
この連載の2月18日の項で、ご紹介した「沈黙の雄弁」という本(特に特装版)について掲示板でご質問があったので、詳しくご説明します。
昨秋、駒井哲郎先生の命日にご遺族によって出版されました。
「駒井哲郎文集を編輯」したもので、縦245×横197×厚さ45mmの白い箱に入った667ページの分厚い本です。
掲載した図版の一番目は、この本の表紙と外箱です。
普及版と特装版の二種類があるのですが、表紙その他、中身もまったく同じです。
ただ一点、銅版画(後刷り)が挿入(綴じ込み)されているかだけの違いです。

次の図版は、この本の奥付です。普及版と特装版、いずれも全く同じです。
<沈黙の雄弁
二〇〇五年十一月二十日発行
著者 駒井哲郎
著者 駒井美子
発行者 大竹正次
*
製作 校倉書房
非売品>
<>内が奥付の全文です。他に何も記載されていません。

私は当初、普及版をいただいたのですが、この本に特装版(銅版後刷りを挿入)があることを不勉強で知りませんでした。それも8種類もあるなんて(!・・・・)。
後日、特装版の存在を知り、慌てて入手しました。
三番目の図版が、その8種類の中の一冊です。左ページに挿入されているのは1958年制作の「海辺の貝」というメゾチント作品の後刷りです(レゾネ番号106)。
8種類の中では最も希少な作品です。

本それ自体には、特装版のことも、挿入版画のことも、部数のことも一切記載がありません。
その代わりに中に二つ折りのチラシ(栞)が一枚入っておりました。
それが4番目の図版です。
そのまま正確に引用しますと、
<「沈黙の雄弁」は、特装版のみ限定200部が刊行された。
1冊につき各1葉ずつ納められている銅版画は全てで8種類あり、
それぞれ25部が摺られ、ナンバーが記され、アトリエマークがエンボスされている。
内訳は下記のとおり。
1.「Radio Activity in my room」
エッチング・メゾチント・エングレービング 9.9×8.3cm 1949
2.「記号の静物」
エッチング・ドライポイント・ソフトグランドエッチング 9.4×8.8cm 1951
3.「海辺の貝」メゾチント 10.0×12.0cm 1958
4.「物語の朝と夜」メゾチント 10.0×12.0cm 1958
5.「一樹」エッチング 16.4×8.7cm 1960
6.「風船」エッチング 7.6×7.6cm 1960
7.「向かい合う魚」エッチング 6.7×11.6cm 1965
8.「大樹を見上げる魚」エッチング 12.8×8.2cm 1967>
引用した< >内の記述とともに8種類の図版が掲載されています。
このチラシ(栞)の裏面には、<栞作成 森井書店>と記載されています。
つまり、奥付にはない古書店さんが栞のみ制作したということなのでしょうか。
謎は残ります。
瑛九やゴヤを持ち出すまでも無く、版画作品の没後の後刷りは、生前刷りのオリジナル版画の市場的価値を大きく左右します。
今まで、駒井哲郎先生の没後の後刷りは極く限られたものだけ(たとえば美術館収蔵のための)でしたが、この「沈黙の雄弁」特装版のように組織的な後刷りが出現すると、コレクターの皆さんにとっては、その正確な情報(いつ、誰が、どういう目的で、何部、後刷りしたか)が何より重要です。
そういう意味ではこのたった一枚の栞の役割は大きいですね。なくさないようにしましょう。
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