菅原一剛の写真 その2
「Blue」の話 第2回
Correspondance
呼応 大自然は一つの神宮であり、
また、一つの生きている木の柱でもある。
大自然は時々、小さな小さな言葉を私達にもらす。
人は、その大自然の中の象徴の森に入り、そこを過ぎて行く。
その森は、懐かしいまなざしで、その人を眺める。
幾つもの 長い長い 木霊(こだま)が 遠い遠い遥か彼方で、
一つに交じり合うように、
奥深く 暗く 一つの統一された
夜のような また 光のような 広大な空間の中で、
香りと 色と 音が お互いに響き合い、触れ合い、混ざり合う。
幼子(おさなご)の肉のように柔らかく、また、木笛のように なごやかに、
草原のような緑色をした 香りがある。
あるいは それは 腐れたような また 豊かであり、誇りのある香りだ。
呼応そのものが形の無いものの姿に広がる。
龍涎(りゅうぜん)、麝香(じゃこう)、安息香(あんそくこう)、焼香(しょうこう)のように、
心と知覚の触れ合いを歌う 香りがある。
Charles-Pierre Baudelaire
シャルル・ボードレール
ぼくは、最初にサンマルコ広場で、この柱に出会った時、このボードレールの詩を思い出しました。
その時ぼくは、ファッション写真の撮影でヴェネチアを訪れていました。ですので、最初はその回廊でモデル撮影をしていたのですが、途中から、ぼくはとても不思議な感覚を覚えたのです。もちろん、その場所はヴェネチア観光の中心地ですから、多くの人々が行き交っています。しかしぼくには、どこかでずっと見つめられているような感覚がありました。そのこともあってか、肝心のファッション撮影にも集中出来ずに、撮影地を変えたほどです。やがて日が暮れて、その日の撮影も終わり、夕食の時間になったのですが、ぼくはなんとなく気乗りしなくて、ひとりでカメラを持って、夜のヴェネチアを歩きました。
ヴェネチアというところは、海の上に埋め立てられた人口の島ということもあって、どこかで夢の島のような感覚があるところです。特に夜になると、ここでは車がないこともあって、観光地以外の場所では、ほとんど人と会うこともないほどの静寂があります。しかも、海の上です。そして、多くの芸術家が、映画監督が、音楽家が、この地に憧れていたことも多いにうなずけるほど、その街並みは美しく、まさに耽美という言葉にふさわしい光景に包まれています。
そんな美しい街並みの中で写真を撮っていたのですが、あっという間に深夜になってしまいました。明日もあるからそろそろ戻らなくては、と思ったのですが、ぼくは完全に方向感覚を失ってしまっていました。いったい今ぼくがどこにいるのかわからなくなってしまって、それでもそのことを楽しみながらうろうろしていると、突然あのサンマルコ広場に出ました。そこは、さすがに深夜ということもあって、誰もいないし、昼間とはまるで違う魔所のようにも見えました。その広場を囲むように回廊があるのですが、そこには静かに明かりが灯っています。その光を受けて、列柱たちは、それぞれの表情をしてしっかりと立っていました。まるでそれらは、人々のように。おそらく、同じ時代に、同じ素材で作られたであろう柱たち。しかし、長い年月を経て、その表情は、ひとつとして同じものがありません。まさに、人と同じように。ぼくは、そんな柱をひとつひとつ、まるで肖像写真を撮るように、撮影を繰り返しました。そんな風にして、深夜から始まった柱肖像写真館は、朝までかかってしまったのですが、ぼくにとっては、この上ない貴重な経験でした。
(すがわらいちごう)
"Piazza San Marco n2, Venice, Italy"
1988年
Gelatin Silver Print
イメージサイズ34.0x20.0cm
シートサイズ65.0x45.0cm
Ed.25 Signed
"Piazza San Marco n22, Venice, Italy"
1988年
Gelatin Silver Print
イメージサイズ34.0x20.0cm
シートサイズ65.0x45.0cm
Ed.25 Signed
◆ときの忘れものは2013年10月16日[水]―10月23日[水]「菅原一剛写真展―Blue」を開催いたします(※会期中無休)。

菅原一剛の写真集「Daylight|Blue」(2冊セット)の出版を記念して、ときの忘れものとギャラリー360°の二会場で同時開催します。
ゲストキュレター:仲世古佳伸


