「瀧口修造をもっと知るための五夜」第5夜レポート
土渕信彦
第5夜「瀧口修造と福沢一郎」(9月21日)のレポート
1.福沢一郎との関わり
大谷さんがまだ学生だった1990年代、古賀春江や福沢一郎の絵画のモチーフの典拠に関する一連の研究が、速水豊氏(当時は姫路市立美術館・兵庫県立美術館学芸員。現三重県立美術館館長。)によって進められ、発表されたそうです。
図1 第5夜 レクチャー風景
例えば福沢の「四月馬鹿」(図2)では、トム・ティットというフランス人が著した、家庭にある道具で簡単にできる科学の実験や遊びを紹介した『楽しい科学』(La Science Amusante)という叢書から採られていることが明らかにされています。速水さんの研究成果はNHKブックス『シュルレアリスム絵画と日本』、日本放送出版協会、2009年。図3)に再録されています。
図2 福沢一郎「四月馬鹿」(1930年)
図3 速水豊『シュルレアリスム絵画と日本』
こうした研究に大谷さんは大いに触発され、自身も福沢一郎の作品の典拠を探索する研究を進めたそうです。『激動期のアヴァンギャルド シュルレアリスムと日本の絵画一九二八-一九五三』(国書刊行会、2016年。図4)に再録されています。
図4 大谷省吾『激動期のアヴァンギャルド シュルレアリスムと日本の絵画一九二八-一九五三』
しかし、そうしたモチーフの典拠を明らかにしても、福沢が何を描きたかったか、あるいは何を行いたかったか、解明されたとは言えません。福沢が目指していた目的は何であり、また瀧口修造とどういう関係にあるのか、これを少し考えてみたいと思います、と述べられてました(配布資料参照。図5)。
図5 配布資料
2.福沢の目指していたもの(瀧口修造との比較)
瀧口修造と福沢一郎は、日本にシュルレアリスムを導入・普及させたツートップといえるでしょう。1930年代の2人の活動は、下表のような見事な相似形をなしています。

けれども、二人のシュルレアリスムに対するスタンスは対照的だったようです。瀧口が一貫してオートマティスムを重視したのに対し、福沢はオートマティスムを、絵画技法をおろそかにする危険性を有するものと見なしていたようです。
上に紹介した『シュールレアリズム』(アトリヱ社、1937年。図6)のなかで福沢は「超現実主義は無意識性を第一義的に前面へ押出して、非合理的な自働主義を標榜するが、これはやはり超現実主義者好みの擬態ではないかと筆者は考える」と述べています。「擬態」という言葉が示すように、福沢の姿勢は、瀧口のようにシュルレアリスムに一身を捧げるようなものではなく、むしろ福沢はポスト・プロレタリア美術としての、新たなレアリスム美術を開拓する可能性のひとつとして、シュルレアリスムを探究・利用しようとしていたように思われます、と解説されました。
図6 福沢一郎『シュールレアリズム』(アトリヱ社、1937年)
3.「牛」を例として
こうした福沢の試みを示す例として、展示作品の「牛」(1936年。図7)について解説されました。この作品に関しては、牛の図像がフランスの美術雑誌「ミノトール」に掲載された図像から採られているらしいことが、従来から指摘されています。当時の人間が見ると、この作品は満州の風景を描いたものと、直ちに理解されたはずで、しかも、よく見ると牛の姿のところどころに穴が開けられ、背景が見えるように描かれていること、背景には横たわった牛か人間かが描かれていること、なども判ります。そこから、こうしたモチーフやこの絵全体に福沢が込めていたであろう意図を、さまざまに解読することもできるでしょう、と解説されました。
図7 福沢一郎「牛」1936年
4.今後の福沢一郎展など
レクチャーの最後に、生誕130年に当たる今年から来年にかけて、以下の3つの美術館で福沢一郎展が開催されることが紹介されました。
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館:2018年9月15日~11月11日
多摩美術大学美術館:2018年12月15日~2019年2月24日
東京国立近代美術館:2019年3月12日~5月26日
ちなみに、展示内容はどれも異なっているそうです。
また大谷さんは他の研究者たちとともに、福沢の『シュールレアリズム』を読む研究をすすめて来られたそうで、その成果をまとめ、みすず書房から『超現実主義の1937年 福沢一郎《シュールレアリズム》を読みなおす』を、年明け頃に刊行する予定であることも紹介されました。
こうして5回にわたる連続講演会は終了しました。大谷さん、どうもお疲れさまでした。上記3館の福沢一郎展はいずれも必見と思います。是非伺いたいと思います。
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●「瀧口修造と彼が見つめた作家たち」
会期:2018年6月19日~9月24日
会場:東京国立近代美術館
[開催概要]
