ゾーンシステムを巡って 中島秀雄
 銀塩写真のネガは、版画の版木(原版)に似ている。版の良し悪しで、その後のプリントに大きな影響を与えるのもネガと同じだ。しかし、版木は試し刷りによって修整できるが、ネガ修整はほとんど不可能にちかい。それゆえに写真は、信憑性が保持されている。表現のためにあえてネガにキズをいれたりする写真家もいるが、二度と元に戻らない。しかし、一般の人たちはネガに興味を持つことはなく、写真家も見せない。実は、ネガには、それまでに費やした時間と空間、瞬間と永遠、現実と幻影、アイディア、思索、そして、生活のすべてが銀粒子の一粒一粒に埋もれているのだ。
 私は、それまで、表現のためにはアイディアやコンセプトが大事で、ネガは付随的なものとしか考えていなかった。ネガの重要性を知ったのは、写真家の細江英公氏の助手になってからだ。細江さんは、写真作家としてすでに高い評価を得ていて、多くの作品を世に送り出していた。驚いたのは、細江さんの強烈な作品からは想像できないくらい几帳面にネガ整理が出来ていたことだ。ネガ台帳、コンタクトプリント、ネガファイル、そして全てに共通する通し番号が書き込まれ、ネガ台帳から日付、内容、番号を確認し、コンタクトプリントからネガを見つけることまでスムーズ進められるようになっていた。ネガやコンタクトプリントを見ることは、作家の創作プロセスや作品の秘密に触れることに等しく、夢中で眺めたことを記憶している。そして、さらに驚いたのは、作品のテーマに合わせるようにネガの様態は、それぞれまったく違っていた。ある作品には製版用のフィルムが多用され、別の作品には多重ネガ、他の作品には薄いネガというように、作品の強烈な個性の秘密はこれらのネガにあることを知った。
そして、助手の私は、ネガ作りからプリント制作までの一切をまかされるときがついにやってきた。(なかじま ひでお)

中島秀雄
中島秀雄「教会」

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから

◆ときの忘れものでは6月9日[火]―6月27日[土]「銀塩写真の魅力~Gelatin Silver YES! 」展を開催しています。ゾーン・システムを考案したアンセル・アダムス、それを現在日本で実践する中島秀雄、複数のネガを用いてひとつの画像を作り上げるジェリー・ユルズマンなど暗室作業にこだわった作家のほか、ウィン・バロックの代表作「森の中の子供」、エドワード・ウェストンの「ヌード(1936)」をはじめ、ルイス・キャロルレスリー・R・クリムスハーブ・リッツ植田正治今道子クリス・ジョンソン安齊重男アレン・ダットンフレッド・シールジル・ペランの15作家の写真を展示しています。
出品作品を収録したリーフレット(A5判、20頁)を製作中です(予価300円、送料120円、切手可)。