植田実のエッセイ「本との関係」
第1回 『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』
綿貫不二夫さんに言われて、ときの忘れもののホームページに編集、デザイン、執筆などで関わった本や雑誌について書きはじめてから十数年が経っている。当時から現在まで私の「書く」「読む」仕事は、紙とシャープペンシルと消しゴム、あるいは紙に印刷された文字と図版に限られて、変わることはない。だからデータ入力は原稿の依頼者にお願いしてきたので、紙の印刷物は別として、モニター上の文章や図面や写真は見たことがない。それもあって上のシリーズがどのくらい続いたのかよく覚えていない。15回くらいまで書き継いだが、中途半端のままそれ切りになっていたはず。
そんな古い書きものをこんどはブログで再録したいと突然言われて驚いた。確認のために最初の数回分のプリントアウトを見せてもらうと、私の関わった本や雑誌を第三者(ペンネームを使っている)が紹介する体裁になっている。そんな面倒をやめて大幅に書き直すことにした。1回目は以前と同様に『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』(発行:ラトルズ)から始めたい。2003年度の日本建築学会文化賞を受賞した折のいわば御祝儀出版だから特殊例だが、受賞理由の「出版・編集を通して建築文化の普及・啓蒙に貢献してきた実績」を反映したいと思っての企画だ。建築界のお祝い的な催しは会費制のパーティに大勢が集まって何人かがスピーチをしたりするが会場内の騒然たる私語のなかでほとんど聞きとれないままに散会、で終わるのが慣例。建築家や研究者を祝う会ならそれでもいい。その仕事はその人のものとしてよく知られ評価されているのだから。
それに対して何者なのかよく分からん編集者の仕事の自立した輪郭を、この機会に自分自身でも見たかった。それを展覧会と出版に表わすことにしたのだ。多くの人に協力をお願いした。まず展示空間と細かな道具立てのデザインはアトリエ・ワン(塚本由晴+貝島桃代)+東京工業大学塚本研究室の皆さんに一任した。このユニークなチームの実作を見る機会はこの時はまだなかったが、ギャラリー間における展示に接したとき、それは小さな家を原寸大で会場に組み込んでアトリエ・ワンの建築思想を端的に伝えるものだったが、建築以上に建築だったのである。
学会賞受賞の対象となった編集の仕事のひとつは1968年から75年にかけての建築誌で、受賞年から見れば30年もむかしである。その距離を埋める展示のアイデアを出してくれたのが元倉眞琴さんと山本圭介さんで、それぞれ教えている大学の建築学生に呼びかけて30年前の住宅のコンセプトを模型製作を通して蘇らせてくれたのだ。
もうひとり、建築史研究の花田佳明さんも面識なく、いや名前さえ知らなかった人である。私の編集していた単行本シリーズの1冊を書評してくれたのだが思いもかけない辛口、いや鋭い分析に驚いた。お祝いの本などはたくさんの花輪を寄せるように知人友人がさまざまな立場から当の人物を語るのがふつうだけれど、私としてはむしろ見知らぬひとりに忌憚ない編集者批評をしてもらいたかった。でなければ編集者とは何者かいつまでも分からない。花田さんにお願いしたのはほどほどの長さのエッセイ的批評のつもりだったが結果はとんでもないヴォリュームの、研究論文に近い書き下ろしになった。
これらを本にするに当たっては長い付き合いの編集者・中野照子さんやデザイナー・山口信博さんが中心となり思い切った形にしてくれた。私自身がどのように関わったかよく覚えていないがA5判の2冊の本を重ねた構成にしている。花田論文は縦組みの130ページ、反対側の表紙をめくるとアトリエ・ワンと元倉・山本チームの展覧会記録が横組み、50ページだが折り込み図面やカラー写真入り。2冊の本は真ん中でそれぞれの奥付けページと出会い、その境にはこのプロジェクトのために、会場設営や撮影に協力してくれた人々、金銭的に支援してくれた全国の人々500余の名が掲げられている。一介の編集者の勝手な思い込みがじつに多くの人々に大きな負担をかけてしまった。それがそっくり記録されている。編集とは出版物を明快に美しくまとめ上げる以上に、よく馴染んできたものを分裂させ、思いがけない紙とインクの姿を引き寄せてしまう。そんな思いに至った忘れられない本である。
(うえだ まこと)
『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』
2005年
株式会社ラトルズ 発行
200ページ
21.0×15.0cm
著者:花田佳明
編集:中野照子+佐藤雅夫/植田実
税別2,500円



*画廊亭主敬白
このブログで最も多く執筆されているのは植田実先生ですが、実はホームページの方に掲載しながらブログには収録していないエッセイがいくつかあります。
それらブログ未掲載のエッセイの再録をお願いしたら、<大幅に書き直すことに>なりました。毎月29日に掲載します。どうぞご愛読ください。
●今日のお勧め作品は、植田実です。
植田実
《同潤会アパートメント 代官山》(2)
(2014年プリント)
ラムダプリント
16.3×24.4cm
Ed.7 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●書籍・カタログのご案内
『植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

