1996年
最初の楽曲は、グランドピアノの鍵盤を押さず指で撫でたり叩いたりする曲。
「トッカータ」はイタリア語で「触る」を意味します。川崎さんの爪がカタカタと黒鍵に当たるリズムが次第に早くなっていく。鍵盤の上を右に左にと両手を動かす川崎さん。その隣で静かに楽譜をめくる柴山さん。実験音楽のなんともいえない緊張感のある雰囲気に笑いを堪えるのが必死でした。一見すると即興で鍵盤を撫でているだけのように見えますが、厳密なスコアが設定されているそうです。実験音楽の世界の始まりです。
2.ヘンリー・カウエル《エオリアン・ハープ》 1923年
3.ヘンリー・カウエル《バンシー》 1925年
ヘンリーはジョン・ケージの師。グランドピアノの弦の部分を弾いたりして演奏する「内部奏法」の楽曲。
内部奏法は海外では認められるところが多いそうですが、日本では行える場所が少ないそうです。ピアノの内部を直接触れる奏法ですから調律が狂ってしまうからでしょう。今回は専門の調律師の方の協力で実現したそうです。川崎さんは白手袋をつけて演奏。郷愁を誘うようなしっとりした演奏。
4.エルヴィン・シュルホフ《5つのピトレスク》より第3曲「未来へ」 1919年
なんとこちら「沈黙」の楽曲。
沈黙といえばジョン・ケージの「4分33秒」が有名ですが、この作品は「4分33秒」の30年も前に制作されたものです。スコアの中には「!」や「?」、絵文字のような「スマイルマーク」が書かれています。これまた演奏者のパフォーマンス力が試される曲。川崎さんはというと、「!」マークの部分に差し掛かると驚いて鍵盤から手を離す動作。「スマイルマーク」の部分では観客に向かって無言のスマイル(笑顔)を送るという実演を披露。
5.ラ・モンテ・ヤング《コンポジション1960 第13番》1960年
ロベルト・シューマンの「トロイメライTraumerai」を演奏し始める川崎さん。きっと何か起こるだろうと身構えていた私でしたが、そのまま何も起こらずゆったりと終了。解説によれば、このスコアには「任意の音楽作品を可能な限り上手に演奏すること」というテキストスコアだそう。こんな曲もあるのですね。
6.山根明季子《状態 No.7》 2024年
山根先生のこのスコアには「任意のBGMを再生しながら任意の既成楽曲を演奏する」という指示。川崎さんによる選曲のピアノ演奏とともにPCを経由してスピーカーから流れるのはYouTubeで川崎さんが選んだ電子音。その音が交わっていくような曲です。ここから次第に現代的なテーマが見えてきたような気がします。
7.塩見允枝子《幽閉された奏鳴曲》2014年
川崎さんは山根先生との繋がりから塩見先生と昨年お会いしたそうです。
「演奏者が任意に選択した既成の荘厳なソナタを聴覚的・視覚的に“幽閉”していく。」作品。
塩見先生の代表的な作品です。畳2畳ほどある半透明な白い布を観客から募られた4名と柴山さんが、グランドピアノと奏者の川崎さんを包んでいきます。柔らかな布が空を舞う様子が美しく、音が視覚的に閉じられていく様子が美しい曲でした。

幽閉された後のグランドピアノ。
完奏後にピアノ奏者の川崎さんが脱出したので布がずれています。
―休憩15分― ここで小休止。
8.スティーブ・ライヒ《クラッピング・ミュージック》1972年
手拍子だけで演奏される曲。
一定のリズムで始まりますが、後半で一定の回数ごとに一拍ずつ前にずれていくスコア。川崎さんと柴山さんがステージ中央に立ち、譜面台を前に置いてスコア通りに手拍子を鳴らしていきます。
が、ここでアクシデント。会場のエアコンの風によって譜面台に置かれた紙の楽譜が床に落ちてしまいました。二人は真顔でゆっくりと顔を見合わせますが両手の演奏は止めません。冷静な二人の姿に観客から笑いが起きます。柴山さんが瞬時に床から楽譜を拾い上げて譜面台に戻して完奏。演奏後に川崎さんが「風の悪戯ですね」と一言。こういうハプニングもライブならではですね。
