<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第25回

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どういう状況でシャッターが押されたのか。
この写真を見て、まず頭に浮かんだのは、そのことだった。
遠くの丘の上に建物がたっていて、ピントはそこに合っている。その建物を撮ろうとしてカメラを構えていたら、横から牛が割り込んできた、というのが最初に浮かんだ筋書きだった。
だが、よく見ると鼻輪に人の手がかかっている。牛はひとりではなく、引かれてこの場所にきたのだ。割り込むほどのスピードは出ていなかっただろう。
背後の建物はシンメトリックでいかめしい。中央に開いた馬蹄形の入口がトンネルの穴のよう。そこからまっすぐ伸びた道の先端に牛がいるという構図だが、その牛ののどかさと、建物の威容がつり合わない。いったい両者はどのような関係にあるのかと首をひねってしまう。
そこで、写真を上下に分け、まず上半分を注視してみた。主題はまちがいなく建物にある。スティーブン・キングの小説に出てきそうなホラーな雰囲気を漂わせたゴシックテイストの建築だ。同じかたちの窓が、訪ねる者を監視するようにファサードに整列している。黒々した空、白く飛んだ手前の茂みの凄みもあいまって、人の接近を拒むような完結した世界が潜んでいるのを感じる。
つぎに下半分だけを眺めてみる。画面のほとんどが牛に占められているが、レンズに近づきすぎて顔がボケている。でも、こちらをじっと見つめているように思える。両眼は写っていないにもかかわらず、視線が感じられてしまうところが不思議だ。
つまり建物も牛も、目ではない何ものかでこちらに視線を送っている。意味ではなく、存在の放っているテンションで、ふたつは結びついているのだ。
牛の顔の白い部分が気になって仕方がない。眉間から鼻先に伸びたごくありふれた模様なのだが、ボケているため毛並みがわからない。写真のなかで、この部分がもっとも白く、大きいために、気になるとそこばかりに目がいてしまう。そして、見つめるほどに、奇妙な空白が宙に浮いているように感じられてくるのだ。
すべてを解く鍵は、この空白のなかに隠されているのかもしれない。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
奈良原一高
〈王国〉より《沈黙の園》(1)
1958年 (Printed 1998)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:47.6x31.3cm
シートサイズ:50.8x40.6cm
■奈良原一高 Ikko NARAHARA(1931-)
1931年福岡県生まれ。本姓は楢原。中央大学法学部卒業後、早稲田大学大学院で美術史を専攻。前衛美術に傾倒し、1955年には池田満寿夫、靉嘔らが結成したグループ「実在者」に参加。在学中の1956年に、初個展「人間の土地」を開催し、ほぼ無名の新人の個展としては例外的な反響を呼び、鮮やかなデビューを飾った。それに続き、1958年には極限状況を生きる人間にフォーカスを当てた「王国」を発表、日本写真批評家協会賞新人賞受賞。1959年東松照明・細江英公・川田喜久治・佐藤明・丹野章と、写真家によるセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成(1961年解散)。
その後滞欧し、帰国後の出版した写真集 『ヨーロッパ静止した時間』で、日本写真批評家協会賞作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞を受賞。1975年写真集 『消滅した時間』、1986年写真集『ヴェネツィアの夜』で日本写真協会賞年度賞。1996年紫綬褒章受章。2002年パリ写真美術館で、2004年東京都写真美術館で回顧展が開催されるなど、国内外で高く評価されている。2005年日本写真協会賞功労賞受賞。
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●展覧会のお知らせ
東京国立近代美術館で「奈良原一高 王国」が開催されています。


会期:2014年11月18日[火]~2015年3月1日[日]
会場:東京国立近代美術館
時間:10:00~17:00 (金曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
※月曜休館
無料観覧日:2月1日(日)、3月1日(日)
奈良原一高(1931年生まれ)は、戦後に登場した世代を代表する写真家の一人として知られます。彼が1958(昭和33)年に発表した「王国」は、北海道の修道院と、和歌山の女性刑務所という、それぞれ外部と隔絶された空間に生きる人間存在を見つめた作品です。ほぼ無名の新人の個展としては例外的な反響を呼び、鮮やかなデビューとなった1956年の個展「人間の土地」に続いて、極限状況を生きる人間というテーマを深化させた本作は、日本写真批評家協会賞新人賞を受賞するなど、奈良原の評価を確立するものでした。
今回の展覧会は、2010(平成22)年度に株式会社ニコンより寄贈を受けたプリント全87点により、この初期の代表作「王国」を紹介するものです。(同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
写真集〈消滅した時間〉より
《人工湖の見えるプールサイド、ユタ》
1971年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 33.0x48.0cm
Sheet size: 40.6x50.8cm
サインあり
*ときの忘れものでは、奈良原一高の「王国」「消滅した時間」シリーズのヴィンテージ・プリントを扱っています。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆福井県立美術館では2月8日まで『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』が開催されています。ときの忘れものが編集を担当したカタログと、同展記念の特別頒布作品(オノサト・トシノブ、吉原英雄、靉嘔)のご案内はコチラをご覧ください。

