<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第34回

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人がたくさん写っている写真は(集合写真は別だが)、たいがい路上か公共の場で撮られたものが多い。繁華街の交差点とか、真夏の海岸とか、正月の初詣とか、人が群れをなしているありさまが写っているのを見ると、人間というよりもヒト科の生き物のように思えることがある。最近よく歩行者の波にクルマで突っ込んでいくというような禍々しい事件が起きるが、ああいう狂気の根っこにあるのはそれだ。同類ではなくて別の生き物として見ている。蟻の列をつぶすのと大差のない心理なのだ。
人間に見えるか、ヒト科の群れに見えるかは、カメラの距離によって決まる。顔の表情がわかるくらいの近さならば、それぞれの人生を想像せずにはいられないが、ただ顔が付いている、としか思えないほど距離が開けば同類意識は芽生えないだろう。
この写真にもたくさんの人が写っている。ストリップ劇場だから公共の場と言ってよく、ふつうは男性が出掛けていく場所なのだが、女性たちでいっぱいである。同性のハダカと見るのはどういう気分だろうと思いきや、嫌そうな顔をしている人はひとりもいなくて、むしろ、わいわいとしたにぎわいが伝わってくる。
ひとりだけ気がかりなのは、二列目にいる鼻の横にほくろのある女性だ。心ここにあらずというような顔で宙空を見ている。この浮かぬ表情は居心地の悪さからきているのか、それとも人に言われて来たけど退屈だなと思っているのか判断しがたいが、着ている服が白いので写真のなかで目立っている。
その反対に、うっとりしたような表情で踊り子を見上げている人もいる。花道の右横に座っている和装の女性だ。アイドルを見ているような熱い視線。吹き出しを付けるなら「カッコいいわあ!」。両手に何か抱きかかえているようだけど、赤ん坊?
外国人カップルも見えるし、後には男性陣もいる。ともかく立ち見がでるくらいの大盛況で、壁際の通路にも人があふれている。彼らの眼差しは踊り子の腰のあたりに注がれていて、その真剣な表情にやや批評の色が混じっている。座席からの見上げるよりも視点が高いので、その分気持ちがクールダウンして客観的になるのかもしれない。
和装の女性のとなりにはおかっぱ頭の女の子がいる。この子を見つけたとき思わず、私がいた!と叫んでしまった。まるで自分を見ているような気がしたのだ。おばちゃん!と前の席の婦人に呼びかけ、ニッと笑う。あら、来てたの!と振りかえる近所のおばさん。このとき、ふたりの頭からは自分たちがどこにいるかは吹っ飛んでいる。知っている顔が見つかったことがただうれしくて興奮している。
ところで、撮影者はどこにいるのだろう。このアングルからするとおそらく観客席だ。同類に囲まれながら、ここぞ、というときに立ち上がってシャッターを切ったのだ。どの顔を見ても物語が生まれてくる所以はそこにある。肖像権うんぬんが言われる現代ではありえない、なんともおおらかな写真が出来上がった。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
笹本恒子
「ストリップショー」
1952年撮影
シルバープリント
Leica
25.4x30.5cm
※報道写真用
戦後各地でストリップショーというものが上演されるようになったところ、浅草のとある劇場が地元の主婦や女性文化人を招待したことがあった。
ショー自体、決していかがわしいものではないということで、女性たちの理解を得ようとしたものだった。
■笹本恒子 Tsuneko SASAMOTO
1914年東京都に生まれる。1940年に財団法人写真協会に入社し日本初の女性報道写真家となる。1941年に退職するまで、国内の報道写真を撮影。1945年の千葉新聞社入社、1946年の婦人民主新聞社嘱託を経て、1947年にフリーとなり新聞、雑誌等に写真、記事を提供。1950年、現在の公益社団法人日本写真家協会の創立会員となる。同年に「生きたニュールック写真展」を日本橋丸善で開催。その後国内で起きた出来事や事件を撮り雑誌に掲載。活動を一時休止したが、1985年にドイ・フォト・プラザ渋谷で開催した写真展「昭和を彩った人たち」をきっかけに撮影を再開。明治生まれの女性たちを撮影したほか、現在に至るまで取材・執筆活動を続けている。日本写真家協会名誉会員。
主な受賞歴:1996年度東京女性財団賞(1997年、財団法人東京女性財団) 、第16回ダイヤモンドレディ賞(2001年、社団法人東京ファッション協会) 、第45回吉川英治文化賞(2011年、財団法人吉川英治国民文化振興会) 、日本写真協会功労賞(2011年、公益社団法人日本写真協会)
●展覧会のお知らせ
大崎のO美術館で、笹本さんの展覧会が開催されています。
「日本初の女性報道写真家 笹本恒子100歳展」
会期:2015年10月16日[金]~11月11日[水]
会場:O美術館
〒141-0032 東京都品川区大崎1-6-2 大崎ニューシティ・2号館2階
時間:10:00~18:00 ※金曜日20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
※木曜休館
昨年9月に百歳を迎えた国内初の女性報道写真家笹本恒子さん(品川区生まれ)が、戦前から戦後を通じて撮影した著名人の肖像写真や昭和史を象徴する出来事をおさめた写真など約130点を展示します。(O美術館HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。