9.ジョン・ケージ《トイピアノのための組曲》 1948年
トイ(おもちゃ)ピアノをつかった作品。
ステージ中央に運ばれてきたのは赤いトイピアノ。ケージのパートナーであるダンサーで振付家のマース・カニンガムのダンスのために作曲されたそうです。5つの小品から構成されているようで可愛らしい音色の曲が(おそらく1曲)披露されました。

川崎槙耶さん(右)と柴山真太朗さん(左)。
手前には赤いトイピアノ。
10.ヘニング・クリスチャンセン《ピアノのためのソナタ Op.17-1》 1962年-1963年
3楽章で構成されたテキストスコア。
詳細は省きますが、深い瞑想をせよ、優雅に兎跳びをせよ、ピアノのまわりを四つん這いで一周せよ、通り過ぎざまにピアノをひっくり返せというようなスコアが書かれた曲。川崎さんが演奏しますが、最後にはグランドピアノをひっくり返そうと試みるも断念した彼女は、ステージに残った赤いトイピアノをひっくり返していました。
11.小杉武久《革命のための音楽》 1964年
「5年後に自分の片方の目をえぐり出し、さらにその5年後にもう一方の目にも同じことを行う」という驚愕のスコア。
「演奏を始めます」と発する川崎さん。彼女の後ろのスクリーンに映し出されたのはスケジュール管理用の画面。2031年2月7日に目をえぐり出すスケジュールが柴山さんのPC操作で入れられます。
こればかりは5年後の実演は中止になることを願っています。
12.ジョージ・ブレクト《2つの持続》 1961年
スコアには「red/green(赤/緑)」とだけ書かれた作品。
中央のスクリーンに映し出されるのは、交差点の信号機と車。
青信号になると柴山さんが緑色のホースのようなものを手に持ってステージを上手から下手へ行ったり来たり。ホースを片手で回すとヒュンヒュンと音が鳴ります。ホースの先端を床に叩きつけたり、動作が激しくなることもあります。スクリーンの信号機が赤信号に変わると川崎さんが赤色のホースを持って加わります。柴山さんよりも激しい動きが多い様子。信号機が変わるタイミングで自分の色になったらアクションを起こしながら二人は歩き回ります。
赤と緑、動と静、陽と陰、男と女、あらゆる対比が表現された作品のように感じました。
会場のボルテージが上がったところで、ここからは13番〜19番まで7つの作品が連続で演奏されました。
13.オノ・ヨーコ《WALL PIECE FOR ORCHESTRA》1962年
「壁で頭を打て」というテキストのみの作品。
川崎さんが下手に歩き始め、壁の前で立ち止まると頭を30度ほど傾けて壁に打ち付けます。
ゴンと鈍い音。何回か打ち付けた後で上手に移動し、また壁にゴン。ゴン。ゴン。なんだか見ているのが辛くなってきます。
14.ベン・ヴォーティエ《ラジオ》1961年
壁に頭を打ちつけた川崎さんを尻目に「演者と観客が、ラジオで演奏を聴く」というテキストの本作を柴山さんが演奏し始めます。
ポケットラジオをステージ中央に持ち出してアンテナを伸ばす柴山さん。ラジオのつまみを回しながら番組をザッピング。昭和のアイドル曲。雪模様を伝える天気番組。衆議院選挙の情報(本公演の翌日が選挙投票日)。ウクライナ情報など。時折ザーザーとノイズ音を鳴らしながら、聞き取れる番組にメモリを合わせる柴山さん。
15.ジョージ・ブレクト《ヴァイオリンのためのソロ》1962年
正式なタイトルは「ヴァイオリン、またはヴィオラ、チェロ、コントラバスのためのソロ」。
「polishing(磨く)」の一言のみのテキストの作品。
柴山さんがステージ中央でヴァイオリンを白い布で磨きます。
16.リー・へフリン《落下》作曲年不詳
「その軽さのゆえに投げづらいものを投げろ」というテキストスコアの作品。
二人がばら撒いたのは三角形の色紙や何か文字が書かれたような白い紙。ステージ上に振りまいていきます。

床に散らばった色紙。
17.ラ・モンテ・ヤング《コンポジション1960 第6番》1960年
