小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第14回

大橋英児『Roadside Lights』(Zen Foto Gallery, 2017)

01(図1)
『Roadside Lights』表紙


今回紹介するのは、北海道を拠点に活動する写真家、大橋英児の写真集『Roadside Lights』です。表紙には、残雪の平原に設置された一台の自動販売機が正面から捉えられており、煌煌と光を放つ赤い自動販売機は、背景に広がる荒涼とした平原と重い雲が立ちこめる冬の空模様のなかで、強い存在感を放っています。誰がこんな平原をはるばると歩いて飲み物を買いにくるのか、電力はどのように供給されているのかと訝しくも感じられます。タイトルにも示されているように、大橋は自動販売機を「道端の光」として捉えており、写真集の中には、仄暗い夕暮れや夜間のような自動販売機の光が明るく輝いて見える時間帯に撮影した写真が収められています。
大橋が自動販売機に注意深く視線を向け、撮影を続けてきた動機には、北海道の風土のなかで暮らしてきた生活者としての経験に根ざしています。『Roadside Lights』に先立って、大橋は雪深い北海道の各地で自動販売機を白黒写真で撮影したシリーズをまとめた写真集『Merci(メルシー)』(窓社、2015年)を刊行しています(収録作品の撮影時期は2008-2014年)(表紙 図2)。『Merci』のあとがきのなかで、大橋は日本最北端の地、稚内市で住んでいた時に吹雪に見舞われ、その時自動販売機の光を手がかりに自分の位置を確認することができたという自身の経験を綴っています。自動販売機が自然災害時の命綱になった自身の経験が契機となり、「Merci!(ありがとう)」という感謝の念を抱きながら自動販売機と自然環境との関係を見つめながら風景を撮影していくようになりました。撮影を続ける過程で、東日本大震災が起き、震災後には電力を消費する自動販売機の使用を控えたり、撤去したりした方がよいという声が起きる一方で、被災地の復興作業に従事する人たちのためにいち早く自動販売機が設置されたという経緯も知り、そういったことが地域社会の中での自動販売機の位置づけを再考するきっかけにもなったと語っています。

02(図2)
『Merci』表紙 小樽市春香町


03(図3)
岩見沢市幌向


『Merci』の表紙(図2)では、街灯に照らされた夜の路上に設置された自動販売機の側面が、高く積もった雪越しに捉えられた写真が使われており、降雪という自然現象が作り出した稜線のようなカーブと、自動販売機の直線やロゴのコントラストが眼を惹きつけます。この写真集では、後に刊行された『Roadside Lights』に収録された写真と比べると、自動販売機を至近距離から捉えた写真が多く収録されています。雪に埋もれた自動販売機が放つ光が周辺の雪に反射され、光に満たされた独特の空間を作り出しています。降雪により、商品を販売する機能を一時的に奪われ、また人が近づいていくことも難しくなった自動販売機の佇まいは、電動の機械である以上の擬人的な存在感を帯びています(大橋は、この存在感を笠地蔵に喩えています)。
『Roadside Lights』では、白黒写真では明暗としてとらえられた光の様相が、色味の異なる光の関係として捉えられています。表紙(図1)にも見て取られるように、夕暮れの自然光と、自動販売機の蛍光灯やLEDのが、周辺の景色、積雪面の反射により、相互に影響し合って独特の色が作り出されています。『Merci』と比較すると、自動販売機から距離をおいて、周辺の景色を画面の中に捉えた写真が多く収録されています。(図4)は、『Merci』の表紙(図2)に近い状況化で、自動販売機を斜め後ろから捉えており、雪に反射するオレンジ色を帯びた街灯の光と、自動販売機の放つ青みを帯びた光が、幻想的な光の世界を作り出しています。

04(図4)


05(図5)
『Roadside Lights』より


カラー写真で捉えられることによってより際立ってくるのが、自動販売機と、その周囲にある、とくに年季の入った木造家屋のような建造物とのコントラストです(図5)。業者によって定期的にメンテナンスが行われ、売り上げが悪ければ撤去される自動販売機は、古びていたり、故障していたりするようなものはそのままに放置されていることはありません。つまり、景色の中にあって、その環境の経年変化とは同期せずに、自動販売機は存在しているのです。設置される環境が都心であれ、人里離れた場所であれ、人の注意を換気するべく設置された自動販売機という装置がいかに遍在しているのか、またその色や形がいかに画一化、企画化されているのかということを、写真を通して確かめることで、この国で人々の生活を成り立たせているインフラや経済を新たな視点から見つめることができるのではないでしょうか。

06(図6)


07(図7)


こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。

●今日のお勧め作品は、ウィン・バロックです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第25回をご覧ください。
20170425_bullock_03_navigation-without-numbersウィン・バロック
「Navigation Without Numbers」
1957年(Vintage)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:17.8x23.0cm
台紙サイズ:33.5x38.0cm
サインあり


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