<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第28回
<A stray photo studio Vol.28> -Looking into photo by Mi-Yeon-


Erigeron canadensis #390_1500
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燦々と陽の光がふりそそぐ路上にひとりでしゃがみ込んでいる人影がある。それが少女なのは一目でわかるし、まちがいようがないのだけれど、写真を見るたびに思い浮かぶのが老女の姿なのは、どうしたことだろう。

老人はよく路上で座りこむ。家にたどりつく前にくたびれ、立っていられなくなってぼうっとした顔でそこにいる。しかし、子供だってよくしゃがむし、老人よりもずっとたくさんそうするではないか。少女が老人の姿を連想させるのは、もっとほかの理由がありそうだ。

ピンと立った右手の薬指に光が当たっている。画面のなかでもっとも光を感じさせるのはここで、見ているうちに、影になって見えない人差し指のあいだに煙草が挟まれているような錯覚が生じた。口元に当てられている左手もまた喫煙のしぐさと結びつくし、加えてもうひとつ、彼女の背後にただようわずかな雲もたばこの煙を連想させなくもない。

この写真を見た瞬間に、炎天下の路上にしゃがみ込んで煙草を吸っている老女のイメージが、わたしのなかにまざまざと浮かび上がってきたのだった。その姿を無意識のうちに少女にダブらせていたとみえる。

そう考えてみると、老人と幼児はどこか似ているところがありはしないだろうか。
日々、同じ歩幅とリズムで役割を着々とこなしていく社会人とちがい、彼らは興味のあるものにはぐっと寄っていき、そうでないものには冷ややかだ。この物事への独特の距離感は、社会活動のまっただ中にいたときにはなりを潜ませていたものが露になっていくさまを感じさせる。人は人生の最初のときと最後のときに、その人の根底を流れるエキスにもどるのかもしれない。

「炎天下の路上にしゃがみ込んで煙草を吸っている老女」のイメージは、強い陽ざしと、路面のざらっとした感触と、右から伸びている黒い影によって増幅されている。
ある場所の記憶がよみがえってくる。あたりの景色の雑駁さや低層の陸屋根の建物なども、記憶の巻き戻しを助けているようだ。おばあさんが路上で煙草を吸うのに相応しい街路。それは沖縄でしかありえない。少女のノースリーブの腕越しに強い光を見上げる低いカメラアングルが、南の島の光景を引き寄せるのだ。

路上に身をなげだしてカメラを構える撮影者のからだは、太陽の直射を受けて熱くなっているだろう。頬や腕は焦げ、体の輪廓はあいまいになり、アスファルトと一体になっているだろう。この灼熱の光こそが、時間の感覚を奪ってしまう犯人なのだ。老女と少女は、そのとき、ひとつになる。
大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
ミーヨン
〈よもぎ草子〉シリーズより
「Erigeron canadensis #390」
1999年撮影 (2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.4x33.4cm
シートサイズ:35.6x43.2cm
Ed.10
サインあり

ミーヨン Mi-Yeon(1963-)
韓国ソウル生まれ。1988年渡仏。パリ写真学校「icart photo」で写真を学ぶ。1990年より東京在住。以後、写真家としての活動をはじめ、"存在すること"の確かさと不確かさを問う表現に取り組む。
主な写真展
「Alone and Together」(2013年 ギャラリー冬青/東京)
「2歳の瞬間」(2002年 せたがや文化財団・生活工房/東京)
「EXISTENCE – Erigeron canadensis」(2000年 モール/東京)
「EXISTENCE」(2000年 ギャラリートモス/東京)
「かたちのある街」(1995年 モール/東京)
著書
『よもぎ草子』(2014年 窓社)
『Alone Together』(2014年 kaya books)
『月と太陽と詩と野菜』(2006年 角川春樹事務所)
『LOVE LAND』(2004年 PHP研究所)
『いまここにいるよ』(2002年 偕成社)
『I was born ソウル・パリ・東京』(2001年 松柏社)

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●写真集のご案内
ミーヨン写真集『よもぎ草子―あなたはだれですか』
2014年11月
窓社 発行
72ページ(収録作品:58点)
A4変形:21.0x21.0cm
ソフトカバー:透明ビニールケース入
ブックデザイン:高崎勝也
価格:2,800円(税別)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。