「演奏者(人数は任意)は舞台に座り、観客がふだん演奏者を見たり聞いたりするのと同じように、観客を見て、そして聞く」というテキストの作品。
二人が顔を右から左にゆっくりと振って観客全員と目を合わせてくるので私は目をそらしてしまいました。
18.ケン・フリードマン《Explaining FLUXUS》1986年
「いくつかの簡単な小道具を使って、5分以内でフルクサスを説明する」という指示のイヴェント。
川崎さんが「フルクサスとはジョージ・マチューナスが〜」と声高に説明を始めます。さながら選挙演説のよう。
例として、ラ・モンテ・ヤングの《コンポジションズ 1960》の「直線を描きそれを辿れ」を実演。
講堂の床の模様に合わせて棒状のもので上手から下手へ大きく床に線を引く動作をする川崎さん。(実際には線は描かれていない)。
このあたりで14番のベン・ヴォーティエ《ラジオ》で流された番組が「四時です」と時報を鳴らしました。《ラジオ》はこの間も演奏中でした。
19.ロバート・ワッツ《イベント:13》1962年
「(舞台で)左手の幕の切れ目から13個の黒い風船を放す。右手の幕の切れ目から13個の白いボール(または卵)を落とす」というもの。
スコアには「ヘリウムガスで満たされた」風船を使用するという指示があるそうですが、会場の安全のために今回はガスは使用しないことにしたそう。柴山さんがビニール袋に入った風船を床にポンと投げます。白い方は、卵ではなくボールを投げていました。
ステージ上がおもちゃ箱をひっくり返したような状態になった頃合いで二人がお辞儀。
7曲のオムニバス演奏は終わりました。
20.ジョン・ケージ《4分33秒》1952年
最後の曲は有名なこの曲。
今回はなんと合唱で演奏するというので、観客から10名が募られました。
これまで19曲を聴いて熱気あふれた観客からは我も我もと手が挙がり、すぐに10名が決まりました。
私もここは!と勇気を出して手を挙げて演奏に参加。ステージに立つと何もしないのに緊張感に襲われました。合唱隊が客席に向かって半円を作り、川崎さんがストップウォッチと指揮棒を持って中央に立ちます。演奏開始。
指揮者の彼女が観客にお辞儀をすると何も指示されていない合唱隊もお辞儀。練習していないのに連帯感がすでに出来上がっています。川崎さんが合唱隊の顔を左から右へ流すように見て、指揮棒を空に上げてスッと振り下ろすとストップモーションに。私は指揮棒の先端と目が合って、ジッとただただ見つめます。
この曲は第1楽章30秒、第2楽章2分23秒、第3楽章1分40秒で構成された曲です。各楽章の合間には川崎さんが指揮棒を下ろして区切りをつけますが、合唱隊もその時は演奏をやめて緊張を解きます。私は2楽章から自分に「指揮棒から目を離すな」というキューを出して見つめることに努めました。乾いた会場の空気が私の両目のコンタクトレンズを眼球に押し込んできます。なんとか涙を流さずに演奏を終えると観客から拍手。不思議な達成感を感じた4分33秒でした。
最後に.ディック・ヒギンズ《コンステレーションズ》
プログラムの上では20曲で終了ですが、最後に全員でこの曲を演奏して終わろうと言う川崎さん。
それぞれが手を叩くか足を一度だけ鳴らすと言う作品。(スコアの詳細は省きます)
日本の「一丁締め」のようにパンッと全員が鳴らした一音で会は締め括られました。
実験音楽は難しいと思われている方も少なくないと思いますが、体感すると見方・聞き方はまったく変わってきます。ぜひ皆さんも実験音楽の世界、フルクサスの世界に足を踏み出してみてください。
ときの忘れものでもまた何かできたらいいなぁ。
(スタッフM)
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
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