第1回 『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』
綿貫不二夫さんに言われて、ときの忘れもののホームページに編集、デザイン、執筆などで関わった本や雑誌について書きはじめてから十数年が経っている。当時から現在まで私の「書く」「読む」仕事は、紙とシャープペンシルと消しゴム、あるいは紙に印刷された文字と図版に限られて、変わることはない。だからデータ入力は原稿の依頼者にお願いしてきたので、紙の印刷物は別として、モニター上の文章や図面や写真は見たことがない。それもあって上のシリーズがどのくらい続いたのかよく覚えていない。15回くらいまで書き継いだが、中途半端のままそれ切りになっていたはず。
そんな古い書きものをこんどはブログで再録したいと突然言われて驚いた。確認のために最初の数回分のプリントアウトを見せてもらうと、私の関わった本や雑誌を第三者(ペンネームを使っている)が紹介する体裁になっている。そんな面倒をやめて大幅に書き直すことにした。1回目は以前と同様に『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』(発行:ラトルズ)から始めたい。2003年度の日本建築学会文化賞を受賞した折のいわば御祝儀出版だから特殊例だが、受賞理由の「出版・編集を通して建築文化の普及・啓蒙に貢献してきた実績」を反映したいと思っての企画だ。建築界のお祝い的な催しは会費制のパーティに大勢が集まって何人かがスピーチをしたりするが会場内の騒然たる私語のなかでほとんど聞きとれないままに散会、で終わるのが慣例。建築家や研究者を祝う会ならそれでもいい。その仕事はその人のものとしてよく知られ評価されているのだから。
それに対して何者なのかよく分からん編集者の仕事の自立した輪郭を、この機会に自分自身でも見たかった。それを展覧会と出版に表わすことにしたのだ。多くの人に協力をお願いした。まず展示空間と細かな道具立てのデザインはアトリエ・ワン(塚本由晴+貝島桃代)+東京工業大学塚本研究室の皆さんに一任した。このユニークなチームの実作を見る機会はこの時はまだなかったが、ギャラリー間における展示に接したとき、それは小さな家を原寸大で会場に組み込んでアトリエ・ワンの建築思想を端的に伝えるものだったが、建築以上に建築だったのである。
学会賞受賞の対象となった編集の仕事のひとつは1968年から75年にかけての建築誌で、受賞年から見れば30年もむかしである。その距離を埋める展示のアイデアを出してくれたのが元倉眞琴さんと山本圭介さんで、それぞれ教えている大学の建築学生に呼びかけて30年前の住宅のコンセプトを模型製作を通して蘇らせてくれたのだ。
もうひとり、建築史研究の花田佳明さんも面識なく、いや名前さえ知らなかった人である。私の編集していた単行本シリーズの1冊を書評してくれたのだが思いもかけない辛口、いや鋭い分析に驚いた。お祝いの本などはたくさんの花輪を寄せるように知人友人がさまざまな立場から当の人物を語るのがふつうだけれど、私としてはむしろ見知らぬひとりに忌憚ない編集者批評をしてもらいたかった。でなければ編集者とは何者かいつまでも分からない。花田さんにお願いしたのはほどほどの長さのエッセイ的批評のつもりだったが結果はとんでもないヴォリュームの、研究論文に近い書き下ろしになった。
これらを本にするに当たっては長い付き合いの編集者・中野照子さんやデザイナー・山口信博さんが中心となり思い切った形にしてくれた。私自身がどのように関わったかよく覚えていないがA5判の2冊の本を重ねた構成にしている。花田論文は縦組みの130ページ、反対側の表紙をめくるとアトリエ・ワンと元倉・山本チームの展覧会記録が横組み、50ページだが折り込み図面やカラー写真入り。2冊の本は真ん中でそれぞれの奥付けページと出会い、その境にはこのプロジェクトのために、会場設営や撮影に協力してくれた人々、金銭的に支援してくれた全国の人々500余の名が掲げられている。一介の編集者の勝手な思い込みがじつに多くの人々に大きな負担をかけてしまった。それがそっくり記録されている。編集とは出版物を明快に美しくまとめ上げる以上に、よく馴染んできたものを分裂させ、思いがけない紙とインクの姿を引き寄せてしまう。そんな思いに至った忘れられない本である。
(うえだ まこと)
『植田実の編集現場―建築を伝えるということ』2005年
株式会社ラトルズ 発行
200ページ
21.0×15.0cm
著者:花田佳明
編集:中野照子+佐藤雅夫/植田実
税別2,500円



*画廊亭主敬白
このブログで最も多く執筆されているのは植田実先生ですが、実はホームページの方に掲載しながらブログには収録していないエッセイがいくつかあります。
それらブログ未掲載のエッセイの再録をお願いしたら、<大幅に書き直すことに>なりました。毎月29日に掲載します。どうぞご愛読ください。
●今日のお勧め作品は、植田実です。
植田実《同潤会アパートメント 代官山》(2)
(2014年プリント)
ラムダプリント
16.3×24.4cm
Ed.7 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●書籍・カタログのご案内
『植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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