美術評論家・詩人の瀧口修造(1903-1979)は日本にシュルレアリスムを紹介し、また批評活動を通して若手作家を応援し続けたことで知られています。そして彼自身もドローイングやデカルコマニーなどの造形作品を数多く残しました。この小企画では、当館コレクションより、瀧口自身の作品13点に加え、彼が関心を寄せた作家たちの作品もあわせてご紹介します。とはいえ、これはシュルレアリスム展ではありません。瀧口が関心をもって見つめた作家たちが、どのように「もの」(物質/物体/オブジェ)と向き合ったかに着目しながら、作品を集めてみました。彼らの「もの」の扱い方は実にさまざまです。日常の文脈から切り離してみたり、イマジネーションをふくらませる媒介としたり、ただ単純にその存在の不思議をあらためて見つめなおしたり……。そうした多様な作品のどのような点に瀧口は惹かれたのかを考えながら、彼の視線を追体験してみましょう。そして、瀧口自身の作品で試みられている、言葉の限界の先にあるものに思いを巡らせてみましょう。
●連続ミニレクチャー 瀧口修造をもっと知るための五夜
第一夜 7月27日(金)「瀧口修造と“物質”」
第二夜 8月10日(金)「瀧口修造とデカルコマニー」
第三夜 8月24日(金)「瀧口修造と瀧口綾子」
第四夜 9月 7日(金)「瀧口修造と帝国美術学校の学生たち」
第五夜 9月21日(金)「瀧口修造と福沢一郎」
講師 大谷省吾(美術課長・本展企画者)
時間 各回とも18:30-19:00
場所 地下1階講堂
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●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
"Ⅲ-3"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:13.7×9.8cm
シートサイズ :13.7×9.8cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「倉俣史朗 小展示 」は本日が最終日です。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。
国内及び海外での倉俣史朗展のポスターはベストコンディションのものを出品しています。
また倉俣の作品集、書籍、カタログ、雑誌等も多数用意しました。
同時代に倉俣と協働した磯崎新、 安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

土渕信彦
第5夜「瀧口修造と福沢一郎」(9月21日)のレポート
1.福沢一郎との関わり
大谷さんがまだ学生だった1990年代、古賀春江や福沢一郎の絵画のモチーフの典拠に関する一連の研究が、速水豊氏(当時は姫路市立美術館・兵庫県立美術館学芸員。現三重県立美術館館長。)によって進められ、発表されたそうです。
図1 第5夜 レクチャー風景例えば福沢の「四月馬鹿」(図2)では、トム・ティットというフランス人が著した、家庭にある道具で簡単にできる科学の実験や遊びを紹介した『楽しい科学』(La Science Amusante)という叢書から採られていることが明らかにされています。速水さんの研究成果はNHKブックス『シュルレアリスム絵画と日本』、日本放送出版協会、2009年。図3)に再録されています。
図2 福沢一郎「四月馬鹿」(1930年)
図3 速水豊『シュルレアリスム絵画と日本』こうした研究に大谷さんは大いに触発され、自身も福沢一郎の作品の典拠を探索する研究を進めたそうです。『激動期のアヴァンギャルド シュルレアリスムと日本の絵画一九二八-一九五三』(国書刊行会、2016年。図4)に再録されています。
図4 大谷省吾『激動期のアヴァンギャルド シュルレアリスムと日本の絵画一九二八-一九五三』しかし、そうしたモチーフの典拠を明らかにしても、福沢が何を描きたかったか、あるいは何を行いたかったか、解明されたとは言えません。福沢が目指していた目的は何であり、また瀧口修造とどういう関係にあるのか、これを少し考えてみたいと思います、と述べられてました(配布資料参照。図5)。
図5 配布資料2.福沢の目指していたもの(瀧口修造との比較)
瀧口修造と福沢一郎は、日本にシュルレアリスムを導入・普及させたツートップといえるでしょう。1930年代の2人の活動は、下表のような見事な相似形をなしています。

けれども、二人のシュルレアリスムに対するスタンスは対照的だったようです。瀧口が一貫してオートマティスムを重視したのに対し、福沢はオートマティスムを、絵画技法をおろそかにする危険性を有するものと見なしていたようです。
上に紹介した『シュールレアリズム』(アトリヱ社、1937年。図6)のなかで福沢は「超現実主義は無意識性を第一義的に前面へ押出して、非合理的な自働主義を標榜するが、これはやはり超現実主義者好みの擬態ではないかと筆者は考える」と述べています。「擬態」という言葉が示すように、福沢の姿勢は、瀧口のようにシュルレアリスムに一身を捧げるようなものではなく、むしろ福沢はポスト・プロレタリア美術としての、新たなレアリスム美術を開拓する可能性のひとつとして、シュルレアリスムを探究・利用しようとしていたように思われます、と解説されました。
図6 福沢一郎『シュールレアリズム』(アトリヱ社、1937年)3.「牛」を例として
