DIC川村記念美術館「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」展レビュー
土渕信彦
4月14日(日)、DIC川村記念美術館の「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」展 Collage & Montage by Joseph Cornellを拝見してきました。以下にレポートします。なお、掲載した会場写真はすべて同館の許可を得て撮影したものです。
図1 リーフレット
図2 リーフレット(内側)
今回の展覧会で展示されているのは、初期から晩年までのコラージュ作品や箱作品約50点のほか、コーネル自身やスタジオを撮影した写真、デザインした雑誌、日記・書簡などです(一部に展示替えあり)。展示点数が多いのはもちろんですが、特筆されるのは、コーネルによる(編集した)映画14本が、ビデオ化されて毎日上映されている点でしょう。
図3 会場
1992~93年に開催された巡回展(神奈川県立近代美術館、滋賀県立近代美術館、大原美術館、DIC川村記念美術館)以来、27年ぶりの大規模な回顧展ということになります。以下、会場の順路に従って観ていきます。
図4 入口
第1室には初期(1930年代)のコラージュが20点ほど展示されています。左側の壁面には3点コラージュ(DIC川村記念美術館、横浜美術館、馬場駿吉氏蔵)が展示され、右側の壁面には「無題」あるいは「名前のない物語 マックス・エルンストに」と称される16点のコラージュ連作が展示されています(ジャック・シアー氏の蔵、5月6日までの展示。5月8日からは大阪中之島美術館蔵の9点に展示替えの予定)。
図5 第1室
コーネルがコラージュを試みるようになったのは、エルンストのコラージュ・ロマンを見て衝撃を受けたからとされているようですが、エルンストのようなおどろおどろしさではなく、むしろ宗教画のような清らかさが感じられるところが、コーネルの特色といえるかもしれません。後年の箱作品や後期のコラージュで、さらに顕著になってくるように思われます。これは資質によるのはもちろんですが、クリスチャン・サイエンス(信仰治療主義の一派)の敬虔な信者だったことも関係しているのではないでしょうか。
図6 第1室
第2室にはコーネルがレイアウトした雑誌やカタログ17~18点のほか、バレエとの関係を示す資料が展示されています。バレリーナのタマラ・トゥマノヴァへのラヴレターのようなコラージュやタマラからの書簡は、とりわけ魅力的です。コーネルは多くの女性に(しばしば一方的に)好意を抱き、報われることが少なかったようですが、ここでは二人の心温まる交流が偲ばれるように思われます。また第3室への手前にはピルボックスを用いた作品や平たい円筒形の箱を用いた作品も展示されており(いずれも1930年代初頭の制作。前者は5月6日までの展示)、これらが1940年代以降の箱作品に繋がっていくことが良くわかります。
図7 第2室
図8 第2室
第3室には国内にある箱作品が15点ほど集められています(展示替えあり)。国内にあるコーネルの箱作品が一堂に集められたのかもしれません。といっても「壮観」という言葉は雰囲気に合わないように思われ、展示室全体に静謐さが感じられるのが、コーネルのコーネルたるところでしょう。すべて箱の裏側も見えるように展示されており、サインなどを観ることができます。
図9 第3室
また、部屋に入ってすぐ左側の壁面に展示されている「鳥小屋」のメモや、奥の壁面前のケースに展示されている「ローレン・バコールのペニー・アーケード・ポートレートための習作」(図2の右側参照)には、作品の構想が具体的に記されており、緻密な制作者としての側面を初めて窺い知ることができたように思われます。
図10 第3室
第4室には後期(1950~60年代)のコラージュが10点余り展示されています(展示替えあり)。DIC川村美術館蔵の8点はしばしば常設で展示されますが、個人蔵・画廊蔵の5点を拝見できる機会は、それほど多くないと思われます。またケース内に展示されたスミソニアン協会アメリカ美術アーカイヴ蔵のコラージュ素材も、たいへん興味深く思われます。こうした無機的ともいえる素材が、作品のなかでは生き生きとし、不思議な物語の一場面のように見えるのは、一体どうしてでしょう。
図11 第4室
図12 第4室
左手の第5室には日記や書簡が展示されています。マルセル・デュシャン宛ての書簡(図1のリーフレットの周囲にデザインされている)やロベルト・マッタの家族との往復書簡などのほか、ロバート・マザウェルによる1950年代初頭のコーネル展のための序文も展示されています。この序文は図録自体が制作されなかったため掲載されなかったようですが、1977年に雅陶堂ギャラリーで開催された日本初のコーネル展の図録(後出図21参照)に訳出・掲載されました。心に残る文章でしたが、その原本を見ることができたのは、僥倖というしかありません。
図13 第5室
図14 第5室
第4室に戻ると、左手奥に映画コーナーが続きます。5ブースで14本の映画が(ビデオで)上映されています。既存の映画「ボルネオの東」から女優ローズ・ホバートが登場している場面を中心に切り取って編集した「ローズ・ホバート」や、知り合いのカメラマン撮影の身辺のありふれた光景を編集した映画などです。鳥、少女、木立ちからの木洩れ日など、関心の向く対象が窺えます。箱作品やコラージュの作品ばかりか、これらの映画を見ても、改めてコーネルの制作の本質はコラージュすること、つまり関心に応じて対象を切り取り、作り変えることにあるのではないかという気がします。
