柳沢信9

柳沢信 Shin YANAGISAWA
「ローマ」
  1993  Gelatin Silver Print
  22x32.5cm signed

ときの忘れもので開催中の「柳沢信写真展」(2008年1月11日[金]―1月26日[土])には、初めてのお客様が多い。新聞や雑誌でそう紹介されているわけでもないのに、不思議です。それだけ、展示が待たれていたということなのでしょう。口コミのおかげです。

ときの忘れものの常連で、このブログにも「植田実のエッセイ 本との関係」を連載して下さっている植田実先生が先日来られて熱心にご覧になりながら「いいなあ」と賛嘆しているので、少し自慢したくなって「いいでしょう、この写真家知っていました?」ととんでもない失言をしてしまいました。
植田先生、「ぼく、柳沢さんの廃墟の写真持っているよ」。
私、「えっ」と絶句。
植田先生、つつとときの忘れものの販売用の本棚によって一冊の本を取り出し、144ページを開いて黙って差し出された。
以下がそのページの冒頭の一節です。
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『都市住宅』で出会った写真家たち
 「アトジェというのか、アジェというのか、ちょっと変ったスペリングの名前なんだけれど、どこかの洋書店で写真集がないか探しているんです。見かけたら教えてください。」
 そういわれて何年後かに銀座のイエナ書店で“Paris du temps perdu”を見つけたときには、Atgetが好きだった若い写真家はもう建築界にはいなかった。工場機械の記録写真を撮って生活していたのだけれど、建築も写してみたいということで人に紹介されて編集部に時折顔を出すようになり、自ら希望して白井晟一の親和銀行東京支店の撮影を引き受けたりした。そのうち演劇コラムの写真を撮るためにベケットやマース・カニングハムの舞台に熱中するようになり、そのあたりから、私は、彼が建築の竣工写真をとることだけでは納まらないだろうと思い始めていた。ちょうど二〇年前のはなしだが、最後に彼が解体中の東京中央電信局の写真を一枚くれて、それから先、会うことはなかったような気がするが、ごく短いつき合いの、彼の人柄や写真は、何か鋭角的な記憶となって残り、編集作業のなかで付き合ってきた建築写真の外にある風景を、自分自身でも見始めるきっかけとなったようである。この若者は柳沢信といった。・・・・・・・・

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植田実のエッセイ1
この本『植田実の編集現場 建築を伝えるということ』(2005年 花田佳明著、中野照子+佐藤雅夫/植田実編集、ラトルズ刊 2,500円+税)は私たちの教科書ともいうべき本であり、何度も読んでいたはずなのに、この一節にあった柳沢信という名前を見落としていたのだ。恥ずかしい。
いまさらながら植田先生の慧眼に驚くと共に、縁というか、運命というか、美意識というのはそう突拍子もない者同士の共有はないんだなあと安心したような次第です。

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