「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間

クリストとジャンヌ=クロード展示を担当して(Part-2)


柳 正彦

 ドローイング類を中心とした2010年の展覧会とは違った感じの内容という21_21の意向はあったものの、クリストとジャンヌ=クロードの展示で、クリストのオリジナル・ドローイングを壁面に並べない訳にはいかない。それは企画の最初の段階から、私のなかでは必要条件だった。
 二人にとって、ドローイングは、プロジェクトのイメージを明確化するための道具であり、またプロジェクト実現の費用を捻出する財源として、屋外空間で展開される「一時的な芸術作品」を支える土台でもある。そういった意味を別にしても、想像のなかの景観を紙の上に具現化する、クリストの卓越した描写力を多くの人に見て貰いたい。この気持ちは、主催者側も直ぐに理解してくれた。
と言っても、様々なプロジェクトのドローイングを並べる気持ちはなかった。これまで実現したプロジェクトの紹介は、プロジェクション画像に託し、そこでは紹介できない作品、つまり現在進行中の作品に関するドローイングに限定することにした。
ところで、クリストのドローイング制作には、幾つかシステマチックな面がある。その一つがサイズだ。通常はレターサイズ(A4サイズ程度)から、長辺が2メートル44センチのものまで、主に6つの決まったサイズで描いている。また、サイズに応じて、写真の上に描くドローイング、布や紙を貼ったコラージュ、木炭やパステルを主に使ったドローイングなど、使われる技法もある程度決まっている。今回は、特定のプロジェクトの、様々なサイズと技法の作品を並べることで、展示のメリハリをつけることにした。
 さて、その特定のプロジェクトに関して、ちょっとした問題が起こってしまった。展示内容の骨子を決めた16年秋の段階で進行中のプロジェクトは、1992年にスタートした『オーバー・ザ・リバー、 コロラド州アーカンソー川のプロジェクト』と1977年にスタートした『マスタバ、アラブ首長国連邦のプロジェクト』の2つだった。それに基づき、国内の収集家や美術館、そしてクリスト自身に作品貸し出しの打診を始めていた。
 が、あ!と驚くニュースがニューヨークから届いたのは、1月中旬のことだった。クリストが、『オーバー・ザ・リバー』の中止を突然発表したのだった。その背景は、インタビュー映像で見ていただきたいが、それに伴い、進行中のプロジェクトは『マスタバ』、一つになってしまった。
 国内の美術館やコレクターが収蔵するマスタバのドローイング、コラージュ作品を何点かは確認していたが、小さい目の作品が中心だった。そのため、クリストからの作品に頼ることになった。本人がスイス・バーゼルのストレージまで足を運んで選んでくれた、5作品は秀作ぞろいなのは言うまでもない。
 さらに、アブダビの景観や交渉活動を記録した写真もクリストの元から貸し出して貰えることになった。そのなか一枚、クリストと共に砂丘を走るジャンヌ=クロードをとらえた写真で、彼女が着ているのはイッセイミヤケのドレスだ。
 ニューヨークでのインタビューの際、クリストはマスタバに関しても語ってくれた。その部分だけを取り出し、10分ほどに纏めた映像をドローイングと同じ壁面に並べた。クリスト自身は映像とオリジナル作品を一緒に見せるのを好まないことは知ってはいたが、敢えて行った。大きな壁面だったこともあり、ビデオがドローイング観賞の妨げになることはなかったと思う。反対に、クリスト自身の言葉を参考に、ドローイングに描かれた構想に思いを巡らす機会を与えてくれるものになった。

 三宅一生さんの当初の希望であった、『フローティング・ピアーズ』を紹介する展覧会からは少し違ってしまったかもしれないが、『フローティング・ピアーズ』と『マスタバ』を中心に、クリストとジャンヌ=クロードの、これまでの仕事、そしてこれからの計画を知って貰うだけではなく、制作に対する意気込みを生に感じて貰う展示にはなっていたと思う。

