柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第7回
日本発、超レアな展覧会カタログ~
第10回東京ビエンナーレ
12月初旬に、急なニューヨーク出張が入ってしまい、またも休載をお願いしてしまいました。申し訳ありません。
前回までは、クリストとジャンヌ=クロード関連の本の話を長々とさせて頂きました。まあ、私の専門分野ですので、書き出すと止まらないもので・・・。
さて、予告もさせていただいたように、今回は、海外でも高く評価され、またかなりの高額で取引されている、日本で開かれた展覧会カタログを紹介させて貰います。実は、私がこのカタログを探し求めるようになったきっかけは、やはりクリストとジャンヌ=クロードでした。
クリストの仕事は、60年代後半から、日本でも美術手帖などで紹介されるようになっていましたが、そのきちんとした作品が日本で展示されたのは1970年のことでした。場所は、東京上野の東京都美術館、その地階に「覆われた床」という作品が現地制作されました。
この作品は、中原佑介氏が企画した第10回東京ビエンナーレ・「人間と物質」展の展示作品の一つでした・・・はい、今回ご紹介したいアートブックは、この展覧会の公式カタログです。
*『第10回日本国際美術展 tokyo biennale '70 人間と物質 between man and matter』図録
この展覧会には、クリストに加え、カール・アンドレ、ヤン・ディベッツ、ルチアーノ・ファブロ、ハンス・ハーケ、ヤニス・クネリス、ソル・ル・ウィット、マリオ・メルツ、パナマレンコ、クラウス・リンケ、リチャード・セラ、ケイス・ソニアほか計30名の海外作家が招待され、また国内からは榎倉康二、河口龍夫、高松次郎ほか、十数名が参加しました。
アメリカからはミニマル・アート、コンセプチュアル・アートの中心的作家、ヨーロッパからはアルテ・ポーヴォラの作家、そして日本からはモノ派の作家が選ばれていたことになる。現代美術に関しては、決して先進国ではなかった当時の日本で、この内容の展覧会が開かれたことは正に画期的なことだったと思われます。新進気鋭の美術評論家、中原佑介氏の発案とその企画をOKした毎日新聞社には、今更ながら驚かされてしまいます。
この展覧会の最大の特徴は、展示作品の大半が現地制作されるインスタレーション的なものであったことです。国内作家はもとより、海外作家の大半が来日し、現地で制作を行いました。(予算の都合もあり滞在は展覧会関係者や評論家のホームステイだったようです。)
ちなみに、この展覧会に招待を受けたクリストは、当初は、上野公園とオランダのソンスビーク公園、東洋と西洋の2つの公共空間で同時に展開するプロジェクト「覆われた遊歩道、オランダ・ソンスビーク公園と東京・上野公園の2部作のプロジェクト」を発案しました。実現のために、東京の公園管理局などとの交渉も開始しましたが、許可を得ることはできず、代わりに実現したのが、美術館内での「覆われた床」でした。
さて、本に関するエッセイです。この展覧会の出版物、カタログに話しを進めさせていただきます。展覧会の図録は、出品作品の写真を掲載するのが常識です。そのため、主催者は出品予定作品の所有者から、事前に画像を集め、それらを使って編集作業を行います。
しかし、現地制作が基本だった、この東京ビエンナーレでは、事前に展示作品の写真を集めることは不可能でした。その事情に対して中原氏が考案したのがカタログを2部作にすることでした。2分冊のカタログは、近年ではそれほど珍しくないですが、「最初に考えたのは僕だよ」と、生前の中原氏から自慢されたのを覚えています。
2分冊の一冊目は、約140頁のものです。序文と中原氏による「人間と物質」に続き、出品各作家の頁が続きます。内容は、作家の略歴と現地での制作を予定している作品の解説です。略歴に関しては、恐らく作家本人から送られたものをそのまま使っているようで、表記が統一されていない点が興味をひきます。また出品プランに関しても、作家によって内容が大きく異なっています。
クリストに関しては、「覆われた床」のコラージュ作品の図版が1点掲載されているだけで、なんの解説も付されていません。また、ソル・ル・ウィット、ヤン・ディビッツなど、文章のみでプランを寄せている作家も少なくありません。河原温の頁には、「I AM STILL ALAIVE」の電報3枚が掲載されているだけです。
このように、アーティストの意向をそのまま反映させて頁構成になっていることから、このカタログを多作家が参加したアーティストブックをみることもできるでしょう。
二冊目は、50頁弱のもので、実際に制作された作品のリストと、1作家1頁づつ写真が掲載されています。ダニエル・ビュランの美術館以外に設置された作品の写真やクラウス・リンケの水をまくイベントの写真なども掲載され、資料としての価値を高めています。
出品作家の顔ぶれ、1970年という展覧会の開催時期もあり、このカタログは、コンセプチュアル・アート、ミニマル・アート、アルテ・ポーヴォラに関する基本的文献として、国際的にも高く評価され、入手するのが難しい本の一冊になっています。
また、当初に二分冊目がどのように販売、頒布されたのは判りませんが、まれに古書市場にでる場合も、1冊目のみの場合が多く、2冊セットが見つけるのは大変難しいのが現状です。
もう50年近くも昔の展覧会ですが、もし、会場に行かれたことを覚えていらっしゃる方は、是非とも本棚に眠っていないか、探してみてください。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

