小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第22回
ピーター・ビアード Peter BEARD "San Quentin Summer 1971
(T.C.& Bobby Beausoleil)"

「San Quentin Summer 1971
(T.C.& Bobby Beausoleil)」1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント
22.5×33.5cm
Ed.75 signed
カリフォルニア州のサンクエンティン刑務所。囚監房が並ぶ通路の高窓から差し込む光に照らされて、画面の中央に立って正面を見つめている小柄な男性は、小説家のトルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984)です。彼の右側にいる、上半身裸でギターを持ってチューニングのような仕草をしている若い男性は、刑務所に収監されていたボビー・ボーソレイユ(Bobby Beausoleil,1947- )で、カルト集団マンソン・ファミリーの一員として、1969年に女優のシャロン・テートを惨殺した殺人犯です (終身刑で、現在も服役中)。ボーソレイユは、ミュージシャンとしても活動し、アンダーグラウンド映画の巨匠、ケネス・アンガーの映画『ルシファー・ライジング』に出演したことでも知られています。画面左側で、背筋を伸ばして通路を歩く刑務所の職員とは対照的に、カポーティとボーソレイユは、あたかも路上で立ち話をしているかのような雰囲気さえ漂わせています。
カポーティは、刑務所でボーソレイユに面会して取材し、当時カポーティと親交のあったピーター・ビアード(Peter Beard、1938-)が取材に同行してこの写真を撮影しました。後にカポーティはボーソレイユとの取材を元に「そしてすべてが廻りきたった」という短編を発表しています。(短編集『カメレオンのための音楽』(1980)に所収)。この写真は、刑務所の内側という独特な空間の中で、カポーティの佇まいや、正面を見据える鋭い眼差しを捉えるとともに、カポーティが代表作『冷血』(1965)を執筆する過程を描いた映画『カポーティ』(2006年)の中で、収監された殺人犯に面会する場面を彷彿とさせます。

図2 『遠い声、遠い部屋』裏表紙に掲載されたカポーティのポートレート写真
カポーティは、23歳のときに発表した長編小説『遠い声、遠い部屋』(1948)で一躍時代の寵児として世間の注目を集めた頃から、自分の作品だけではなく、自分の外見が世間に対して与える印象に常に気を配るような自意識を持っていたようです。『遠い声、遠い部屋』の裏表紙には、長椅子に寝そべり、誘惑するような視線を向けたカポーティのポートレート写真(図2)が掲載され、小説の内容のみならず、早熟な天才作家の外見も話題を集めました。この頃には、アンリ・カルティエ=ブレッソン(図3)やアーヴィング・ペン(図4)など、名だたる写真家たちが若きカポーティのポートレート写真を撮影し、その独特な仕草や目つきを捉えています。


図3 アンリ・カルティエ=ブレッソン 「トルーマン・カポーティ」(1947)
図4 アーヴィング・ペン 「トルーマン・カポーティ、ニューヨーク」(1948)
若き天才として注目を集めたカポーティは、その後『ティファニーで朝食を』(1958)、『冷血(In Cold Blood)』(1965)と話題作を発表し、『冷血(In Cold Blood)』刊行の翌年には、『LIFE』で「Horror Spawns a Mastepiece(恐怖が傑作を産み出す)」という執筆の過程を紹介する特集記事が組まれたりもしています(写真はリチャード・アヴェドンが撮影)。このことからもわかるように、カポーティはその作品によってだけではなく、作品を作り出す過程や、社交界での華やかな交友関係、アルコールや薬物への依存なども含め、その挙動が世間の耳目を集めていました。カポーティは、30歳代、40歳代と年齢を重ねる中で、度々顔の表情や手の仕草をクローズアップで捉えたポートレート写真を撮影されています(図5、6、7)。(図1)のような、周囲の環境を含めた引いた視点から撮影されたポートレート写真と見比べてみると、クローズアップでとらえられたカポーティの顔は、それぞれに焦燥感や孤独、疲労感の漂う表情を浮かべており、作品を発表するごとに常に注目を集めてきた著名人としてのカポーティの心情が想像されます。人の持つ様々な表情や内面の世界を鋭い視線で観察し、言葉によって描き出してきたカポーティは、写真家にとっても魅力的な被写体だったのではないでしょうか。



図5 ロジャー・ヒギンズ 「トルーマン・カポーティ」(1959)
図6 アーヴィング・ペン 「トルーマン・カポーティ」(1965)
図7 リチャード・アヴェドン 「トルーマン・カポーティ」(1974)
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ピーター・ビアード Peter BEARD "San Quentin Summer 1971
(T.C.& Bobby Beausoleil)"

