小さくて大きなたからもの
山村房子
音楽大学チェロ科を2年で中途退学した山村昌明から「絵を描いていきたい」と私は告げられました。授業中よく鉛筆でスケッチをしているのを知っていましたが、その素朴な彼の絵には静かに音楽が流れていて美しくて魅力的でした。
山村の意向を大阪の義兄である画家の小林二郎に伝え、相談すると、お付き合いのあった詩人の富岡多恵子さんが、東京で新進気鋭の画家と暮らしておられるので訪ねてみてはどうかと薦められ、早速お訪ねすることになりました。新宿からほど近い古いアパートに伺ったのは1961年の秋でした。
画家は池田満寿夫さん、富岡さんとお二人ともまだ二十代。私たちも22才でした。初めてお会いした時から大変温かく応対していただき早速山村に刷りの仕事を手伝わないかと言って下さったので、翌日から池田さんのお宅に通うことになり、私達も近くのアパートに越しました。ふとんと衣類くらいで身軽な時代でした。その後池田さん達が世田谷に越された時も池田さん宅の近くに我々も越しました。私達には子供が生まれておりました。
数年後、池田夫妻はアメリカへ、多分その前に池田さんは山村を中央公論社の田中耕平氏を紹介して下さったこと、そして画家で池田さんの友人の堀内康司さんからも岩波書店の浅見以久子氏をご紹介下さったのは、山村という若き絵かきが少しでも収入の道として役立つようにと御配慮下さったのでしょう。
その後確かに中央公論社と岩波書店のお仕事を沢山させていただきました。ありがたく思っております。
山村は自らの作品もカットも僕にとっては同じだからと話していました。全ての絵に彼は魂を籠めて描いていたのだと思います。
晩年というには若すぎるので辛いのですが、精神が不安定な状態の時もあり、私が仕事に行く寸前でしたが、何かを燃やしているので不審に思い近づくと「整理しないとね」とカットの載った雑誌や作品を火の中に放り込んでいるので止めようにも時間がなく、私はパニック状態でした。
その時私の大好きな驢馬のカットを火の中に放り込もうとしたので思わず私の手は素早やく動き、その絵を取り戻し懐に入れそのまま逃げるように職場に向かいました。スクーターで走りながら私の胸の鼓動は治まらず不安な思いに包まれながら昼下がりのわたし独りの中は真暗でした。驢馬しか助けられなかった。そして山村の心中は?と、心配だったのです。
山村の細かすぎる表現力とユーモアを愛する心に溢れたカットの一点一点が私にとって、「小さくて大きなたからもの」となりました。
中央公論社の田中耕平様、岩波書店の篠原利一様、本当にお世話になり心よりお礼申し上げます。
(『nuage 山村昌明カット作品集』より再録)
『nuage 山村昌明カット作品集』
発行日:2017年1月1日
編集:金原美恵子
発行:山村房子
装丁:中松商店意匠部
100ページ
14.9x9.6cm
限定300部
価格:2,000円
送料:250円
タイトルにフランス語で『雲』と名付けたこの山村昌明カット作品集は60年代後半より80年代半ばまでの500点余りの残されたモノクロカット作品の中から、文芸誌に掲載されたもの、独自に描いたものを織り交ぜて、90点ほどにまとめた小さな小さな画集です。
極小で繊細な動・植物やユーモアに富んだ形体、奇妙なイメージの絵のひとつひとつからは、清澄な水彩作品とはまた違った独特な山村昌明の世界が垣間見えてきます。(奥付より転載)
*画廊亭主敬白
ご紹介するのが遅くなってしまったのですが、去る3月14日(火)~3月20日(月)、ギャラリー403(銀座奥野ビル4階)で、出版記念展「山村昌明カット作品集nuageと原画展」が開催されました。

山村昌明の名前を覚えている人も少なくなってしまった。
山村房子さんはときの忘れものの古くからのお客様ですが、亡くなったご主人が山村昌明さんでした。
山村昌明は1939年に名古屋で生まれ、武蔵野音楽大学チェロ科に学んだのですが、中退して画家を志し、池田満寿夫の助手をつとめ銅版画を学びました。1966年12月東京八重洲にあった巴里画廊で初個展を開き注目を集めます。
撮影:「芸術新潮」松藤庄平
『山村昌明遺作展』カタログより(1993年3月番町画廊・シロタ画廊)
<山村昌明の場合には、孔版の線を用いて描かれる極度に単純化された形が、ひとつの幻想的都市を、とりわけその周囲にひろがる空と海と地の大きなひろがりを、吸い寄せ、吐き出すことに成功している。(以下略)
大岡信 『芸術新潮』1967年11月号所載「現代のリリスム」より>
繊細な線描と、透明感のある色彩は知り人ぞ知る、将来を嘱望されたのですが、1991年僅か51歳で亡くなりました。
山村昌明
1979年 水彩
10.5x18.7cm Signed
生前その才能を評価して個展を開いたのが南天子画廊、番町画廊、ギャラリー・たかぎ(名古屋)などであり、亡くなった翌年1992年2月にはギャルリーユマニテ名古屋で追悼展が開催されています。
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『nuage 山村昌明カット作品集』(限定300部)はときの忘れものでも扱っています。
価格:2,000円 送料:250円
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山村房子
