
去る3月3日死去された松永伍一先生を偲ぶ会が、5月11日に浅草橋の日本子守唄協会のスタジオで開催された。松永先生は晩年、日本子守唄協会の名誉理事をされていた。同会代表の西館好子さんたちが中心になって偲ぶ会を企画し、簡素だが心のこもった集まりとなった。
二人のお嬢様はじめ、ご遺族、親交のあった多くの方が出席された。
私も社長と二人で出席したが、不忍画廊やシロタ画廊さんも見えておられた。
歌手の川口京子さんが「中国地方の子守唄」を歌い、松永学校の卒業生(早稲田の4年間を松永家に下宿していた)料理評論家の山本益博さんは40年にわたる親交を語った。
女優の藤村志保さんは詩を朗読した。
高校の後輩で松永先生を兄貴と呼んで慕った俳優の田中健さんがケーナの演奏を、ギタリストの原荘介さんが歌とギター演奏をささげた。
病院のベッドで繰り返し聞いていたという「冬のひまわり」を歌手の松原健之さんが歌った。私は初めて聞いた歌だが松永先生が最後に応援していた松原健之という芸名は、松永先生と五木寛之さんの名前から一文字づつとって五木さんが命名したとのこと。松永先生が愛した歌らしく切々とした情感のこもった素晴らしい歌だった。
権威や組織には無縁だった松永先生らしい会で、在りし日のことを思いだしながら、ご冥福をお祈りした次第です。
私たちにとっては特に思い出深いのは、1977年に現代版画センターから刊行した詩画集『少年』です。
この詩画集の装丁者・池田令子とは社長のことです(つまり結婚前の彼女の仕事です)。
吉原先生も今はない。
ちちの愛をはんぶん
ははの愛をはんぶん
体温にもらいうけてぼくが育つ
はさまれているからぼくの蕾がふくらむ
ちちもねむるだけが夜
ははもねむるだけが夜
ぼくはちちに代る<男>を夢みる
ぼくはははの湖をおもう<男>に近づく
はさまれて早春
みそさざいが沼をとぶ朝ぼくの罰は
ははの乳房のうえで
ちちの力失った敵をのぞきこむ
・・・・・・・・・詩画集『少年』より
・・・・・松永伍一 「少年」という宿題(1977年)より
1977年 リトグラフ3点+銅版3点入り
31×25cm 布貼りたとう・函入り
Ed.85 各作品にサイン入り
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