 「そこまでやるか、壮大なプロジェクト」展は、まず、一組のアーティストが決まり、そこから展覧会のタイトル、テーマを決め、人選が行うという、ユニークな手順で企画された。クリストとジャンヌ=クロード以外の参加作家、例えば石上純也の建築模型、淺井裕介の壁画、ジョルジュ・ルースや西野達のインスタレーション作品などと、バラエティーに富む作品のなかに共通項を見いだすのは難しいかもしれない。「壮大なプロジェクト」という言葉を頼りにしても、なぜこれを「プロジェクト」と呼ぶのだろう、と考えてしまう作品もある。
 しかし、個々の作品は、オリジナリティーに富み、作家の情熱と技量を生に感じさせてくれる。展覧会の意味すること、などといった堅い話しは別にして、充実し、楽しめる内容の展覧会であることは間違いない。クリスト自身は、今回の出品作家の内の半数ほどしか知らないと言っていたが、プロジェクトが発端となり、ユニークは展覧会が企画されたことを喜んでくれているかもしれない。
やなぎ まさひこ
*その1は8月9日ブログを参照

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「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」
会場:21_21 DESIGN SIGHT
会期:2017年6月23日 (金) - 2017年10月 1日 (日)
つくることの喜びとともに壮大なプロジェクトに向かって歩みを進める表現者たち。そこには強い意志と情熱、数多くの試行錯誤、そして行動する決断力があります。
彼らが実現する作品は私たちに新しい体験をうながし、これまで思いもつかなかった楽しさと価値観に気づかせてくれます。
本展では、そんなクリエイションが持つ特別な力と、そこから広がっていく喜びを伝えます。
展覧会ディレクター:青野尚子
クリストとジャンヌ=クロード企画構成:柳 正彦

ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時~
会場:ときの忘れもの
 企画に携わった者として、このような発言は良くないかもしれないが「そこまでやるか」というタイトルには未だに違和感をもっている。というか、クリストとジャンヌ=クロードの作品は言うに及ばず、21_21に並べられた作品を見て回っても、少なくとも私自身は、「そこまでやるか」と思うことはなかった。
30年以上にわたって、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトや展覧会に携わったせいで、感覚が鈍ってしまっているのかもしれないが・・・、少なくともアーティスト本人にとっては、「そこまでやる」のは当然なのではないだろうか。
 そのように思い、また展覧会に興味をもってくれた人にも、そのようなコメントをしてきた。だがつい最近になって、クリストとジャンヌ=クロードの仕事にも「そこまでやるか」と思わせるものがあることに気がついた。
 展覧会がオープンした後、インタビュー映像の使用しなかった部分に目を通していた時のことだった。クリストが数ヶ月をかけて編集、レイアウトをした、「オーバー・ザ・リバー」の記録集について語っているシーンを見た時、これこそ「そこまでやるか」ではないか、と気がついたのだ。
 プロジェクトが実現すると、クリストとジャンヌ=クロードは、3つの方法で、プロジェクトの記録を纏めてきている。記録映画、記録書籍、ドキュメント展覧会だ。そのなかでも、書籍と展覧会は、例えば1500ページになったり、400点以上の作品資料を並べたりと、ヘビー級の内容になっている。プロジェクトのファクシミリとも呼べる、書籍と展覧会だが、内容の選定からレイアウト細部まで、その作業の大半を外部のデザイナーやキュレイターに託すことなく、クリストとジャンヌ=クロード自身が手がけてきている。
 クリストとジャンヌの、この姿勢は、まさに「そこまでやるか」だろう。
9月2日のトークでは、クリストとジャンヌ=クロードが、いかに自作を記録してきたか、その姿勢と作業の実際について参考映像を交えてお伝えしたい。

*要予約/参加費1,000円
参加ご希望の方は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


■柳 正彦(やなぎ まさひこ)
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
20161001_水戸クリスト展_61
2016年10月1日
於・水戸芸術館
クリスト(右)と柳正彦さん。


●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
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