「瀧口修造をもっと知るための五夜」第2夜レポート

土渕信彦

(*土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は今月と来月は休載します。再開は11月から)

東京国立近代美術館の連続ミニレクチャー「瀧口修造をもっと知るための五夜」の、第2夜(8月10日)と第3夜(8月24日)を聴講してきました。第2夜のテーマは「瀧口修造とデカルコマニー」、第3夜は「瀧口修造と瀧口綾子」で、講師は第1夜に続き同館の大谷美術課長です。以下にレポートします。

第2夜「瀧口修造とデカルコマニー」のレポート

1.デカルコマニーとは
第2夜のレクチャーは、まず「デカルコマニーとは何か」ということから始められました(図1)。

図1 第2夜レクチャー風景図1 第2夜 レクチャー風景


デカルコマニーは、絵具(インク)を塗った紙に、別の紙を圧着することによって図像を作り出す手法で、シュルレアリスム運動に参加していたオスカー・ドミンゲスが1935年頃に始めたとされていますが、フランスではそれ以前から試みられていたことが指摘され、その例として、1993年にカナリア諸島の大西洋近代芸術センターで開催された「インクの夢」展のカタログ(図2)から、女流作家ジョルジュ・サンドが1860年頃に試みたデカルコマニー(図3)などが紹介されました。

図2 インクの夢展カタログ図2 「インクの夢」展カタログ表紙

図3 ジョルジュ・サンドのデカルコマニー図3 同カタログ(ジョルジュ・サンドのデカルコマニーの頁)


この手法に改めて注目したのが、ドミンゲスをはじめとするシュルレアリスト達だったわけで、同じカタログからドミンゲス、アンドレ・ブルトン、ジャックリーヌ・ブルトン、マルセル・ジャン、ジョルジュ・ユニエらのデカルコマニーも紹介されました。

2.「対象の予想されないデカルコマニー」
続いてブルトンの「対象の予想されないデカルコマニー」が紹介されました(図4)。デカルコマニーの原理を説いた有名な論考で、「ミノトール」誌第8号(1936年)に掲載されました。これを日本に紹介したのが瀧口修造で、雑誌「阿々土」第15号(1936年12月)に訳出しています(図5)。

図4 ブルトン「対象の予想されないデカルコマニー」図4 アンドレ・ブルトン「対象の予想されないデカルコマニー」

図5 瀧口訳「対象の予想されないデカルコマニー」図5 同上(瀧口修造訳)


3.「新造型美術協会」
当時、日本でもシュルレアリスムに関心を示す造形グループが存在しました。「新造型美術協会」で、瀧口修造はその機関誌に寄稿するなど、彼らを指導する立場にありました。1937年3月に開催された新造型第5回展には今井滋、瀧口綾子、瀧口修造らがデカルコマニーを出品・展示しています。彼らはデカルコマニーについての文章も発表しており、その中から配布資料に、瀧口綾子の「不思議の窓・デカルコマニイ」(「アトリヱ」1937年5月)と今井滋「デカルコマニイと其の方法」(「みづゑ」1937年5月)の一節が再録されました(図6)。

図6 第2夜配布資料図6 第2夜 配布資料


また資料に再録されていない箇所ですが、瀧口綾子の「作者が同時に熱心な鑑賞者となれるのもデカルコマニイです」という一節や、今井滋が引用したロートレアモン「ポエジイは凡ての人によって作られる」という言葉の重要性が指摘されました。

この年の5月には「海外超現実主義作品展」が東京などで開催されましたが、その展示作品を収録した「アルバム・シュルレアリスト」(雑誌「みづゑ」臨時増刊。1937年5月)の表紙は瀧口修造によるデカルコマニーです(図7)。残念ながら、瀧口夫妻らのデカルコマニーは空襲などで失われ、現存していません。

図7 アルバム・シュルレアリスト2図7 「アルバム・シュルレアリスト」表紙

図7 アルバム・シュルレアリスト3図7 「アルバム・シュルレアリスト」裏表紙


4.瀧口修造とデカルコマニー
その後、瀧口は1941年4月に特高に検挙され、同年11月まで拘束されました。釈放後も保護観察司の訪問を受け、監視されていたのですから、デカルコマニーを試みることは不可能だったでしょう。戦後も美術評論家として活動していた15年ほどの間は、デカルコマニーを制作することはなかったようです。しかし1960年頃から、再びドローイングやデカルコマニーを試みるようになりました(図8)。興味深いことに、それと反比例するようにこの頃から美術評論活動の比重が低下して行きます。これは第1夜の話にも関連することですが、言葉に限界を感じ、言葉に拠らない外界の探究すなわち、造形領域の試みが開始されたと捉えることもできるでしょう。