音楽大学チェロ科を2年で中途退学した山村昌明から「絵を描いていきたい」と私は告げられました。授業中よく鉛筆でスケッチをしているのを知っていましたが、その素朴な彼の絵には静かに音楽が流れていて美しくて魅力的でした。
山村の意向を大阪の義兄である画家の小林二郎に伝え、相談すると、お付き合いのあった詩人の富岡多恵子さんが、東京で新進気鋭の画家と暮らしておられるので訪ねてみてはどうかと薦められ、早速お訪ねすることになりました。新宿からほど近い古いアパートに伺ったのは1961年の秋でした。
画家は池田満寿夫さん、富岡さんとお二人ともまだ二十代。私たちも22才でした。初めてお会いした時から大変温かく応対していただき早速山村に刷りの仕事を手伝わないかと言って下さったので、翌日から池田さんのお宅に通うことになり、私達も近くのアパートに越しました。ふとんと衣類くらいで身軽な時代でした。その後池田さん達が世田谷に越された時も池田さん宅の近くに我々も越しました。私達には子供が生まれておりました。
数年後、池田夫妻はアメリカへ、多分その前に池田さんは山村を中央公論社の田中耕平氏を紹介して下さったこと、そして画家で池田さんの友人の堀内康司さんからも岩波書店の浅見以久子氏をご紹介下さったのは、山村という若き絵かきが少しでも収入の道として役立つようにと御配慮下さったのでしょう。
その後確かに中央公論社と岩波書店のお仕事を沢山させていただきました。ありがたく思っております。
山村は自らの作品もカットも僕にとっては同じだからと話していました。全ての絵に彼は魂を籠めて描いていたのだと思います。
晩年というには若すぎるので辛いのですが、精神が不安定な状態の時もあり、私が仕事に行く寸前でしたが、何かを燃やしているので不審に思い近づくと「整理しないとね」とカットの載った雑誌や作品を火の中に放り込んでいるので止めようにも時間がなく、私はパニック状態でした。
その時私の大好きな驢馬のカットを火の中に放り込もうとしたので思わず私の手は素早やく動き、その絵を取り戻し懐に入れそのまま逃げるように職場に向かいました。スクーターで走りながら私の胸の鼓動は治まらず不安な思いに包まれながら昼下がりのわたし独りの中は真暗でした。驢馬しか助けられなかった。そして山村の心中は?と、心配だったのです。
山村の細かすぎる表現力とユーモアを愛する心に溢れたカットの一点一点が私にとって、「小さくて大きなたからもの」となりました。
中央公論社の田中耕平様、岩波書店の篠原利一様、本当にお世話になり心よりお礼申し上げます。
(『nuage 山村昌明カット作品集』より再録)
『nuage 山村昌明カット作品集』発行日:2017年1月1日
編集:金原美恵子
発行:山村房子
装丁:中松商店意匠部
100ページ
14.9x9.6cm
限定300部
価格:2,000円
送料:250円
タイトルにフランス語で『雲』と名付けたこの山村昌明カット作品集は60年代後半より80年代半ばまでの500点余りの残されたモノクロカット作品の中から、文芸誌に掲載されたもの、独自に描いたものを織り交ぜて、90点ほどにまとめた小さな小さな画集です。
極小で繊細な動・植物やユーモアに富んだ形体、奇妙なイメージの絵のひとつひとつからは、清澄な水彩作品とはまた違った独特な山村昌明の世界が垣間見えてきます。(奥付より転載)
*画廊亭主敬白
ご紹介するのが遅くなってしまったのですが、去る3月14日(火)~3月20日(月)、ギャラリー403(銀座奥野ビル4階)で、出版記念展「山村昌明カット作品集nuageと原画展」が開催されました。

山村昌明の名前を覚えている人も少なくなってしまった。
山村房子さんはときの忘れものの古くからのお客様ですが、亡くなったご主人が山村昌明さんでした。
山村昌明は1939年に名古屋で生まれ、武蔵野音楽大学チェロ科に学んだのですが、中退して画家を志し、池田満寿夫の助手をつとめ銅版画を学びました。1966年12月東京八重洲にあった巴里画廊で初個展を開き注目を集めます。
撮影:「芸術新潮」松藤庄平『山村昌明遺作展』カタログより(1993年3月番町画廊・シロタ画廊)
<山村昌明の場合には、孔版の線を用いて描かれる極度に単純化された形が、ひとつの幻想的都市を、とりわけその周囲にひろがる空と海と地の大きなひろがりを、吸い寄せ、吐き出すことに成功している。(以下略)
大岡信 『芸術新潮』1967年11月号所載「現代のリリスム」より>
繊細な線描と、透明感のある色彩は知り人ぞ知る、将来を嘱望されたのですが、1991年僅か51歳で亡くなりました。
山村昌明1979年 水彩
10.5x18.7cm Signed
生前その才能を評価して個展を開いたのが南天子画廊、番町画廊、ギャラリー・たかぎ(名古屋)などであり、亡くなった翌年1992年2月にはギャルリーユマニテ名古屋で追悼展が開催されています。
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『nuage 山村昌明カット作品集』(限定300部)はときの忘れものでも扱っています。
価格:2,000円 送料:250円
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