日本発、超レアな展覧会カタログ~
第10回東京ビエンナーレ
12月初旬に、急なニューヨーク出張が入ってしまい、またも休載をお願いしてしまいました。申し訳ありません。
前回までは、クリストとジャンヌ=クロード関連の本の話を長々とさせて頂きました。まあ、私の専門分野ですので、書き出すと止まらないもので・・・。
さて、予告もさせていただいたように、今回は、海外でも高く評価され、またかなりの高額で取引されている、日本で開かれた展覧会カタログを紹介させて貰います。実は、私がこのカタログを探し求めるようになったきっかけは、やはりクリストとジャンヌ=クロードでした。
クリストの仕事は、60年代後半から、日本でも美術手帖などで紹介されるようになっていましたが、そのきちんとした作品が日本で展示されたのは1970年のことでした。場所は、東京上野の東京都美術館、その地階に「覆われた床」という作品が現地制作されました。
この作品は、中原佑介氏が企画した第10回東京ビエンナーレ・「人間と物質」展の展示作品の一つでした・・・はい、今回ご紹介したいアートブックは、この展覧会の公式カタログです。
*『第10回日本国際美術展 tokyo biennale '70 人間と物質 between man and matter』図録
この展覧会には、クリストに加え、カール・アンドレ、ヤン・ディベッツ、ルチアーノ・ファブロ、ハンス・ハーケ、ヤニス・クネリス、ソル・ル・ウィット、マリオ・メルツ、パナマレンコ、クラウス・リンケ、リチャード・セラ、ケイス・ソニアほか計30名の海外作家が招待され、また国内からは榎倉康二、河口龍夫、高松次郎ほか、十数名が参加しました。
アメリカからはミニマル・アート、コンセプチュアル・アートの中心的作家、ヨーロッパからはアルテ・ポーヴォラの作家、そして日本からはモノ派の作家が選ばれていたことになる。現代美術に関しては、決して先進国ではなかった当時の日本で、この内容の展覧会が開かれたことは正に画期的なことだったと思われます。新進気鋭の美術評論家、中原佑介氏の発案とその企画をOKした毎日新聞社には、今更ながら驚かされてしまいます。
この展覧会の最大の特徴は、展示作品の大半が現地制作されるインスタレーション的なものであったことです。国内作家はもとより、海外作家の大半が来日し、現地で制作を行いました。(予算の都合もあり滞在は展覧会関係者や評論家のホームステイだったようです。)
ちなみに、この展覧会に招待を受けたクリストは、当初は、上野公園とオランダのソンスビーク公園、東洋と西洋の2つの公共空間で同時に展開するプロジェクト「覆われた遊歩道、オランダ・ソンスビーク公園と東京・上野公園の2部作のプロジェクト」を発案しました。実現のために、東京の公園管理局などとの交渉も開始しましたが、許可を得ることはできず、代わりに実現したのが、美術館内での「覆われた床」でした。
さて、本に関するエッセイです。この展覧会の出版物、カタログに話しを進めさせていただきます。展覧会の図録は、出品作品の写真を掲載するのが常識です。そのため、主催者は出品予定作品の所有者から、事前に画像を集め、それらを使って編集作業を行います。
しかし、現地制作が基本だった、この東京ビエンナーレでは、事前に展示作品の写真を集めることは不可能でした。その事情に対して中原氏が考案したのがカタログを2部作にすることでした。2分冊のカタログは、近年ではそれほど珍しくないですが、「最初に考えたのは僕だよ」と、生前の中原氏から自慢されたのを覚えています。
2分冊の一冊目は、約140頁のものです。序文と中原氏による「人間と物質」に続き、出品各作家の頁が続きます。内容は、作家の略歴と現地での制作を予定している作品の解説です。略歴に関しては、恐らく作家本人から送られたものをそのまま使っているようで、表記が統一されていない点が興味をひきます。また出品プランに関しても、作家によって内容が大きく異なっています。
クリストに関しては、「覆われた床」のコラージュ作品の図版が1点掲載されているだけで、なんの解説も付されていません。また、ソル・ル・ウィット、ヤン・ディビッツなど、文章のみでプランを寄せている作家も少なくありません。河原温の頁には、「I AM STILL ALAIVE」の電報3枚が掲載されているだけです。
このように、アーティストの意向をそのまま反映させて頁構成になっていることから、このカタログを多作家が参加したアーティストブックをみることもできるでしょう。
二冊目は、50頁弱のもので、実際に制作された作品のリストと、1作家1頁づつ写真が掲載されています。ダニエル・ビュランの美術館以外に設置された作品の写真やクラウス・リンケの水をまくイベントの写真なども掲載され、資料としての価値を高めています。
出品作家の顔ぶれ、1970年という展覧会の開催時期もあり、このカタログは、コンセプチュアル・アート、ミニマル・アート、アルテ・ポーヴォラに関する基本的文献として、国際的にも高く評価され、入手するのが難しい本の一冊になっています。
また、当初に二分冊目がどのように販売、頒布されたのは判りませんが、まれに古書市場にでる場合も、1冊目のみの場合が多く、2冊セットが見つけるのは大変難しいのが現状です。
もう50年近くも昔の展覧会ですが、もし、会場に行かれたことを覚えていらっしゃる方は、是非とも本棚に眠っていないか、探してみてください。
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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