図8 瀧口修造デカルコマニー図8 瀧口修造のデカルコマニー(展示作品)


ここで瀧口修造のデカルコマニーを改めて見ますと、その大きな特徴は、イメージが固定化されない、ということにあるように思われます。つまり、ドミンゲスやエルンストのデカルコマニーの場合は、出来上ったデカルコマニーに対してさらに筆が加えられ、「ライオンの姿」「川の流れ」など、イメージが特定の像に固定化されているものが多いのに対して、瀧口修造のデカルコマニーは、描き加えは行われず、イメージが絶えず移り変わっていくのが特色です。おそらく唯一の例外は、富山県美術館蔵のデカルコマニー連作100点「私の心臓は時を刻む」の扉絵「詩人の肖像」(図9)で、これは緑色の絵具で描き加えられた眼によって、「詩人の肖像」という具体的なイメージに固定化されています。

図9 瀧口修造「詩人の肖像」図9 瀧口修造「詩人の肖像」(「現代詩手帖」臨時増刊瀧口修造、1974年10月より転載)


配布資料に再録された瀧口綾子の「不思議の窓・デカルコマニイ」(「アトリヱ」1937年5月)の中の、たいへん詩的で美しい次の一節を読むと、綾子もまたイメージが固定されないところにデカルコマニーの魅力ないし本質を見出していたことがわかるでしょう。

「不思議な泡、恐ろしく速く飛ぶ森、恐ろしく意力的な岩石、飛ぶもの、囁くもの、永遠の沼の中や、悲劇的な夜の砂漠、星の散る鍾乳洞、喪失と愛撫と、様々な暗示にみちあふれたる輪郭のこのイリウジヨン」

5.まとめ
最後に、「デカルコマニーは誰にでも作ることができる。作者という近代的な主体的存在が揺らぐ。作者が同時に鑑賞者でもある。《○○に見える》と言ったとたん、意味が固定化され、他の物に見える可能性が閉ざされる」とまとめられ、この夜のレクチャーは終了しました。
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

「瀧口修造と彼が見つめた作家たち」
会期:2018年6月19日~9月24日
会場:東京国立近代美術館
[開催概要]
 美術評論家・詩人の瀧口修造(1903-1979)は日本にシュルレアリスムを紹介し、また批評活動を通して若手作家を応援し続けたことで知られています。そして彼自身もドローイングやデカルコマニーなどの造形作品を数多く残しました。この小企画では、当館コレクションより、瀧口自身の作品13点に加え、彼が関心を寄せた作家たちの作品もあわせてご紹介します。とはいえ、これはシュルレアリスム展ではありません。瀧口が関心をもって見つめた作家たちが、どのように「もの」(物質/物体/オブジェ)と向き合ったかに着目しながら、作品を集めてみました。彼らの「もの」の扱い方は実にさまざまです。日常の文脈から切り離してみたり、イマジネーションをふくらませる媒介としたり、ただ単純にその存在の不思議をあらためて見つめなおしたり……。そうした多様な作品のどのような点に瀧口は惹かれたのかを考えながら、彼の視線を追体験してみましょう。そして、瀧口自身の作品で試みられている、言葉の限界の先にあるものに思いを巡らせてみましょう。

連続ミニレクチャー 瀧口修造をもっと知るための五夜
第一夜 7月27日(金)「瀧口修造と“物質”」
第二夜 8月10日(金)「瀧口修造とデカルコマニー」
第三夜 8月24日(金)「瀧口修造と瀧口綾子」
第四夜 9月 7日(金)「瀧口修造と帝国美術学校の学生たち」
第五夜 9月21日(金)「瀧口修造と福沢一郎」

講師 大谷省吾(美術課長・本展企画者)
時間 各回とも18:30-19:00
場所 地下1階講堂
入場無料・申込不要(先着140名)
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●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
takiguchi2014_III_43瀧口修造
"Ⅲ-43"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.5×13.6cm
シートサイズ :17.5×13.6cm
※Ⅲ-44と対


takiguchi2014_III_44瀧口修造
"Ⅲ-44"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.3×13.6cm
シートサイズ :17.3×13.6cm
※Ⅲ-43と対

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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
ただし9月20日[木]―9月29日[土]開催の野口琢郎展は特別に会期中無休です
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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