佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」
第2回 タゴールの落書き
ラビンドラナート・タゴールの文学作品について、残念ながら私はベンガル語の原文で彼の詩を読むしかできないのであるが、優れた訳書の数々によってとても美しく情熱高い言葉の連なりに出会うことができる。私はヒンディー語、ベンガル語、そしてその他のインドの地方言語の区別もあまりついていないし、文字の判別はもっとできない。ベンガル語について私が分かるのはシャンティニケタンの友人が時々”~オーム”、”~ロウー”などという語尾を会話の節々に出したりするのが耳に残っているくらいだ。
タゴールは詩や戯曲、エッセーや文明論など数多の文章を残している。けれども私がもっとも興味を抱いているのは彼が残した絵画についてだ。文学作品に比べてあまり広く知られていないが、タゴールは70歳を過ぎた頃から実に多くの絵画作品を作っている。人間と動物たちが光と闇の中で溶け合うような、どこか翳りのある絵の数々。彼らはしばしば異形の造形を持ち、画面の中で伸びやかな曲線のコンポジションを作り出している。それらの絵からは、タゴールの詩やベンガルへの愛溢れる躍動するエッセーとは全く別種の、静かでとても重い不動の存在感を感じるのである。
*1
タゴールの詩稿ノート
*2
タゴールの詩稿ノート
タゴールの絵の始まりは、どうも彼が詩稿を練る最中に紙に書いた言葉を塗りつぶしたりした時のインクの塊らしい。 それが文と文の隙間や紙面の余白にまで延び続き、蛇になり、鳥になり、そして人間となっていった。小学校の頃誰もが一度は勉強の合間、ノートの隅に落書きをしたことがあるのではないだろうか。彼はその些細な落書きを、彼の膨大な執筆作業の中でコツコツと育て上げた。それは文字を書き続けた彼の時折の余暇でもあったのであろう。ペン先の動きに任せてそのままインクを紙に染み込ませ続けた結果、描かれた造形が次第に生命力を持ち始めたのである。彼は後に「絵が黙っているように、私は説明など出来ない。絵は表現するが、言葉をもって叙述するものはなにひとつない」とも語っている。言葉の偉人であるタゴールによって、行間や紙の余白から言葉にならない、えも言われぬ造形の数々が生み出されたということが興味深い。彼の才能の多彩さに感服するとともに、絵を描くこと、造形することが持ち得る世界の広大さを改めて痛感する。
*3
「獣形フォルムに乗る小鳥」
*4
「花咲く木と女」
老年になってタゴールはその詩稿に描かれたモノたちを画用紙やキャンバスの上に展開し始めた。その絵はとても、暗い。詩稿での描画と同様、 彼らは入念にインクあるいは顔料で塗り込まれている。 粗々しい筆使いであるが彼らははっきりとした輪郭を持つ。よく輪郭を見てみると実は鉛筆の下書きによって周到にその造形が描かれ、また場所によってははみ出た絵具を丁寧に削り落として輪郭線を作り出してもいる。有と無の明確な境界の設定、生き物たちに確たる造形を与えようとするタゴールの意思が伺える。人間か動物かの分け隔てはそこにはなく、ただただ生きているということを自身の体の造形を持って表明しているかのようだ。そしてしばしば本来あるはずの手や足といった体のパーツは捨象され、彼らは顔を持った一つのオブジェクトとして画面の中に横たわっている。なんとなく、横たわる、という表現が合っている気がしている。ゴロンと大地に座り込み存在感を辺りに漂わせつつ、静かに外界の様子を伺っているような、ドクンドクンと大地と共振する彼らの生命の重い鼓動が伝わってくるのだ 。
画像:
*1 =http://blogs.wsj.com/indiarealtime/2011/12/08/rare-tagore-notebook-up-for-auction/
*2 =『Architecture in Santiniketan :Tagore’s concept of space』Samit Das, Niyogi Books,2013。
*3,4 =『ラビンドラナート・タゴール 生誕150周年記念号』Public Diplomacy Division Ministry of External Affairs Government of India 。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰 (http://infieldstudio.net/)。 URL: http://korogaro.net/
◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
