佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」

第6回 インドの先住民Santal-Kleladangaの人々の家づくりについて-脱線1

村の家づくりについて何回か書いてみたい、と前回の投稿の終わりの方で呟いてみたが、その文章を書いたすぐ後に、インドに行く時期が今年の夏から年末に延期となってしまったため、さらに書く時間ができてしまった。なので、今回はちょっと寄り道をしてみたい。寄り道といっても、書いている自分は今日本にいるので、自分の頭の中での寄り道、すなわち思考のこね回し、整理整頓である。ということで、家づくりだけではなく、その家の周りに存する村の風景と、村でこの前自分が取り組んだ些細な仕事について書こうと思う。

近年、ケラダンガ村の中央の道の両端と真ん中あたりに3つの井戸ができ、村の人々の生活には欠かせないものとなっている。朝水を甕に組み、家の中へ運んで調理に使う。食べ終わったあと、食器をまとめて井戸へ持ってきて洗う。昼、村の男達が働きに出かけたあと、井戸でお母さんらが自分の体と子供達の体を洗う。村には上下水道は整備されておらず、家のなかには、トイレも風呂もない。排泄をするときには井戸で水をバケツに汲んで村の外まで運んでいって用を足す。私が村を訪れたのは乾季の時期であり、近くの運河は干からびていたので、もしかすると雨季には運河を用いたまた異なる水のライフスタイルがあるのかもしれないが、ともかく彼らにとって水は村の共有資源である。

1村の西端の井戸。


2村の東端の井戸。村人が水を汲んだあと、辺りに残った水でイノシシが体を洗っている。


そんな井戸の脇に、中央政府が主導する貧困農村地域へのインフラ整備事業の一環としてごく最近、2017年の2月下旬から3月上旬にかけて、水路が作られた。いままで井戸の近くに垂れ流しだった生活排水を村の外へ流すためのものである。雨季には大量の雨が溜まって家の中まで流れ込むことがあるそうで、その冠水を防ぐためでもあるという。けれども、この水路は見たところ周りの民家の床高さよりも高い位置にあるので、果たして冠水対策に有効かどうかは疑問である。また水路の幅は40センチほどと幅広く、村に暮らす子供やヤギやニワトリなどの小さな動物たちは、自由に渡ることができなくなっているようであった。さらに水路は村の端で終わっており、汚水は周囲に広がってしまっている。間違いなく、必要なものと考えられて設置されたのであろうが、十分に村の生活を考慮したデザインとは正直言い難い。
現地の人に聞けば、こうした下水インフラ事業の失敗は、政府と村人との間のコミュニケーションの不足が原因であると言う。さらには、これまでの村の人々の暮らしと、画一的で場当たり的なトップダウンの施策との間にあるギャップを埋めずに事業を済ませてしまったことに問題があるのだろう。そんなギャップを抱えつつ、村の人々の生活は変わりつつある。彼らはすでに携帯電話をもち、プラスチックの食器や化繊の洋服を着こなす。かつての村の風景は確実に変化している。そして、新しくできた水路は、そんな村の風景の移り変わり、村の生活の変化を象徴している。

32017年2月。まだ水路は作られておらず、緩やかな窪みに沿って排水が流れている。


42017年3月。レンガを積み仕上げにモルタルを塗った水路が新しくできていた。向こう側には子ヤギが草を見つけて食べている。


こうした村の状況について、崩壊という言葉を付すのはおそらく正しくない。伝統が失われた、あるいは文化が消えてしまったなどという言葉をしばしば耳にするが、そこで生活を営む人々がいる限り、そんなことはありえない。人の生活とは断絶することなくその場所にあり続け、たとえ昔から在ったものが淘汰されて消えて、目に見えている生活様式が変わろうとも、生活を営もうとする彼らの意思は尊厳あるものとしてそこに存在し続けるからだ。

