<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第37回

菊池東太_1500
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ふつうよりもかなり高い位置に窓がある。そこから、部屋の中に光が斜めに射し込んでいる。光の中心にいるのは、小さな男の子だ。彼は突き出した右腕を左手で押さえており、勢いこんでなにかに挑もうとしているかのよう。前に踏み出された右足もそう感じさせる。

もうひとり動きを感じさせるのは、左から二番目のロングヘアーのサングラスの女性だ。彼女はうつむいて手にしたものをいじっている。それがなにかはわからないが、このしぐさが想像させるのは、電話機の機能をはるかに越えたディヴァイスを指先で操作するという、いまや世界中いたるところで見られる行為である。

彼女のすぐ横には小さな女の子が、少し離れたところには三つ編みをした少女がいて、どちらも興味深そうにそれを見つめていることも、この連想を強める一助になっている。若い人の関心を引くなにかがその手に握られているにちがいない。

立っている男の子の左には彼の母親らしい女性がいる。まだ若く、鼻から口にかけての表情がとてもよく似ている。彼女の顔もロングヘアーの女性に向けられているが、それほど関心があるようには思えない。膝の上にはなにか毛深い生き物が載っていて、せわしなく動きまわるそれを両手で押さえている。

女性の体には幼い息子とおなじくらい光が当たっているし、写真の中央にいるという位置からしても、気を引く存在である。でも、彼女の意識がいまどこに向けられているかは不明だ。サングラスの女性のほうか、動き回る膝の上の生き物か、それともこの部屋とは無関係などこか別の場所をさまよっているのか。

彼女の心のうちを見えなくさせているのはその表情である。この年頃の女性にしては驚くほど動じない雰囲気がある。まわりに無関心だったり、自己中心的なのではなく、重心の定まった超然とした落ち着きがある。

写真を見まわしてみると、そう感じさせる人はほかにもいる。右隣のネックレスの女性、背後にいるメガネの女性、いちばん端の赤ん坊を抱いた女性など、ここにいるすべての年長者が揺るぎのない安定した表情をたたえているのである。こういう人々を目にする機会がめっきり減っている昨今、もしかしたらこれは何十年も前に撮られた写真なのではないか、という想像が生まれる。

その一方で、現代だという思いも捨てきれない。この連想はサングラスの女性から来ている。彼女には長いこと留守していたような、別のところから久しぶりに訪ねてきたような、移動する人の雰囲気がある。彼女がまとっているほかとは違う時間感覚。それは彼女の手に握らている正体不明のものにも関係している。手ぶらで座っている図を想像すると、そのことがよくわかる。写真のイメージがまったく変るのだ。

つまりこの写真には不動と移動の両方の力学が写っているのではないか。不動の力のほうが強く、まるで座っているあいだにいくつもの時代が通過したかのようだ。漬物石のように重くて威厳に満ちたその空間を、移動の力が揺さぶる。重みのない突風のような力によって。

改めて男の子の動きに目を移す。すると、まだオムツがとれていない彼の無意識の動作がふたつをつなぐ掛け橋のように見えてくる。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
菊池東太
「ナバホ・インディアン」
1985年以前撮影(2015年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 24.5x27.0cm
Sheet size: 27.9x35.6cm
Ed.10(予定)
サインあり

菊池東太 Tota KIKUCHI
1943年 大阪府豊中市生まれ
出版社勤務の後、フリー
日本写真家協会会員
日本写真芸術専門学校講師
2012年3月 同校退任
2012年7月 JCII菊池東太写真塾講師

個展
1981年 砂漠のひとびと(ミノルタ・フォトスペース)
1987年 二千日回峰行(そごうデパート)
1994年 木造モルタル二階建て(コニカプラザ)
1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西(コニカプラザ)
1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年(コニカプラザ)
2004年 足尾(ニコンサロン)
2004年 DESERTSCAPE(コニカミノルタ・プラザ)
2006年 WATERSCAPE(コニカミノルタ・プラザ)
2009年 白亜紀の海(ニコンサロン)
2013年 DESERTSCAPE-2(コニカミノルタ・プラザ)
2013年 白亜紀の海-2(ニコンサロン)
2015年 日系アメリカ人強制収容所(ニコンサロン)
2016年 ナバホ・インディアン(ギャラリー冬青)

写真集
『ヤタヘェ~ナバホ・インディアン保留地から』(佼成出版社)
『ジェロニモ追跡』(草思社)
『大地とともに』(小峰書店)共著
『パウワウ アメリカ・インディアンの世界』(新潮社)
『アメリカ』ワールド・カルチャーガイド(トラベルジャーナル)
『宇佐と国東』(佼成出版社)
『二千日回峰行』(佼成出版社)


●展覧会のお知らせ
ギャラリー冬青で、菊池東太さんの展覧会「ナバホ・インディアン」が開催されています。上掲の作品も出品されています。

菊池東太写真展「ナバホ・インディアン」
会期:2016年2月5日[金]~2月27日[土]
会場:ギャラリー冬青
   〒164-0011 東京都中央区中央5-18-20
時間:11:00~19:00
日・月・祝日休廊

アメリカにインディアンと呼ばれている人たちがいる。
アメリカの先住民族のことだ。かれらはインドから渡ってきたわけではない。
コロンブスがカリブ海に到達した時にインド周辺の島であると誤認したことに由来する。
とにかくかれらはアジア大陸からベーリング海を渡って、アメリカ大陸にやって来た人たちである。
かれらは白人がアメリカにやってくる17世紀までは300万人以上いたという。
数百年にわたる白人との戦いで半数以下に激減したが、現在はほぼ以前の数字に戻ったと推定されている。
2010年の国勢調査で自分は先住民であると答えた人は293万人余り、種族の数は約500部族。
その中で最大の人口を有する人たちは主にアリゾナ、ユタ、ニューメキシコに住むナバホで
20万人を超えている。このナバホの保留地はほぼ北海道の広さに匹敵し、千葉県の緯度と大体同じである。
ナバホはスペイン人から羊を飼うことを習い狩猟民から遊牧民に生活形態を変えた。
そのまま狩猟民を続けたのはアパッチである。
この人たちはナバホである。
羊を100頭あまり飼い、土で造った伝統的な住居、ホーガンに住んでいる。
毎年会いに行って今年で45年になる。
菊池東太

(ギャラリー冬青HPより転載)

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。