清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第12回(最終回)
一年間の長丁場でしたが、この連載も今回で最後となりました。お付き合いくださった読者の皆様には感謝いたします。
瀧口修造は、孤高でありながら磁場のような存在として多くの人を引き付ける魅力を持ち、創造の根源を問い続けるかのような詩・造形作品や美術評論は今なお比類ない輝きを放っています。このエッセイに触れて一人でも多くの方が瀧口に関心を寄せていただければ幸いに存じます。
さて、今回は私にとって最も印象的な展覧会となった2013年の小樽で開催された「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展について紹介したい。
「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム展」チラシ
同上
この展覧会は、小樽を皮切りに岩手の花巻、山形の天童、そして栃木の足利へと巡回された。私が小樽を選んだのは、瀧口にとって第二の故郷と言ってもよい土地だったからである。5月31日に松山発東京経由の飛行機で新千歳空港へ着き、札幌から電車で小樽へ向かった。同宿のホテルで土渕信彦さんと落ち合った時はすでに夕刻に近かったが、土渕さんの案内で瀧口とゆかりのある場所を足早に見て回った。まず向かったのは、「自筆年譜」にある1924~25年にかけて三人姉弟で営んでいた花園女学校(現・花園小学校)前の文房具兼手芸材料店跡である。
花園小学校
文房具兼手芸材料店跡と推測される場所
それから、同人誌「山繭」(1926年10月号)に発表された「冬」と題する私小説的散文の舞台と思しき小高い丘にある小樽公園、瀧口がよく通っていたという小樽図書館(現在の建物は1982年落成)、「三夢三話」(「草月」第80号1972年刊)に出てくるゴッホが描いたオーヴェルの役場を彷彿とさせるカトリック富岡教会などである。
小樽公園の坂道
小樽公園より市内を望む
小樽図書館
カトリック富岡教会
「三夢三話」より(草月80号 1972年)
翌6月1日の午前中に土渕さんと共に展覧会場の市立小樽文学館と市立小樽美術館(併設)を訪れ、文学館副館長の玉川薫さんと美術館副館長の旭司益さんにご挨拶してから観覧した。展示で注目したのは、やはり瀧口と小樽に関わる写真や史料だった。カタログにも瀧口の「自筆年譜」の草稿や原稿とその基となった手帳が紹介され、調査資料や注釈も加えた「自筆年譜」増補版とも言うべき内容が収録されていた。
市立小樽文学館・美術館
同上入口
同展カタログ
この日は午後5時から巖谷國士さんの講演が予定されており、昼前に会場に姿を見せておられたので、売店に並べられていた著書「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」(平凡社コロナ・ブックス)を購入しサインを戴いた。この本は、徳島で開催中の同名の展覧会のカタログを兼ね、沢山の図版と共にシュルレアリスムについてわかりやすく解説されている。
巖谷國士さん
巖谷國士著「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」
講演までにかなり時間があるので、土渕さんと一緒に小樽駅から電車で北海道屈指の海水浴場のある蘭島海岸へ行くことにした。ここは瀧口にとってとりわけ思い出深い場所だったからである。
小樽駅
「ひと夏を北海道の蘭島海岸で、むつかしいブルトンの「宣言書」や「磁場」を相手に、未熟な語学力でたたかった。白骨のような樹の根が打ち揚げられた砂浜で、僕はちょうど現実の漂流物の間に立ちすくんだような気がしていた。そうして一つの別な車輪が勢いよく廻り初めるのを意識した。」(「ある時代」1939年10月「蠟人形」掲載)と追想している。
蘭島海岸
同上
蘭島海岸で拾った石と貝殻
この時期については、土渕さんは1927年か28年のどちらかと推察されているが、(「橄欖第二号「瀧口修造と小樽―詩「カヒガラ」をめぐって」2012年刊)重要な体験であったことは間違いないだろう。
二人で砂浜を歩きながら瀧口のことを偲んだ。ついでに蘭島に近い余市町の縄文遺跡「フゴッペ洞窟」まで行ってから小樽市内に戻り、戦前からある喫茶店「光」に入ったり運河を観光したりした。
喫茶店「光」
日本銀行旧小樽支店
小樽運河
巖谷さんの講演は「瀧口修造・小樽・シュルレアリスム」と題し、A4サイズで8ページに及ぶ瀧口の文章を抜粋した資料も配布されていた。ウィリアム・ブレイクの影響や小樽で書かれたと推察される散文「冬」における長姉みさをへの思慕、シュルレアリスムの受容などについて話されたが、小樽の地も手伝ってか瀧口の存在が身近に感じられる濃密な時間となった。この講演会には長姉の夫であった島常次郎のご子息の常雄さんも来ておられた。先に述べた文房具兼手芸材料店は「島屋」と名乗り、戦後に移転(現・島常雄さん宅)したが1988年まで営業していたそうである。