『Daylight|Blue』
価格:6,300円
2冊1組 各68P 320Hx257Wmm
会期中の10月19日(土)午後3時より、菅原一剛さんと仲世古佳伸さんと一緒に、2会場を周るギャラリーツアーを開催します(ときの忘れものスタート)。
ツアー終了後、18時よりギャラリー360°にてオープニングレセプションを行います。是非、ご参加ください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
「Blue」の話 第2回
Correspondance
呼応 大自然は一つの神宮であり、
また、一つの生きている木の柱でもある。
大自然は時々、小さな小さな言葉を私達にもらす。
人は、その大自然の中の象徴の森に入り、そこを過ぎて行く。
その森は、懐かしいまなざしで、その人を眺める。
幾つもの 長い長い 木霊(こだま)が 遠い遠い遥か彼方で、
一つに交じり合うように、
奥深く 暗く 一つの統一された
夜のような また 光のような 広大な空間の中で、
香りと 色と 音が お互いに響き合い、触れ合い、混ざり合う。
幼子(おさなご)の肉のように柔らかく、また、木笛のように なごやかに、
草原のような緑色をした 香りがある。
あるいは それは 腐れたような また 豊かであり、誇りのある香りだ。
呼応そのものが形の無いものの姿に広がる。
龍涎(りゅうぜん)、麝香(じゃこう)、安息香(あんそくこう)、焼香(しょうこう)のように、
心と知覚の触れ合いを歌う 香りがある。
Charles-Pierre Baudelaire
シャルル・ボードレール
ぼくは、最初にサンマルコ広場で、この柱に出会った時、このボードレールの詩を思い出しました。
その時ぼくは、ファッション写真の撮影でヴェネチアを訪れていました。ですので、最初はその回廊でモデル撮影をしていたのですが、途中から、ぼくはとても不思議な感覚を覚えたのです。もちろん、その場所はヴェネチア観光の中心地ですから、多くの人々が行き交っています。しかしぼくには、どこかでずっと見つめられているような感覚がありました。そのこともあってか、肝心のファッション撮影にも集中出来ずに、撮影地を変えたほどです。やがて日が暮れて、その日の撮影も終わり、夕食の時間になったのですが、ぼくはなんとなく気乗りしなくて、ひとりでカメラを持って、夜のヴェネチアを歩きました。
ヴェネチアというところは、海の上に埋め立てられた人口の島ということもあって、どこかで夢の島のような感覚があるところです。特に夜になると、ここでは車がないこともあって、観光地以外の場所では、ほとんど人と会うこともないほどの静寂があります。しかも、海の上です。そして、多くの芸術家が、映画監督が、音楽家が、この地に憧れていたことも多いにうなずけるほど、その街並みは美しく、まさに耽美という言葉にふさわしい光景に包まれています。
そんな美しい街並みの中で写真を撮っていたのですが、あっという間に深夜になってしまいました。明日もあるからそろそろ戻らなくては、と思ったのですが、ぼくは完全に方向感覚を失ってしまっていました。いったい今ぼくがどこにいるのかわからなくなってしまって、それでもそのことを楽しみながらうろうろしていると、突然あのサンマルコ広場に出ました。そこは、さすがに深夜ということもあって、誰もいないし、昼間とはまるで違う魔所のようにも見えました。その広場を囲むように回廊があるのですが、そこには静かに明かりが灯っています。その光を受けて、列柱たちは、それぞれの表情をしてしっかりと立っていました。まるでそれらは、人々のように。おそらく、同じ時代に、同じ素材で作られたであろう柱たち。しかし、長い年月を経て、その表情は、ひとつとして同じものがありません。まさに、人と同じように。ぼくは、そんな柱をひとつひとつ、まるで肖像写真を撮るように、撮影を繰り返しました。そんな風にして、深夜から始まった柱肖像写真館は、朝までかかってしまったのですが、ぼくにとっては、この上ない貴重な経験でした。
(すがわらいちごう)
"Piazza San Marco n2, Venice, Italy"1988年
Gelatin Silver Print
イメージサイズ34.0x20.0cm
シートサイズ65.0x45.0cm
Ed.25 Signed
"Piazza San Marco n22, Venice, Italy"1988年
Gelatin Silver Print
イメージサイズ34.0x20.0cm
シートサイズ65.0x45.0cm
Ed.25 Signed
◆ときの忘れものは2013年10月16日[水]―10月23日[水]「菅原一剛写真展―Blue」を開催いたします(※会期中無休)。

菅原一剛の写真集「Daylight|Blue」(2冊セット)の出版を記念して、ときの忘れものとギャラリー360°の二会場で同時開催します。
ゲストキュレター:仲世古佳伸


『Daylight|Blue』
価格:6,300円
2冊1組 各68P 320Hx257Wmm
会期中の10月19日(土)午後3時より、菅原一剛さんと仲世古佳伸さんと一緒に、2会場を周るギャラリーツアーを開催します(ときの忘れものスタート)。
ツアー終了後、18時よりギャラリー360°にてオープニングレセプションを行います。是非、ご参加ください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
コメント