
前回(第27回)私の生涯でもめったにない僥倖があり、駒井哲郎先生の珍しい木版画2点を入手したご報告をしました。この2点はいったいどういう素性のものなのか。
私が最初にこの作品を手にしたのは、17年前の1991年、恩師の久保貞次郎先生からでした。その久保先生も亡くなり、その後どういう変遷を経て、再び私の手許に戻ってきたのか。
この数ヶ月、2点の木版画のことが寝ても覚めても頭を離れず、何とか駒井作品であることの具体的な証拠を見つけたいと、ずっと追跡を続けてきました。
2点の木版画は今までの駒井哲郎のカタログや画集、年譜などの文献類には私が目にした限りでは出てきません。
こういうときはめくら滅法動いてもろくなことはない。
仮説をたてそれにそった調査をする。
先ず、冷静にこの作品を凝視し、時代のあたりをつけました。
また私の手許にある文献資料に見当たらないということは、調査の進んでいない初期、すなわち戦前~戦中~戦後の極く最初の頃の作品と推定しました。
次に、この絵柄から考え、何かの挿絵に使われた、または挿絵のために制作されたものなのではと推定し、今まで調査から漏れている本(駒井先生が挿画を担当された)に狙いをしぼりました。
駒井先生が挿画を担当された仕事は膨大にあり(もちろんそれが生活を支えていたわけですが)、その多くは『駒井哲郎ブックワーク』(1982年 形象社)に収録されています。駒井家に残された本の装丁挿画はほぼ全てがこの『駒井哲郎ブックワーク』に入っています。
文献にもない、おそらくご遺族のところにもない(あっても今まで気づかない)、駒井研究者の多くが気づいていない挿画の仕事ではないかというのが、私なりの結論で、その線から古本屋のルートで片っ端からあたり、遂に見つけました。
河田清史編『象とさるとバラモンとーインドの昔話―』
装幀挿画・駒井哲郎
彰考書院 昭和23年7月10日発行
柳田國男・川端康成・監修<世界昔ばなし文庫>
編集責任・関敬吾・石田英一郎
表紙カットの他に、カラー口絵が1点、文中10点もの挿絵が入っています。
その11点の絵を見て、皆さんどう思われますか。
私はつくづく駒井先生は版画の人なのだなあ、という感慨を新たにしました。
因みにこの本『象とさるとバラモンとーインドの昔話―』の古書店からの購入価格は3,500円でした。
我ながらよくぞ見つけたものだ(と自画自賛)。


表紙と奥付












ご覧になっていただけばおわかりの通り、実際の木版画と本に挿入された挿絵は少し違います。
木版にあった周囲を囲む装飾的な飾り縁が挿絵ではカットされています。その理由はわかりませんが、その分本の方が弱い印象です。
実物の木版画の方が完成度はもちろん高く、一点に加えられた手彩色も駒井先生の作品への意思が感じられ、単なる挿画として以上の作品として十分な魅力を湛えています。
戦後の混乱期に活字(書籍)への人びとの渇望は想像以上のものがあったと思います。その期待に沿うべく、この柳田國男・川端康成の監修による<世界昔ばなし文庫>が企図されたものと思われます。同じく刊行された他の本に駒井哲郎の挿画がないか、いま国会図書館やら上野の国際こども図書館の蔵書を調べていますが、まだ見つかりません。引き続き追跡します。
◆ときの忘れものでは、5月9日~5月31日まで「細江英公写真展 ガウディへの讃歌」を開催中です。
昨夜は、細江英公先生のギャラリートークを開催しました。写真コレクターの原茂さんを聞き手に、五味彬先生などプロの写真家から若い学生さんまで、バラエティにとんだ参加者を前に細江先生が熱弁をふるわれました。その報告は後日致しますが、ヴィンテージプリントの素晴らしさをぜひ実物を見て楽しんでください。
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