巖谷國士講演会資料
1958年頃の「島屋」(カタログより)
初めて小樽を訪れ、短い滞在ではあったが僅かながらも瀧口の足跡を辿り、現地を見ることの大切さを学ぶことが出来た。そして、山々を背に海に面したこの北の街に親しみを覚えた。
最後に、近年開催された画廊における瀧口修造展をいくつか紹介しておきたい。瀧口の作品に直に接する機会を得るには画廊の果たす役割が重要だと思うが、東京では「ときの忘れもの」が2014年から2015年にかけて「瀧口修造展」を4回開催している。残念ながらいずれも見には行けなかったが、これほど積極的に取り上げている所は他に無く、合わせて立派な図録も刊行されている。
ときの忘れもの「瀧口修造展」案内状
同展図録
これが起点となって大阪のTEZUKAYAMA GALLERY で展覧会が開かれ、6月7日に同会場で二つのイベント「瀧口修造の講演を聞く会」と国立国際美術館副館長(当時)の島敦彦さんと土渕さんによるトークショーが行われた。私は瀧口の音声を聞くのはこの時が初めてだったが、イメージしていたものとは違っていた。トークショーでは島さんが大阪の北画廊で催された瀧口の第二回個展(1961年)の芳名帳を持参し、そこに署名のある著名人たちを紹介されていた。この会場で綿貫御夫妻や富山の瀧口研究家萩野恭一さんに初めてお目にかかり、愛媛から来たというコレクターの安田逸美さんとも知り合うことができた。関西には少ない現代美術を扱う画廊で、代表の松尾良一さんはバイタリティーを感じさせる方だった。
TEZUKAYAMA GALLERY「瀧口修造の展」案内状
TEZUKAYAMA GALLERY
瀧口修造の講演を聞く会
島敦彦+土渕信彦トークショー
2016年7月には名古屋の SHUMOKU GALLERY でも瀧口展が行われ、オープニングに参加した。名古屋ボストン美術館長(当時)の馬場駿吉さんと愛知県美術館長(当時)島敦彦さんによる対談があり、馬場さんのコレクションにまつわるお話が大変興味深かく、「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」の手稿本を見せていただいた。画廊主の尾松篤彦さんは若く美的センスを感じさせる方で、瀧口についてもっと知りたいと語っていたのが印象的だった。
SHUMOKU GALLERY「瀧口修造展」案内状
馬場駿吉+島敦彦講演会(撮影・安田逸美)
「アララットの船あるいは空の蜜」手稿本(撮影・安田逸美)
2017年には京都のART OFFICE OZASA INC.でマルセル・デュシャン生誕130年を記念して「瀧口修造・岡崎和郎 二人展」が行われた。2月4日に土渕さんのギャラリートークに合わせて久しぶりに古都を訪れた。画廊は西陣織会館の奥まった二階にあり、やや狭いながらも静謐な空間が好ましく、画廊主の小笹義朋さんには先の名古屋の展覧会で一度お会いしていた。会場には石原輝雄さんとその友人でレコードコレクターの森田真さん、画家の林哲夫さん、写真家の夜野悠さんや「具体」の作家今井祝雄さんのお姿もあった。
「瀧口修造・岡崎和郎二人展」案内状
ART OFFICE OZASA.INC
同上
土渕信彦ギャラリートーク
画廊間のネットワークを通して人と人との繋がりが生まれ、瀧口作品の魅力が広く伝わっていくことは望ましいことであり、今後の活動にも期待したいと思う。
結びに、この連載を強く薦めていただいた我が瀧口修造研究の先達にして畏友の土渕信彦さん、このような場を提供・発信していただいた綿貫令子、不二夫さんと担当の秋葉恵美さんに厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(了)
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造
"III-14"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:18.5×13.9cm
シートサイズ :18.5×13.9cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ときの忘れもので扱っています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
○<埼玉近美「版画の風景」観た。なんだかとても懐かしい気分になり、セゾン文化やもの派の時代の頃に戻った気がした。それはただの感傷だけでも無く、失われた美術や今、カオスラウンジなどが行ってることに繋がっている。
(20180213/Taxxakaさんのtwitterより)>
○< 観てきたというより食べてきた感じ(伝わらない)
どっしりじっくり楽しかった!