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人がたくさん写っている写真は(集合写真は別だが)、たいがい路上か公共の場で撮られたものが多い。繁華街の交差点とか、真夏の海岸とか、正月の初詣とか、人が群れをなしているありさまが写っているのを見ると、人間というよりもヒト科の生き物のように思えることがある。最近よく歩行者の波にクルマで突っ込んでいくというような禍々しい事件が起きるが、ああいう狂気の根っこにあるのはそれだ。同類ではなくて別の生き物として見ている。蟻の列をつぶすのと大差のない心理なのだ。
人間に見えるか、ヒト科の群れに見えるかは、カメラの距離によって決まる。顔の表情がわかるくらいの近さならば、それぞれの人生を想像せずにはいられないが、ただ顔が付いている、としか思えないほど距離が開けば同類意識は芽生えないだろう。
この写真にもたくさんの人が写っている。ストリップ劇場だから公共の場と言ってよく、ふつうは男性が出掛けていく場所なのだが、女性たちでいっぱいである。同性のハダカと見るのはどういう気分だろうと思いきや、嫌そうな顔をしている人はひとりもいなくて、むしろ、わいわいとしたにぎわいが伝わってくる。
ひとりだけ気がかりなのは、二列目にいる鼻の横にほくろのある女性だ。心ここにあらずというような顔で宙空を見ている。この浮かぬ表情は居心地の悪さからきているのか、それとも人に言われて来たけど退屈だなと思っているのか判断しがたいが、着ている服が白いので写真のなかで目立っている。
その反対に、うっとりしたような表情で踊り子を見上げている人もいる。花道の右横に座っている和装の女性だ。アイドルを見ているような熱い視線。吹き出しを付けるなら「カッコいいわあ!」。両手に何か抱きかかえているようだけど、赤ん坊?
外国人カップルも見えるし、後には男性陣もいる。ともかく立ち見がでるくらいの大盛況で、壁際の通路にも人があふれている。彼らの眼差しは踊り子の腰のあたりに注がれていて、その真剣な表情にやや批評の色が混じっている。座席からの見上げるよりも視点が高いので、その分気持ちがクールダウンして客観的になるのかもしれない。
和装の女性のとなりにはおかっぱ頭の女の子がいる。この子を見つけたとき思わず、私がいた!と叫んでしまった。まるで自分を見ているような気がしたのだ。おばちゃん!と前の席の婦人に呼びかけ、ニッと笑う。あら、来てたの!と振りかえる近所のおばさん。このとき、ふたりの頭からは自分たちがどこにいるかは吹っ飛んでいる。知っている顔が見つかったことがただうれしくて興奮している。
ところで、撮影者はどこにいるのだろう。このアングルからするとおそらく観客席だ。同類に囲まれながら、ここぞ、というときに立ち上がってシャッターを切ったのだ。どの顔を見ても物語が生まれてくる所以はそこにある。肖像権うんぬんが言われる現代ではありえない、なんともおおらかな写真が出来上がった。
大竹昭子(おおたけあきこ)
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●紹介作品データ:
笹本恒子
「ストリップショー」
1952年撮影
シルバープリント
Leica
25.4x30.5cm
※報道写真用
戦後各地でストリップショーというものが上演されるようになったところ、浅草のとある劇場が地元の主婦や女性文化人を招待したことがあった。
ショー自体、決していかがわしいものではないということで、女性たちの理解を得ようとしたものだった。
■笹本恒子 Tsuneko SASAMOTO
1914年東京都に生まれる。1940年に財団法人写真協会に入社し日本初の女性報道写真家となる。1941年に退職するまで、国内の報道写真を撮影。1945年の千葉新聞社入社、1946年の婦人民主新聞社嘱託を経て、1947年にフリーとなり新聞、雑誌等に写真、記事を提供。1950年、現在の公益社団法人日本写真家協会の創立会員となる。同年に「生きたニュールック写真展」を日本橋丸善で開催。その後国内で起きた出来事や事件を撮り雑誌に掲載。活動を一時休止したが、1985年にドイ・フォト・プラザ渋谷で開催した写真展「昭和を彩った人たち」をきっかけに撮影を再開。明治生まれの女性たちを撮影したほか、現在に至るまで取材・執筆活動を続けている。日本写真家協会名誉会員。
主な受賞歴:1996年度東京女性財団賞(1997年、財団法人東京女性財団) 、第16回ダイヤモンドレディ賞(2001年、社団法人東京ファッション協会) 、第45回吉川英治文化賞(2011年、財団法人吉川英治国民文化振興会) 、日本写真協会功労賞(2011年、公益社団法人日本写真協会)
●展覧会のお知らせ
大崎のO美術館で、笹本さんの展覧会が開催されています。
「日本初の女性報道写真家 笹本恒子100歳展」
会期:2015年10月16日[金]~11月11日[水]
会場:O美術館
〒141-0032 東京都品川区大崎1-6-2 大崎ニューシティ・2号館2階
時間:10:00~18:00 ※金曜日20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
※木曜休館
昨年9月に百歳を迎えた国内初の女性報道写真家笹本恒子さん(品川区生まれ)が、戦前から戦後を通じて撮影した著名人の肖像写真や昭和史を象徴する出来事をおさめた写真など約130点を展示します。(O美術館HPより転載)
◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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