第2回 タゴールの落書き
ラビンドラナート・タゴールの文学作品について、残念ながら私はベンガル語の原文で彼の詩を読むしかできないのであるが、優れた訳書の数々によってとても美しく情熱高い言葉の連なりに出会うことができる。私はヒンディー語、ベンガル語、そしてその他のインドの地方言語の区別もあまりついていないし、文字の判別はもっとできない。ベンガル語について私が分かるのはシャンティニケタンの友人が時々”~オーム”、”~ロウー”などという語尾を会話の節々に出したりするのが耳に残っているくらいだ。
タゴールは詩や戯曲、エッセーや文明論など数多の文章を残している。けれども私がもっとも興味を抱いているのは彼が残した絵画についてだ。文学作品に比べてあまり広く知られていないが、タゴールは70歳を過ぎた頃から実に多くの絵画作品を作っている。人間と動物たちが光と闇の中で溶け合うような、どこか翳りのある絵の数々。彼らはしばしば異形の造形を持ち、画面の中で伸びやかな曲線のコンポジションを作り出している。それらの絵からは、タゴールの詩やベンガルへの愛溢れる躍動するエッセーとは全く別種の、静かでとても重い不動の存在感を感じるのである。
*1タゴールの詩稿ノート
*2タゴールの詩稿ノート
タゴールの絵の始まりは、どうも彼が詩稿を練る最中に紙に書いた言葉を塗りつぶしたりした時のインクの塊らしい。 それが文と文の隙間や紙面の余白にまで延び続き、蛇になり、鳥になり、そして人間となっていった。小学校の頃誰もが一度は勉強の合間、ノートの隅に落書きをしたことがあるのではないだろうか。彼はその些細な落書きを、彼の膨大な執筆作業の中でコツコツと育て上げた。それは文字を書き続けた彼の時折の余暇でもあったのであろう。ペン先の動きに任せてそのままインクを紙に染み込ませ続けた結果、描かれた造形が次第に生命力を持ち始めたのである。彼は後に「絵が黙っているように、私は説明など出来ない。絵は表現するが、言葉をもって叙述するものはなにひとつない」とも語っている。言葉の偉人であるタゴールによって、行間や紙の余白から言葉にならない、えも言われぬ造形の数々が生み出されたということが興味深い。彼の才能の多彩さに感服するとともに、絵を描くこと、造形することが持ち得る世界の広大さを改めて痛感する。
*3「獣形フォルムに乗る小鳥」
*4「花咲く木と女」
老年になってタゴールはその詩稿に描かれたモノたちを画用紙やキャンバスの上に展開し始めた。その絵はとても、暗い。詩稿での描画と同様、 彼らは入念にインクあるいは顔料で塗り込まれている。 粗々しい筆使いであるが彼らははっきりとした輪郭を持つ。よく輪郭を見てみると実は鉛筆の下書きによって周到にその造形が描かれ、また場所によってははみ出た絵具を丁寧に削り落として輪郭線を作り出してもいる。有と無の明確な境界の設定、生き物たちに確たる造形を与えようとするタゴールの意思が伺える。人間か動物かの分け隔てはそこにはなく、ただただ生きているということを自身の体の造形を持って表明しているかのようだ。そしてしばしば本来あるはずの手や足といった体のパーツは捨象され、彼らは顔を持った一つのオブジェクトとして画面の中に横たわっている。なんとなく、横たわる、という表現が合っている気がしている。ゴロンと大地に座り込み存在感を辺りに漂わせつつ、静かに外界の様子を伺っているような、ドクンドクンと大地と共振する彼らの生命の重い鼓動が伝わってくるのだ 。
画像:
*1 =http://blogs.wsj.com/indiarealtime/2011/12/08/rare-tagore-notebook-up-for-auction/
*2 =『Architecture in Santiniketan :Tagore’s concept of space』Samit Das, Niyogi Books,2013。
*3,4 =『ラビンドラナート・タゴール 生誕150周年記念号』Public Diplomacy Division Ministry of External Affairs Government of India 。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰 (http://infieldstudio.net/)。 URL: http://korogaro.net/
◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
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