(20180210/理沙さんのtwitterより)>
○<今日は、お目にかかれて幸いでした。
まずは盛況、お祝い申し上げます。
私は、ご夫妻の歴史はもとより、「現代版画センター」についてもほとんど存知あげないので、その意味でも興味津々で出向きました。
無知を恥じつつ申し上げますが、本当に素晴らしい活動を展開されていたのですね。
どれほどの情熱を持って打ちこまれていたか……展示からひしひし伝わってくるだけに、クローズされたときの無念さ、ご苦労、いかばかりかとお察しします。
ご夫婦おふたりで乗りこえていらしたのですね。
それだけに今回の展覧会へのご感慨もひとしおかと、私まで胸が熱くなります。
もちろん展示作品そのものにも目を奪われました。珠玉の作品ぞろい。当時の「版画センター」の充実ぶりがまざまざと想像できます。時間がゆるせば、資料もじっくり読みたいところでした。
渋谷在住の、版画をやっている友人にも勧めました。14日に伺うそうです。
楽しいご気分の張りが続くと思いますが、お疲れが出ませんよう、くれぐれもご自愛ください。
(20180211/MKさんからのメールより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.183 一原有徳「SEN」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
一原有徳
<現代と声>より《SEN》
1977年 銅版(作家自刷り)
Image size: 39.5×30.5cm
Sheet size: 65.1×50.2cm
Ed.100 サインあり

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
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●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
一年間の長丁場でしたが、この連載も今回で最後となりました。お付き合いくださった読者の皆様には感謝いたします。
瀧口修造は、孤高でありながら磁場のような存在として多くの人を引き付ける魅力を持ち、創造の根源を問い続けるかのような詩・造形作品や美術評論は今なお比類ない輝きを放っています。このエッセイに触れて一人でも多くの方が瀧口に関心を寄せていただければ幸いに存じます。
さて、今回は私にとって最も印象的な展覧会となった2013年の小樽で開催された「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展について紹介したい。
「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム展」チラシ
同上この展覧会は、小樽を皮切りに岩手の花巻、山形の天童、そして栃木の足利へと巡回された。私が小樽を選んだのは、瀧口にとって第二の故郷と言ってもよい土地だったからである。5月31日に松山発東京経由の飛行機で新千歳空港へ着き、札幌から電車で小樽へ向かった。同宿のホテルで土渕信彦さんと落ち合った時はすでに夕刻に近かったが、土渕さんの案内で瀧口とゆかりのある場所を足早に見て回った。まず向かったのは、「自筆年譜」にある1924~25年にかけて三人姉弟で営んでいた花園女学校(現・花園小学校)前の文房具兼手芸材料店跡である。
花園小学校
文房具兼手芸材料店跡と推測される場所それから、同人誌「山繭」(1926年10月号)に発表された「冬」と題する私小説的散文の舞台と思しき小高い丘にある小樽公園、瀧口がよく通っていたという小樽図書館(現在の建物は1982年落成)、「三夢三話」(「草月」第80号1972年刊)に出てくるゴッホが描いたオーヴェルの役場を彷彿とさせるカトリック富岡教会などである。
小樽公園の坂道
小樽公園より市内を望む
小樽図書館
カトリック富岡教会
「三夢三話」より(草月80号 1972年)翌6月1日の午前中に土渕さんと共に展覧会場の市立小樽文学館と市立小樽美術館(併設)を訪れ、文学館副館長の玉川薫さんと美術館副館長の旭司益さんにご挨拶してから観覧した。展示で注目したのは、やはり瀧口と小樽に関わる写真や史料だった。カタログにも瀧口の「自筆年譜」の草稿や原稿とその基となった手帳が紹介され、調査資料や注釈も加えた「自筆年譜」増補版とも言うべき内容が収録されていた。
市立小樽文学館・美術館
同上入口
