難波田龍起「石の時間」
難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA
「石の時間」
 1979  lithograph(刷り:森工房)
 60.0×100.0cm
 Ed.25 Signed
*現代版画センター・エディション
*レゾネNo.10

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◆ときの忘れもので現在開催中(10月8日~17日)の「難波田龍起展 没後10年ー未発表版画を中心に」には、リトグラフも2点出品しています。
ここにご紹介するのは、1979年8月に発表した大判のリトグラフです。
製版と刷りを担当してくれたのは、長野県坂城にある森工房です。主宰者の森仁志さんのことは以前このブログで紹介しましたので、割愛しますが、私が版元として多くの作家のエディションを手がけることができたのは優れた刷り師(版画工房)に恵まれたことによります。
シルクスクリーンの岡部徳三さん、石田了一さん、銅版の山村兄弟、白井四子男さん、そしてリトグラフの森仁志さんらは私にとっての恩人です。

森さんは今でも原広司設計のすばらしい工房を主宰していますが、この難波田龍起先生のリトグラフを制作したのは、もう一代前のやはりコンクリート造の自宅を兼ねた工房でした。

私は東京を離れ故郷の山里で新しい版画工房をつくるのだと決意した森さんを微力ながら応援しようと、難波田龍起先生はじめ、大沢昌助関根伸夫、竹田鎮三郎らの作家を坂城にお連れして、現代版画センターのエディションのために作家を缶詰にしてリトグラフを作っていただきました。

このとき(1979年)難波田先生は74歳になっておられましたが、奥様を伴われ坂城まで出かけ、数日の信州旅行を楽しまれました。
いや、楽しまれたのは奥様だけで、先生は我々が工房に閉じ込めて、この「石の時間」と「樹の波」という2点を制作していただいたわけです。

リトグラフという技法は今ではアルミ板や亜鉛板を使って描画する平版技法ですが、森さんは日本では(世界でも)珍しくリトグラフ本来の「石版石」に拘り、失われつつある石版石を買い集めて多数所蔵しています。
石版石というのは、炭酸カルシウムを主成分とした天然の石灰石のことで、表面には無数の小孔があります。
金属であるアルミや亜鉛板にはない、きめの細かい表現ができ、それを使いこなせればすばらしいリトグラフができます。
ただし、重い! 新品だと厚さ10cmもある。
柾判(45×60cm)でも60kgを超えます。
まして1メートルを越す石版石となると、1人では持ち上げることもできません。腰痛のもとです。
この「石の時間」は森工房にあった最大の大きさの石版石を使って制作されました。
大きな石版石の端に立って、ゆらゆらしながら一心にクレヨンで描画されていた難波田先生の姿を今でも鮮やかに思い出します。
先生にとっても、日本の版画史にとっても間違いなく名作だと思っています。