スタイケン写真展に寄せて・第3回  小林美香

前回は、ポートレート写真を中心にスタイケンがスタジオの中で撮影した作品を見てきましたので、今回は屋外で撮影された写真に注目していきましょう。展示作品の中でも、木肌を前景にとらえた"Walden Pond, Concord, Massachusetts"(1934) や、ハドソン川の上にかかるジョージ・ワシントン・ブリッジをダイナミックな構図でとらえた"George Washington Bridge, New York"(1931)のような作品は、精緻なディテールや空間の奥行きが豊かなグレーの諧調によって表されています。

11エドワード・スタイケン11.Edward STEICHEN
Walden Pond, Concord, Maddachusetts
c1934(Printed in 1987)
Gelatin Silver Print
34.1x23.2cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

16エドワード・スタイケン16.Edward STEICHEN
Geoge Washimgton Bridge, New York》 1931(Printed in 1987)
Gelatin Silver Print
33.4x26.6cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

"Florida Jungle" ( 1936) や"Clouds" のような作品においては、自然の光が織りなす微妙で繊細な表情そのものが主題になっていると言えるでしょう。また、ポートレート写真の中でも、詩人のカール・サンドバーグ(スタイケンとサンドバーグは義理兄弟の関係でした)のポートレートは、岩肌を背景に自然光で撮影されており、前回紹介したようなスタジオで撮影された黒と白のコントラストを強調したポートレート写真と比べると、その空間の光の柔らかなニュアンスが伝わってきます。
4エドワード・スタイケン4.Edward STEICHEN
Florida Jungle
1936(Printed in 1986)
Gelatin Silver Print
26.4x33.8cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

3エドワード・スタイケン3.Edward STEICHEN
Clouds
(Printed in 1987)
Gelatin Silver Print
23.7x34.2cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

10エドワード・スタイケン10.Edward STEICHEN
Carl Sandburg, Umpawaug, Connecticut
1930(Printed in 1987)
Gelatin Silver Print
32.6x26.4cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

このような豊かなグレーの階調表現は、ポートフォリオのプリンターをつとめた写真家ジョージ・タイス(1938‐)の手によって、オリジナルのネガから引き出されたものです(タイス自身も、大判カメラを用いて風景を撮影し、モノクロームの精緻なプリント作品により高く評価されています)。このような、撮影した写真家本人が他界した後に、別の人の手によって制作されたプリントは、ポスチュマス(posthumous 没後の意味)・プリントと称されることがあります。タイスは、スタイケンから直接指示を受けてプリントを制作したわけではありませんが、このような精緻なプリントから、彼がスタイケンの作品の本質を深く理解していることや、オリジナルのネガがいかに精度の高いものであったか、ということを伺い知ることができます。

この連載の第一回目でも述べたように、スタイケンは第一次世界大戦後からそれまでの印画技法を駆使して制作していたピクトリアリズム(絵画主義写真)の表現をやめて、ストレート写真という、写真の精緻な記録性をそのままに活かして、鮮鋭にディテールを表現するようなスタイルへと転向していきました。このように制作の指向性が変化する中で制作された作品の中にも、彼がそれまでに写真や絵画の作品制作で培ってきた感覚が、被写体の形状、奥行き、表面のテクスチャーを画面全体の構図のバランスのなかで表現する方法に活かされているのを見てとることができます。たとえば、重なり合うバラの花弁をクローズアップでとらえた"Heavy Roses Voulangis, France" (1914 )や、セザンヌの絵画の部分を彷彿とさせるような方法で梨と林檎を配置して撮影した"Three Pears and an Apple, France 1921"からは、被写体となったもののディテールを注視しつつ、画面全体の構図を作り上げようとする意図を見て取ることができます。

展示作品の中にも、樹木や花のような植物が写し取られたものがいくつかありますが、このことはスタイケンが園芸や植物に深い造詣を持っていたことにも関連していると言えるでしょう。彼は20世紀初頭から、コネティカット州に農園を所有して園芸に勤しみ、飛燕草(デルフィニューム、delphinium)を栽培し、品種交配までをも手がけるという、植物、園芸の専門家としての一面も持っていました。1936年にニューヨーク近代美術館で開催されたスタイケンの個展では、植物を撮影した写真を中心に構成され、彼の農園で収穫された飛燕草も併せて展示されたそうです。被写体のディテールに注視し、それを忠実に写真によって再現するスタイケンの技術は、植物の個体の差異を研究し、栽培するという経験からも培われてきたものかもしれません。
5エドワード・スタイケン5.Edward STEICHEN
Lotus Pond, Mount Kisco, New York
1915(Printed in 1986)
Gelatin Silver Print
26.6x33.5cm 33/100
裏にプリンターと遺族のサイン有り

エドワード・スタイケンは、19世紀末からその人生の大半を写真に捧げ、写真家としてだけではなく、プロデューサー、キュレーターとして幅広い活動を展開し、表現手段としての写真の可能性をさまざまな方法で切り拓いてきました。その表現の根幹は、植物のような自然の造形への観察力や、光の性質とその効果に対する深い洞察に裏づけられているのです。今回の展示に選ばれ得た作品からも、長年スタイケンが写真に取り組む中で表してきた写真の本質を成す重要な要素について学び取ることができるのではないでしょうか。
(こばやし みか)

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◆ときの忘れものは、2010年12月15日(水)~12月25日(土)まで「エドワード・スタイケン写真展」を開催しています(会期中無休)。
スタイケン案内状600
エドワード・スタイケンは、20世紀のアメリカの写真にもっとも大きな影響を与えた写真家であるだけでなく、キュレーターとして数々の写真展を企画し、写真界の発展に多大な貢献をしました。
1986年と1987年に写真家のジョージ・タイスによってオリジナルネガからプリントされた、1920年代か30年代の作品を中心に、ヌード、ファッション、風景、ポートレートなど17点を選び展示いたします。
ぜひこの機会に古典ともいうべきスタイケンの写真作品をコレクションに加えてください。
出品リスト及び価格はホームページに掲載しています。

◆今月のWEB展は、12月16日から2011年1月15日まで「根岸文子展」を開催しています。
根岸さんは昨2009年はVOCA展に選ばれ、今春2010年6月にはマドリッドで個展を開催するなど内外で活躍しています。

◆ときの忘れものは通常は日曜・月曜・祝日は休廊ですが、企画展の開催中は会期中無休です。
年内は12月28日(火)まで営業し、12月29日~2011年1月4日まで冬季休廊いたします。
新年は2011年1月5日(水)より開廊します。