「San Quentin Summer 1971
(T.C.& Bobby Beausoleil)」1971年撮影(1982年プリント)
ゼラチンシルバープリント
22.5×33.5cm
Ed.75 signed
カリフォルニア州のサンクエンティン刑務所。囚監房が並ぶ通路の高窓から差し込む光に照らされて、画面の中央に立って正面を見つめている小柄な男性は、小説家のトルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984)です。彼の右側にいる、上半身裸でギターを持ってチューニングのような仕草をしている若い男性は、刑務所に収監されていたボビー・ボーソレイユ(Bobby Beausoleil,1947- )で、カルト集団マンソン・ファミリーの一員として、1969年に女優のシャロン・テートを惨殺した殺人犯です (終身刑で、現在も服役中)。ボーソレイユは、ミュージシャンとしても活動し、アンダーグラウンド映画の巨匠、ケネス・アンガーの映画『ルシファー・ライジング』に出演したことでも知られています。画面左側で、背筋を伸ばして通路を歩く刑務所の職員とは対照的に、カポーティとボーソレイユは、あたかも路上で立ち話をしているかのような雰囲気さえ漂わせています。
カポーティは、刑務所でボーソレイユに面会して取材し、当時カポーティと親交のあったピーター・ビアード(Peter Beard、1938-)が取材に同行してこの写真を撮影しました。後にカポーティはボーソレイユとの取材を元に「そしてすべてが廻りきたった」という短編を発表しています。(短編集『カメレオンのための音楽』(1980)に所収)。この写真は、刑務所の内側という独特な空間の中で、カポーティの佇まいや、正面を見据える鋭い眼差しを捉えるとともに、カポーティが代表作『冷血』(1965)を執筆する過程を描いた映画『カポーティ』(2006年)の中で、収監された殺人犯に面会する場面を彷彿とさせます。

図2 『遠い声、遠い部屋』裏表紙に掲載されたカポーティのポートレート写真
カポーティは、23歳のときに発表した長編小説『遠い声、遠い部屋』(1948)で一躍時代の寵児として世間の注目を集めた頃から、自分の作品だけではなく、自分の外見が世間に対して与える印象に常に気を配るような自意識を持っていたようです。『遠い声、遠い部屋』の裏表紙には、長椅子に寝そべり、誘惑するような視線を向けたカポーティのポートレート写真(図2)が掲載され、小説の内容のみならず、早熟な天才作家の外見も話題を集めました。この頃には、アンリ・カルティエ=ブレッソン(図3)やアーヴィング・ペン(図4)など、名だたる写真家たちが若きカポーティのポートレート写真を撮影し、その独特な仕草や目つきを捉えています。


図3 アンリ・カルティエ=ブレッソン 「トルーマン・カポーティ」(1947)
図4 アーヴィング・ペン 「トルーマン・カポーティ、ニューヨーク」(1948)
若き天才として注目を集めたカポーティは、その後『ティファニーで朝食を』(1958)、『冷血(In Cold Blood)』(1965)と話題作を発表し、『冷血(In Cold Blood)』刊行の翌年には、『LIFE』で「Horror Spawns a Mastepiece(恐怖が傑作を産み出す)」という執筆の過程を紹介する特集記事が組まれたりもしています(写真はリチャード・アヴェドンが撮影)。このことからもわかるように、カポーティはその作品によってだけではなく、作品を作り出す過程や、社交界での華やかな交友関係、アルコールや薬物への依存なども含め、その挙動が世間の耳目を集めていました。カポーティは、30歳代、40歳代と年齢を重ねる中で、度々顔の表情や手の仕草をクローズアップで捉えたポートレート写真を撮影されています(図5、6、7)。(図1)のような、周囲の環境を含めた引いた視点から撮影されたポートレート写真と見比べてみると、クローズアップでとらえられたカポーティの顔は、それぞれに焦燥感や孤独、疲労感の漂う表情を浮かべており、作品を発表するごとに常に注目を集めてきた著名人としてのカポーティの心情が想像されます。人の持つ様々な表情や内面の世界を鋭い視線で観察し、言葉によって描き出してきたカポーティは、写真家にとっても魅力的な被写体だったのではないでしょうか。



図5 ロジャー・ヒギンズ 「トルーマン・カポーティ」(1959)
図6 アーヴィング・ペン 「トルーマン・カポーティ」(1965)
図7 リチャード・アヴェドン 「トルーマン・カポーティ」(1974)
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