こうした福沢の試みを示す例として、展示作品の「牛」(1936年。図7)について解説されました。この作品に関しては、牛の図像がフランスの美術雑誌「ミノトール」に掲載された図像から採られているらしいことが、従来から指摘されています。当時の人間が見ると、この作品は満州の風景を描いたものと、直ちに理解されたはずで、しかも、よく見ると牛の姿のところどころに穴が開けられ、背景が見えるように描かれていること、背景には横たわった牛か人間かが描かれていること、なども判ります。そこから、こうしたモチーフやこの絵全体に福沢が込めていたであろう意図を、さまざまに解読することもできるでしょう、と解説されました。
図7 福沢一郎「牛」1936年4.今後の福沢一郎展など
レクチャーの最後に、生誕130年に当たる今年から来年にかけて、以下の3つの美術館で福沢一郎展が開催されることが紹介されました。
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館:2018年9月15日~11月11日
多摩美術大学美術館:2018年12月15日~2019年2月24日
東京国立近代美術館:2019年3月12日~5月26日
ちなみに、展示内容はどれも異なっているそうです。
また大谷さんは他の研究者たちとともに、福沢の『シュールレアリズム』を読む研究をすすめて来られたそうで、その成果をまとめ、みすず書房から『超現実主義の1937年 福沢一郎《シュールレアリズム》を読みなおす』を、年明け頃に刊行する予定であることも紹介されました。
こうして5回にわたる連続講演会は終了しました。大谷さん、どうもお疲れさまでした。上記3館の福沢一郎展はいずれも必見と思います。是非伺いたいと思います。
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●「瀧口修造と彼が見つめた作家たち」
会期:2018年6月19日~9月24日
会場:東京国立近代美術館
[開催概要]
美術評論家・詩人の瀧口修造(1903-1979)は日本にシュルレアリスムを紹介し、また批評活動を通して若手作家を応援し続けたことで知られています。そして彼自身もドローイングやデカルコマニーなどの造形作品を数多く残しました。この小企画では、当館コレクションより、瀧口自身の作品13点に加え、彼が関心を寄せた作家たちの作品もあわせてご紹介します。とはいえ、これはシュルレアリスム展ではありません。瀧口が関心をもって見つめた作家たちが、どのように「もの」(物質/物体/オブジェ)と向き合ったかに着目しながら、作品を集めてみました。彼らの「もの」の扱い方は実にさまざまです。日常の文脈から切り離してみたり、イマジネーションをふくらませる媒介としたり、ただ単純にその存在の不思議をあらためて見つめなおしたり……。そうした多様な作品のどのような点に瀧口は惹かれたのかを考えながら、彼の視線を追体験してみましょう。そして、瀧口自身の作品で試みられている、言葉の限界の先にあるものに思いを巡らせてみましょう。
●連続ミニレクチャー 瀧口修造をもっと知るための五夜
第一夜 7月27日(金)「瀧口修造と“物質”」
第二夜 8月10日(金)「瀧口修造とデカルコマニー」
第三夜 8月24日(金)「瀧口修造と瀧口綾子」
第四夜 9月 7日(金)「瀧口修造と帝国美術学校の学生たち」
第五夜 9月21日(金)「瀧口修造と福沢一郎」
講師 大谷省吾(美術課長・本展企画者)
時間 各回とも18:30-19:00
場所 地下1階講堂
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●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI"Ⅲ-3"
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:13.7×9.8cm
シートサイズ :13.7×9.8cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「倉俣史朗 小展示 」は本日が最終日です。
会期:2018年10月9日[火]―10月31日[水]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
倉俣史朗(1934-1991)の 美意識に貫かれた代表作「Cabinet de Curiosite(カビネ・ド・キュリオジテ)」はじめ立体、版画、オブジェ、ポスター他を展示。
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同時代に倉俣と協働した磯崎新、 安藤忠雄の作品も合わせて ご覧いただきます。
ブログでは橋本啓子さんの連載エッセイ「倉俣史朗の宇宙」がスタートしました。

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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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