小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第8回
スージー・リー、『なみ』、『かげ』
(図1)
『なみ』表紙
(図2)
表紙6種類
今回紹介するのは、韓国の絵本作家スージー・リーの絵本、『なみ』(図1)(2009 講談社 原著は“Wave” 2008)です。スージー・リーの絵本は、この本のほかにも、『かげ』(2010 講談社 原著は”Shadow” (2010))、やイラストレーションを手がけた『この あかい えほんを ひらいたら』(2012 講談社 原著は” Open This Little Book”) が日本でも出版されていますが、いずれの作品も本を手に取ってページをめくる読者の行為に結びついて、強くうったえかけてくるような表現力を具えており、高く評価されています。『なみ』は、木炭の線描と水色のアクリル絵の具の色をデジタル技術で重ね合わせたイラストレーションで構成されており、文章がまったくなく、タイトルのみを翻訳して数カ国で出版されています(図2)。
絵本の内容はいたってシンプルで、お母さんに海に連れてきてもらった女の子が波打ち際で遊んで帰っていく、というものです。横長の判型の表紙からも明らかなように、見開きは幅の広いパノラマの画面で、本のノド(見開きのつなぎ目)が、左右で対面するページの軸となってストーリーが展開していきます。表紙(図1)では、女の子の後ろ姿越しに海が描かれていますが、扉のページをめくると、左側のページに女の子と海鳥、右側のページに海が描かれています。
(図3)
(図4)
女の子は、最初はおそるおそる寄せて返す波の動きをみつめては、波に近づいたり、後ずさりします(図3)。海鳥たちも女の子の後ろからかけてきたり羽ばたいたりして、女の子のわくわくしたり、ビクビクしたりする気持ちを強めて表わしています。しだいに女の子が波に慣れて、面白がりながらその動きと戯れたり、もっと大きな波になればいいのにと身振りをしたりするようになると、女の子や海鳥たちは、左側のページから右側のページへ入っていくようになります(図4)。このように女の子の動作を追って見ていくと、見開きのつなぎ目の線が、女の子が波に近寄ったり、後ずさりしたりするなかで、その動きの幅を表わし、波の動きや大きさを示す役割を果たしていることがわかります。また、左側のページの同じ位置に背景のなだらかな丘の稜線が描かれているために、読者は同じ視点から、次第に強さを増し大きくなっていく波の動きや、女の子の感情の高ぶりを感じ取ることができます。
(図5)
(図6)
(図7)
(図8)
女の子が波と戯れて遊ぶうちに、波はどんどん大きくなっていきます(図5)。ふと気づいたときには、自分の背丈よりもはるかに大きな波が目の前に迫って女の子が呆然とした表情を浮かべた(図6)すぐその後に、必死になって海鳥と一緒に左手側に走ろうとした時(図7)に大波が襲いかかります(図8)。このシークエンスのなかで、(図3、4、5)の背景に描かれていた丘の稜線が、(図6)ではその線が薄くなり、(図7)ではすっかり消えてしまいます。このように徐々に背景を消していくことで、波の動きや大きさに集中し、(図8)で砕けて広がる波の圧倒的な力が体感として迫ってきます。左から右へとページをめくりながら、女の子の動作と波の動きのせめぎ合いを見開きのつぎ目を軸に感じた後に、画見開き全体に渦と飛沫として広がる波は、それまでに描かれていた光景のスケール感をリセットしてしまうような力を備え、読者もまた女の子と同様にしぶきを被ってしまったような気分を味わうのです。
(図9)
(図10)
(図11)
波が引いた後に、呆然と座り尽くした女の子のまわりには波が運んできた貝殻が散らばり、海鳥たちと一緒に拾い集めます。(図9)日傘をさしたお母さんがサンダルを手に迎えに来て、一緒に遊んでいた海鳥は海の方へと羽ばたいていいきます。(図10)波を被った後(図9、10)には、(図3、4、5)で描かれていた丘の稜線が背景に再び描かれ、白かった空が海に染められたかのように水色に充ちています。(図10)では、濡れた砂浜に反射する女の子の姿も描かれていて、空と海にひたり満ち足りた表情の女の子の表情は、裏表紙(図11)の拾い集めた貝殻を差し出す女の子の笑顔へ続いていきます。海辺で過ごした時間は、実際にはほんのわずかな一時だったのかもしれませんが、そこで女の子が豊かな経験や、感情の動き、驚き、喜びが凝縮した形で表わされており、ページをめくるという動作の中でその生き生きとした動感が体験できることに、この本の魅力があります。Kindleやタブレットのような装置では再現できない、紙の本の魅力を味わえる一冊です。
(こばやし みか)
●今日のお勧め作品は、植田正治です。
植田正治
「浜の少年」
1931年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
20.2x30.1cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
