日本の版画
日本の版画V

いささか旧聞に属しますが、今年1月12日~3月2日の会期で、千葉市美術館で「日本の版画Ⅴ 1941-1950 『日本の版画』とは何か」が、開催されました。
創作版画ファンとしては、千葉市美術館が1997年から連続して開催してきたシリーズ「日本の版画」は高く高く評価したい。今回はその第五弾。
今まで空白に近かった戦争から戦後にかけての1940年代の10年を対象としたことは特筆されていい。
この時代、多くの作家にとっては苦い記憶とともにあるはず。
戦争中だろうと、戦後の混乱期だろうと版画はつくられていたし、版画家(画家)たちは湧き上がる創作力を何らかの形に結晶させたいと思っていたはず(そうでなければ作家とはいえない)。
日本軍や、戦後は進駐軍への協力をした作家も少なくなかった。
封印されたそれらの時代と作品が徐々に明らかにされつつある。
千葉市美術館の企画は「あの時代、誰が何を作っていたのか」という点を実作によって検証していることが重要である。
田坂乾、恩地孝四郎、関野準一郎、北岡文雄らによって描かれた東條英機をはじめとする「大東亜会議列席代表像」などの作品を、正面から取り上げた意義は大きい。

以下、同館のHPより引用。
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日本版画を概観し、版画にとってこの時代がいかなるものであったかを検証します。
対象となる年代は太平洋戦争の始まる1941年から。
いよいよ自由な活動を封じられ、映画や写真、新聞や雑誌といったメディアに大衆との接点を奪われるなかで、版画家たちはそれぞれに戦争との対峙を迫られました。
あるものは大政翼賛会のもとに結成された日本版画奉公会に拠って献納版画を手がけ、あるものは疎開地の風景や外地に取材しながら「日本」とは何かを改めて問いました。
また私家版の小世界に沈潜するベテランがおり、才能を開花させることなく戦病死した版画家の卵たちもおりました。
そして戦後、戦中に溜め込んだエネルギーを吐き出すように、日本の版画は新たな展開を見せます。大型の抽象版画が勃興し、明治期以来の創作版画から隔絶した若手も次々に現れ、やがては国際展での受賞を重ね、日本のアートシーンを牽引するまでになるのです。
展覧会の主たる対象は1950年までですが、エピローグとして1953年頃までの作品をご覧いただき、近代版画から現代版画に至るダイナミックな造形の展開をご堪能いただければと思います。
〔主な出品作家〕
畦地梅太郎/泉茂/瑛九/奥山儀八郎/小野忠重/恩地孝四郎/加藤太郎/川上澄生/川西英/北岡文雄/北川民次/上阪雅人/駒井哲郎/斎藤清/品川工/杉原正己/関野凖一郎/武井武雄/橋本興家/初山滋/浜口陽三/浜田知明/平塚運一/前田政雄/前田藤四郎/武藤完一/棟方志功/山口源/山口進ほか
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ほんとうは、会期中にご紹介したかったのですが、あれやこれや雑事に追われ、とうとう展覧会も終わってしまった。いつもながらすいません。
でもそのカタログはお薦めです。
最近、予算不足から来る経費節減とやらで、カタログのない展覧会が増えてきた。先日の東京都写真美術館の「シュールレアリスムと写真 痙攣する美」展などその典型だが、せっかくの好企画がカタログを作らないことによって後の世代にその成果を渡すこともできないし、カタログ編集による緊張感みたいなものがプッツンしてだらけたものになってしまう。同展の出品作品のキャプションなどいかにも間に合わせ仕事で正確なデータとは言いがたかった。
千葉市美術館のカタログ刊行のような地味だが継続的な努力を大いに賞賛したい。
版画ファンのみならず、戦中戦後の美術史の空白を(ほんとうは空白ではなく、ただなかったことにしているだけなのだが)憂いている諸兄には必読のカタログです。

『日本の版画Ⅴ 1941-1950 「日本の版画」とは何か』図録
 2008年 千葉市美術館
 24.0×19.1cm 158頁
 テキスト=西山純子、岩切信一郎
 図版=243点
 1. 戦中の創作版画
 2. 奉公する版画
 3. 戦中の版画本
 4. 標本たちの箱庭―加藤太郎と杉原正巳
 5. 焦土よりー進駐軍と日本の版画
 6. 戦後ー抽象と具象のあいだに
 7. 世界という舞台へ
価格2,300円(税込、送料無料)
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