同展カタログこの日は午後5時から巖谷國士さんの講演が予定されており、昼前に会場に姿を見せておられたので、売店に並べられていた著書「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」(平凡社コロナ・ブックス)を購入しサインを戴いた。この本は、徳島で開催中の同名の展覧会のカタログを兼ね、沢山の図版と共にシュルレアリスムについてわかりやすく解説されている。
巖谷國士さん
巖谷國士著「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」講演までにかなり時間があるので、土渕さんと一緒に小樽駅から電車で北海道屈指の海水浴場のある蘭島海岸へ行くことにした。ここは瀧口にとってとりわけ思い出深い場所だったからである。
小樽駅「ひと夏を北海道の蘭島海岸で、むつかしいブルトンの「宣言書」や「磁場」を相手に、未熟な語学力でたたかった。白骨のような樹の根が打ち揚げられた砂浜で、僕はちょうど現実の漂流物の間に立ちすくんだような気がしていた。そうして一つの別な車輪が勢いよく廻り初めるのを意識した。」(「ある時代」1939年10月「蠟人形」掲載)と追想している。
蘭島海岸
同上
蘭島海岸で拾った石と貝殻この時期については、土渕さんは1927年か28年のどちらかと推察されているが、(「橄欖第二号「瀧口修造と小樽―詩「カヒガラ」をめぐって」2012年刊)重要な体験であったことは間違いないだろう。
二人で砂浜を歩きながら瀧口のことを偲んだ。ついでに蘭島に近い余市町の縄文遺跡「フゴッペ洞窟」まで行ってから小樽市内に戻り、戦前からある喫茶店「光」に入ったり運河を観光したりした。
喫茶店「光」
日本銀行旧小樽支店
小樽運河巖谷さんの講演は「瀧口修造・小樽・シュルレアリスム」と題し、A4サイズで8ページに及ぶ瀧口の文章を抜粋した資料も配布されていた。ウィリアム・ブレイクの影響や小樽で書かれたと推察される散文「冬」における長姉みさをへの思慕、シュルレアリスムの受容などについて話されたが、小樽の地も手伝ってか瀧口の存在が身近に感じられる濃密な時間となった。この講演会には長姉の夫であった島常次郎のご子息の常雄さんも来ておられた。先に述べた文房具兼手芸材料店は「島屋」と名乗り、戦後に移転(現・島常雄さん宅)したが1988年まで営業していたそうである。
巖谷國士講演会資料
1958年頃の「島屋」(カタログより)初めて小樽を訪れ、短い滞在ではあったが僅かながらも瀧口の足跡を辿り、現地を見ることの大切さを学ぶことが出来た。そして、山々を背に海に面したこの北の街に親しみを覚えた。
最後に、近年開催された画廊における瀧口修造展をいくつか紹介しておきたい。瀧口の作品に直に接する機会を得るには画廊の果たす役割が重要だと思うが、東京では「ときの忘れもの」が2014年から2015年にかけて「瀧口修造展」を4回開催している。残念ながらいずれも見には行けなかったが、これほど積極的に取り上げている所は他に無く、合わせて立派な図録も刊行されている。
ときの忘れもの「瀧口修造展」案内状
同展図録これが起点となって大阪のTEZUKAYAMA GALLERY で展覧会が開かれ、6月7日に同会場で二つのイベント「瀧口修造の講演を聞く会」と国立国際美術館副館長(当時)の島敦彦さんと土渕さんによるトークショーが行われた。私は瀧口の音声を聞くのはこの時が初めてだったが、イメージしていたものとは違っていた。トークショーでは島さんが大阪の北画廊で催された瀧口の第二回個展(1961年)の芳名帳を持参し、そこに署名のある著名人たちを紹介されていた。この会場で綿貫御夫妻や富山の瀧口研究家萩野恭一さんに初めてお目にかかり、愛媛から来たというコレクターの安田逸美さんとも知り合うことができた。関西には少ない現代美術を扱う画廊で、代表の松尾良一さんはバイタリティーを感じさせる方だった。
TEZUKAYAMA GALLERY「瀧口修造の展」案内状
TEZUKAYAMA GALLERY
瀧口修造の講演を聞く会
島敦彦+土渕信彦トークショー2016年7月には名古屋の SHUMOKU GALLERY でも瀧口展が行われ、オープニングに参加した。名古屋ボストン美術館長(当時)の馬場駿吉さんと愛知県美術館長(当時)島敦彦さんによる対談があり、馬場さんのコレクションにまつわるお話が大変興味深かく、「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」の手稿本を見せていただいた。画廊主の尾松篤彦さんは若く美的センスを感じさせる方で、瀧口についてもっと知りたいと語っていたのが印象的だった。
SHUMOKU GALLERY「瀧口修造展」案内状