ありとあらゆる変化を受け止め、向き合うことが必要である。新たにできた水路、トップダウン式かつ無配慮な近代的インフラ設置もまた一つの変化として、その現在の有様に向き合うべきではないか。けれども、変化の筋径の先はまだ決まったものではない。そこに、デザインの力が必要なのではないか。先のインフラ施策のような、不可避かもしれない”大きな技術”普及の大波に対して、淘汰されかねない小さなモノもまたその大波を乗りこなし、大小入り乱れる世界として状況を変容させていく別種の技術、デザインが必要であるはずだ。それがこのケラダンガ村に滞在しての私の確信であった。場当たり的であり、現況に対する積極的受容性から生まれる前進主義とでも言えようか。

村での滞在中、ワークショップIn-Field Studioではディレクションを担当する傍ら、私自身も期間中、小制作に取り組んだ。村に設置された先の水路の上に、子供やヤギたちが自由に行き来できるよう、竹で組んだ幅1.5メートルほどの小さな橋を作った。竹の組み方は、一部村の人に縄の縛り方を教わりながら。ワークショップに参加した他の講師ら(Sapan Hirpara, David Bauer, Brendan Finney)も、それぞれ小さな橋を水路の上に作った。どの橋もそれなりの工夫を凝らしつつも、現場で調達できる材料でできた率直で素朴なデザインである。もちろん村の人々も作ることができる。おそらく私たちが作った小橋を使っているうちにさらなる改善すべき点が見つかるだろう。それを随時村の人たちが直していってくれることも予期しながら、作った。この小橋が、村のかつての生活風景と近代化の大波の技術を共生、癒合させる端緒とならないかと、かすかな希望を抱いている。

5小さな橋の制作。村人に縄の編み方を教えてもらう。


6制作した橋。段差ができないように踏み面を水路天端に揃え、両端の竹から吊り下げる構造としている。


7村の井戸の脇に設置


ラビンドラナート・タゴールは「国際主義とナショナリズムは矛盾せず、ヒューマニズムには国境がない」という言葉を残している。それからおよそ100年が経った今、所謂グローバリゼーションによって私たちは国境を越えて世界を自由に移動し、画一的に普及するテクノロジーが私たちの生活を取り囲むようになった。そんな現代世界において、タゴールの言葉はある新たな技術観、あるいはデザインの可能性を示唆しているようにも思える。つまり、「国際主義」と「ナショナリズム(=国民主義)」は、それぞれ”新しい大きな技術”と”古い小さな技術”に置換され、両者を矛盾なく繋ぎ留めるのが「ヒューマニズム」というデザインの根拠ではないか。「ヒューマニズム」とは何か、「ヒューマニズム」を備えたデザイン・技術とはどのようなものか、私はまだ全然わからない。けれども、古いモノが淘汰され新しいモノが生まれるその刹那の変容の過程を、絶えずその場所の人間あるいは生き物と共に注視することから生まれるデザインには、ある確信めいた強度があるのではないかと思うのである。

そんな理想めいた考えは、インドの暑さの中で朦朧と思い浮かんだ、というわけでもない。今私は日本で、そんな考えになるべく近づこうとしていて、そのフィールドが福島・大玉村でやっている活動「歓藍社」である。インドからは遠く離れてしまうのでこの投稿の中では詳述はしないが、歓藍社では福島原発事故後の村の生活風景をどのように自分たちで組み立て直すか、そんな取り組みの可能性を藍染の作業を通じて探そうしている。そしてインドで考えていることとほぼ隔たりなく繋がっている(一人の個人の活動なので当然といえば当然であるが)。7月中旬(16日-17日)には現地大玉村で小さな藍染のお祭りを開催する予定でもあり、今後も福島-東京-インドの複数拠点から創作の思考を紡いでいきたいと思う。ささやかな野心である。

8歓藍社 大地-農業-道具-建築-生活を一続きのモノとして思考することが一つの目標である。(言うは易く行うは難しではあるが)


さとう けんご

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。

●今日のお勧め作品は、アントニン・レイモンドです。
20170707_raymond_02アントニン・レイモンド
《色彩の研究》
インク、紙
64.1×51.6cm
サインあり

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駒込開店初日を迎えました。
ささやかですが、本日7日12時より、新しい空間のお披露目をいたします。

12時~19時、ご都合の良い時間にお出かけください。
201707_komagome
立体:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光
平面:瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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◆佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。