物忘れがひどい。
先日も本屋に行って川柳作家・岸本水府を描いた『道頓堀の雨に別れて以来なり』が文庫本に入っていないか(単行本はどこに行ったか行方不明)、店員に尋ねようと思ったのだが、何としても作家名が出てこない。
かもかのおっちゃん>のあの人なのに、のどまで出掛かっているのだが・・・まさか、「かもかのおっちゃんの奥さんの本探しています」なんて恥ずかしくて言えないしね。
ほんとに弱った。田辺聖子の名をやっと思い出したときは、さすがにほっとした。

私らの商売はお客さんの名前はもちろん、売った絵の作家名、作品名、売価等々を諳んじていなければ落第である。ひたすら記憶力の勝負である。
ところが最近、私、落第続きなのである。
先日もある作品を贔屓の客に勧めた。
「綿貫さん、それ前に買ったじゃない」・・・
私もこの先、長くはないかも知れない。

戸張孤雁こんなことばかり愚痴っているとほんとにぼけてきそうなので、話を変えましょう。
某月某日、某オークション会社から電話がかかってきた。
「綿貫さんが入札して下さった戸張孤雁の『千住大橋の雨』なんですが、コンディションの変更をお伝えしたくて電話しました。実はカタログには<大体良好>と書いたのですが、右上に破れの補修跡があり、その他にも・・・・・」
ピンときて、「入札が殺到したので、額の裏を開けたんでしょ」と指摘したら「実はそうなんです。エスティメート3~5万円に踏んだんで、まあ<大体良好>でいいかなと思っていたら、反響が大きくて」慌てたらしい。
村上某のオフセットに高額の値をつけておきながら、孤雁の『千住大橋の雨』にエスティメート3~5万円だなんて、あんまりだ(怒、苦笑)。
歴史の浅い日本でいくつものオークション会社が競うように設立されれば、当然スタッフ不足(人数、能力)をもたらし、「コガンって誰?」ということにもなる。
いまさら、「あんたね。孤雁の彫刻はいずれ重文だよ」といってもはじまらないか。
「千住大橋の雨」は20数年前、100万円を越す金額で某コレクターに売ったことがあります。その原版木も一時私の手許にありました(現在は愛知県美術館所蔵)。
文句無く日本創作版画史上、ベスト10に入る名作です。
私へそまがりだから、上記の電話を受けてさらに入札金額を316,000円までアップさせた。社長にはもちろん内緒です。
因みに私、オークション会場に行って競りに参加したことはない。行けば熱くなりとんでもない買い物をするのはわかりきっているので、社長に強く諌められている。だからいつもカタログを見てひそかにファックスで入札するだけです(涙)。
果たして結果は32万円ということで、具眼の士はいるもんですね。悔しいような、ほっとしたような・・・・。

オークション会社を意地悪婆さんみたいにけなしてばかりいるようですが、作品の流通、価格の公開など評価すべき点の方がもちろん多い。
毎回数百点の出品作品を集め、それを一つ一つチェックし、正確なデータを記載するのは容易なことではありません。スタッフの皆さんの奮闘には同情を禁じえません。いずれの会社のスタッフも皆さんお若い。でもそうやって段々と経験が蓄積されていくのでしょうね。景気の良いところに人材が集まるのは世の常ですから、未来は明るいと信じましょう。

つい先日も、最大手のシンワがコンテンポラリーアート・オークションを開催したことなど、数年前の惨憺たる市場の低迷を考えると隔世の感があります。
瑛九・窓
わが愛する瑛九も「窓」(油彩8号、1957年頃、日経『瑛九作品集』84頁所収)が出品され、520万円というハンマープライスで落札されました。
美術館や一部の熱狂的支持者が支えた時代から、市場で流通する<商品>になってきたということでしょうか。
あの作品はかつて私どもの壁にかかっておりました。嫁に出した身としては、喜ぶべきなのでしょうね。

◆ときの忘れものでは本日より5月2日まで「アンドレ・ケルテス写真展」を開催しています。
どうぞお出かけください。