馬場駿吉+島敦彦講演会(撮影・安田逸美)
「アララットの船あるいは空の蜜」手稿本(撮影・安田逸美)2017年には京都のART OFFICE OZASA INC.でマルセル・デュシャン生誕130年を記念して「瀧口修造・岡崎和郎 二人展」が行われた。2月4日に土渕さんのギャラリートークに合わせて久しぶりに古都を訪れた。画廊は西陣織会館の奥まった二階にあり、やや狭いながらも静謐な空間が好ましく、画廊主の小笹義朋さんには先の名古屋の展覧会で一度お会いしていた。会場には石原輝雄さんとその友人でレコードコレクターの森田真さん、画家の林哲夫さん、写真家の夜野悠さんや「具体」の作家今井祝雄さんのお姿もあった。
「瀧口修造・岡崎和郎二人展」案内状
ART OFFICE OZASA.INC
同上
土渕信彦ギャラリートーク画廊間のネットワークを通して人と人との繋がりが生まれ、瀧口作品の魅力が広く伝わっていくことは望ましいことであり、今後の活動にも期待したいと思う。
結びに、この連載を強く薦めていただいた我が瀧口修造研究の先達にして畏友の土渕信彦さん、このような場を提供・発信していただいた綿貫令子、不二夫さんと担当の秋葉恵美さんに厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(了)
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造"III-14"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:18.5×13.9cm
シートサイズ :18.5×13.9cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ときの忘れもので扱っています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。○<埼玉近美「版画の風景」観た。なんだかとても懐かしい気分になり、セゾン文化やもの派の時代の頃に戻った気がした。それはただの感傷だけでも無く、失われた美術や今、カオスラウンジなどが行ってることに繋がっている。
(20180213/Taxxakaさんのtwitterより)>
○< 観てきたというより食べてきた感じ(伝わらない)
どっしりじっくり楽しかった!
(20180210/理沙さんのtwitterより)>
○<今日は、お目にかかれて幸いでした。
まずは盛況、お祝い申し上げます。
私は、ご夫妻の歴史はもとより、「現代版画センター」についてもほとんど存知あげないので、その意味でも興味津々で出向きました。
無知を恥じつつ申し上げますが、本当に素晴らしい活動を展開されていたのですね。
どれほどの情熱を持って打ちこまれていたか……展示からひしひし伝わってくるだけに、クローズされたときの無念さ、ご苦労、いかばかりかとお察しします。
ご夫婦おふたりで乗りこえていらしたのですね。
それだけに今回の展覧会へのご感慨もひとしおかと、私まで胸が熱くなります。
もちろん展示作品そのものにも目を奪われました。珠玉の作品ぞろい。当時の「版画センター」の充実ぶりがまざまざと想像できます。時間がゆるせば、資料もじっくり読みたいところでした。
渋谷在住の、版画をやっている友人にも勧めました。14日に伺うそうです。
楽しいご気分の張りが続くと思いますが、お疲れが出ませんよう、くれぐれもご自愛ください。
(20180211/MKさんからのメールより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.183 一原有徳「SEN」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
一原有徳<現代と声>より《SEN》
1977年 銅版(作家自刷り)
Image size: 39.5×30.5cm
Sheet size: 65.1×50.2cm
Ed.100 サインあり

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
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●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円
●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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