スージー・リー、『なみ』、『かげ』
(図1)『なみ』表紙
(図2)表紙6種類
今回紹介するのは、韓国の絵本作家スージー・リーの絵本、『なみ』(図1)(2009 講談社 原著は“Wave” 2008)です。スージー・リーの絵本は、この本のほかにも、『かげ』(2010 講談社 原著は”Shadow” (2010))、やイラストレーションを手がけた『この あかい えほんを ひらいたら』(2012 講談社 原著は” Open This Little Book”) が日本でも出版されていますが、いずれの作品も本を手に取ってページをめくる読者の行為に結びついて、強くうったえかけてくるような表現力を具えており、高く評価されています。『なみ』は、木炭の線描と水色のアクリル絵の具の色をデジタル技術で重ね合わせたイラストレーションで構成されており、文章がまったくなく、タイトルのみを翻訳して数カ国で出版されています(図2)。
絵本の内容はいたってシンプルで、お母さんに海に連れてきてもらった女の子が波打ち際で遊んで帰っていく、というものです。横長の判型の表紙からも明らかなように、見開きは幅の広いパノラマの画面で、本のノド(見開きのつなぎ目)が、左右で対面するページの軸となってストーリーが展開していきます。表紙(図1)では、女の子の後ろ姿越しに海が描かれていますが、扉のページをめくると、左側のページに女の子と海鳥、右側のページに海が描かれています。
(図3)
(図4)女の子は、最初はおそるおそる寄せて返す波の動きをみつめては、波に近づいたり、後ずさりします(図3)。海鳥たちも女の子の後ろからかけてきたり羽ばたいたりして、女の子のわくわくしたり、ビクビクしたりする気持ちを強めて表わしています。しだいに女の子が波に慣れて、面白がりながらその動きと戯れたり、もっと大きな波になればいいのにと身振りをしたりするようになると、女の子や海鳥たちは、左側のページから右側のページへ入っていくようになります(図4)。このように女の子の動作を追って見ていくと、見開きのつなぎ目の線が、女の子が波に近寄ったり、後ずさりしたりするなかで、その動きの幅を表わし、波の動きや大きさを示す役割を果たしていることがわかります。また、左側のページの同じ位置に背景のなだらかな丘の稜線が描かれているために、読者は同じ視点から、次第に強さを増し大きくなっていく波の動きや、女の子の感情の高ぶりを感じ取ることができます。
(図5)
(図6)
(図7)
(図8)女の子が波と戯れて遊ぶうちに、波はどんどん大きくなっていきます(図5)。ふと気づいたときには、自分の背丈よりもはるかに大きな波が目の前に迫って女の子が呆然とした表情を浮かべた(図6)すぐその後に、必死になって海鳥と一緒に左手側に走ろうとした時(図7)に大波が襲いかかります(図8)。このシークエンスのなかで、(図3、4、5)の背景に描かれていた丘の稜線が、(図6)ではその線が薄くなり、(図7)ではすっかり消えてしまいます。このように徐々に背景を消していくことで、波の動きや大きさに集中し、(図8)で砕けて広がる波の圧倒的な力が体感として迫ってきます。左から右へとページをめくりながら、女の子の動作と波の動きのせめぎ合いを見開きのつぎ目を軸に感じた後に、画見開き全体に渦と飛沫として広がる波は、それまでに描かれていた光景のスケール感をリセットしてしまうような力を備え、読者もまた女の子と同様にしぶきを被ってしまったような気分を味わうのです。
(図9)
(図10)
(図11)波が引いた後に、呆然と座り尽くした女の子のまわりには波が運んできた貝殻が散らばり、海鳥たちと一緒に拾い集めます。(図9)日傘をさしたお母さんがサンダルを手に迎えに来て、一緒に遊んでいた海鳥は海の方へと羽ばたいていいきます。(図10)波を被った後(図9、10)には、(図3、4、5)で描かれていた丘の稜線が背景に再び描かれ、白かった空が海に染められたかのように水色に充ちています。(図10)では、濡れた砂浜に反射する女の子の姿も描かれていて、空と海にひたり満ち足りた表情の女の子の表情は、裏表紙(図11)の拾い集めた貝殻を差し出す女の子の笑顔へ続いていきます。海辺で過ごした時間は、実際にはほんのわずかな一時だったのかもしれませんが、そこで女の子が豊かな経験や、感情の動き、驚き、喜びが凝縮した形で表わされており、ページをめくるという動作の中でその生き生きとした動感が体験できることに、この本の魅力があります。Kindleやタブレットのような装置では再現できない、紙の本の魅力を味わえる一冊です。
(こばやし みか)
●今日のお勧め作品は、植田正治です。
植田正治「浜の少年」
1931年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
20.2x30.1cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
コメント