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どういう状況でシャッターが押されたのか。
この写真を見て、まず頭に浮かんだのは、そのことだった。
遠くの丘の上に建物がたっていて、ピントはそこに合っている。その建物を撮ろうとしてカメラを構えていたら、横から牛が割り込んできた、というのが最初に浮かんだ筋書きだった。
だが、よく見ると鼻輪に人の手がかかっている。牛はひとりではなく、引かれてこの場所にきたのだ。割り込むほどのスピードは出ていなかっただろう。
背後の建物はシンメトリックでいかめしい。中央に開いた馬蹄形の入口がトンネルの穴のよう。そこからまっすぐ伸びた道の先端に牛がいるという構図だが、その牛ののどかさと、建物の威容がつり合わない。いったい両者はどのような関係にあるのかと首をひねってしまう。
そこで、写真を上下に分け、まず上半分を注視してみた。主題はまちがいなく建物にある。スティーブン・キングの小説に出てきそうなホラーな雰囲気を漂わせたゴシックテイストの建築だ。同じかたちの窓が、訪ねる者を監視するようにファサードに整列している。黒々した空、白く飛んだ手前の茂みの凄みもあいまって、人の接近を拒むような完結した世界が潜んでいるのを感じる。
つぎに下半分だけを眺めてみる。画面のほとんどが牛に占められているが、レンズに近づきすぎて顔がボケている。でも、こちらをじっと見つめているように思える。両眼は写っていないにもかかわらず、視線が感じられてしまうところが不思議だ。
つまり建物も牛も、目ではない何ものかでこちらに視線を送っている。意味ではなく、存在の放っているテンションで、ふたつは結びついているのだ。
牛の顔の白い部分が気になって仕方がない。眉間から鼻先に伸びたごくありふれた模様なのだが、ボケているため毛並みがわからない。写真のなかで、この部分がもっとも白く、大きいために、気になるとそこばかりに目がいてしまう。そして、見つめるほどに、奇妙な空白が宙に浮いているように感じられてくるのだ。
すべてを解く鍵は、この空白のなかに隠されているのかもしれない。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
奈良原一高
〈王国〉より《沈黙の園》(1)
1958年 (Printed 1998)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:47.6x31.3cm
シートサイズ:50.8x40.6cm
■奈良原一高 Ikko NARAHARA(1931-)
1931年福岡県生まれ。本姓は楢原。中央大学法学部卒業後、早稲田大学大学院で美術史を専攻。前衛美術に傾倒し、1955年には池田満寿夫、靉嘔らが結成したグループ「実在者」に参加。在学中の1956年に、初個展「人間の土地」を開催し、ほぼ無名の新人の個展としては例外的な反響を呼び、鮮やかなデビューを飾った。それに続き、1958年には極限状況を生きる人間にフォーカスを当てた「王国」を発表、日本写真批評家協会賞新人賞受賞。1959年東松照明・細江英公・川田喜久治・佐藤明・丹野章と、写真家によるセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成(1961年解散)。
その後滞欧し、帰国後の出版した写真集 『ヨーロッパ静止した時間』で、日本写真批評家協会賞作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞を受賞。1975年写真集 『消滅した時間』、1986年写真集『ヴェネツィアの夜』で日本写真協会賞年度賞。1996年紫綬褒章受章。2002年パリ写真美術館で、2004年東京都写真美術館で回顧展が開催されるなど、国内外で高く評価されている。2005年日本写真協会賞功労賞受賞。
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●展覧会のお知らせ
東京国立近代美術館で「奈良原一高 王国」が開催されています。


会期:2014年11月18日[火]~2015年3月1日[日]
会場:東京国立近代美術館
時間:10:00~17:00 (金曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
※月曜休館
無料観覧日:2月1日(日)、3月1日(日)
奈良原一高(1931年生まれ)は、戦後に登場した世代を代表する写真家の一人として知られます。彼が1958(昭和33)年に発表した「王国」は、北海道の修道院と、和歌山の女性刑務所という、それぞれ外部と隔絶された空間に生きる人間存在を見つめた作品です。ほぼ無名の新人の個展としては例外的な反響を呼び、鮮やかなデビューとなった1956年の個展「人間の土地」に続いて、極限状況を生きる人間というテーマを深化させた本作は、日本写真批評家協会賞新人賞を受賞するなど、奈良原の評価を確立するものでした。
今回の展覧会は、2010(平成22)年度に株式会社ニコンより寄贈を受けたプリント全87点により、この初期の代表作「王国」を紹介するものです。(同展HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
●今日のお勧め作品は、奈良原一高です。
写真集〈消滅した時間〉より《人工湖の見えるプールサイド、ユタ》
1971年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 33.0x48.0cm
Sheet size: 40.6x50.8cm
サインあり
*ときの忘れものでは、奈良原一高の「王国」「消滅した時間」シリーズのヴィンテージ・プリントを扱っています。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆福井県立美術館では2月8日まで『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』が開催されています。ときの忘れものが編集を担当したカタログと、同展記念の特別頒布作品(オノサト・トシノブ、吉原英雄、靉嘔)のご案内はコチラをご覧ください。
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