図15 映画ブース
映画作品14本すべて見るには2時間程度はかかるでしょう。いずれも粗筋といえるようなものもなく、予備知識が無いと退屈するかもしれませんが、実験映画のパイオニアとしての評価がますます高まっているコーネルの映画に接することのできる、貴重な機会ですので、どうぞお見逃しなく。実際に筆者など、1980年代初頭に横田茂ギャラリーで開催された上映会にどうしても参加できず、その後40年近く待ち続けて、ようやく今回機会を得ました。感慨もひとしおです。なお、一部の作品を16ミリフィルムで上映するイベントも組まれています(5月18日(土)、6月8日(土)の13時30分から)。
図16 映画ブース
映画ブースの通路の右手壁面にはコーネルや、仕事場(自宅の地下室)、箱作品の素材を撮影した写真などが展示されています。ここからあの箱作品やコラージュが出来上って行ったのだと思うと、ついつい引き込まれてしまいます。正午の少し前に美術館に入りましたが、(常設も含めて)展示をひととおり拝見した後、映画を見終えたのは夕方16時過ぎで、それでもなお、会場を出るのが名残惜しい気がしました。ゆったり一日かけて訪れるのを勧めします。改めて今回の展覧会を開催したDIC川村記念美術館、協力した横田茂ギャラリー、関係者の労を多としたいと思います。
図17 出口
最後に瀧口修造のコーナーも簡単にご紹介しておきます。この美術館はレンブラントの有名な「広つば帽を被った男」のほか、印象派以降の西洋絵画の充実したコレクション、特にジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、フランク・ステラをはじめとするアメリカ美術で有名ですが、1階奥のシュルレアリスム関連展示の奥の部屋に、瀧口修造の造形も展示されています(現在は吸取紙作品5点とデカルコマニー1点)。
図18 瀧口修造コーナー
図19 瀧口修造「デカルコマニー」(左)と山口勝弘「ヴィトリーヌ」(右)」
1937年に山中散生と招来した「海外超現実主義作品展」目録の、「シュルレアリスムと紐育」の項で、瀧口はジュリアン・レヴィ画廊やダリの活動を紹介した後、「超現実主義のオブジェのことをコーネルはアメリカ人らしく〈イマジネーション・トイズ想像玩具〉と呼んでいる」と記しています。上でも触れた日本初のジョゼフ・コーネル展の図録にも、序文を寄せています。以下に引用して、今回のレビューの筆を擱きます。
図20 「海外超現実主義作品展」目録
図21 ジョゼフ・コーネル展図録
時のあいだを ジョゼフ・コーネルに
ほとんどふたつの時間、いわば時と時とのあいだを歩くのに、あなたはまる一生かかった。 ……人には見えず、時空を旅する鳥たちの時間、過ぎ去った遙かな国の物語も、星辰の運行とともに現存する時間…… もうひとつの時とは、生まれて住みついた土地と生活の時間、霧と煙り、水と血液、パンとミルクの時間、おそらく手や顔の皺の時間でもあろう。あなたが狷介な孤独者のように見られたとすれば、なんと愛の充溢のためだ。秘密はあなたが遺した窓のある筐とイメージのかずかず、実は未だ名付けようのない物たちのなかにある。まるで天からやって来た職人の指紋の魔法か。しかし秘密はまだ乳いろの光りにつつまれている。こんなに身近な親しさで。かつてマラルメが詩のなかにptyxという謎の一語でしか表わさなかった、捉え難い虚空の貝殻とも断じえないものを、何ひとつ傷つけず、あなたは時の波打際で手に拾い、視えるようにしてくれた。風のいのちのシャボン玉とて例外ではない………
瀧口修造
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●展覧会のご案内
「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」
会期:2019年3月23日(土) - 6月16日(日)
会場:DIC川村記念美術館
休館日:月(ただし4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日
ジョゼフ・コーネル(1903~72)は、古書店や骨董品店から蒐集した小物、本の切り抜き、絵画の複製写真を、手製の木箱におさめた「箱」の作品でよく知られている。活動初期から晩年に至るまで多彩なコラージュを手がけていたコーネルは、映像の制作にも関わり、実験映画の先駆者としても評価されている。
今回、同館が誇るコーネルのコレクションに加えて、国内の美術館および個人所蔵のコーネル作品が一堂に集結。代表作である「箱」のシリーズやコラージュのほか、上映の機会が少なかった映像作品も紹介される。さらにコーネルがデザインした雑誌などの印刷物や日記、手紙をはじめとする資料も展示。作家の仕事を貫いたコーネルの精神性を見つめ、制作に対する姿勢や人物像にも迫る内容となっている。
●本日のお勧め作品は、ジョセフ・コーネルです。
ジョセフ・コーネル Joseph CORNELL
《アンドレ・ブルトン》
1960年頃
Collage by Joseph CORNELL on the photo by Man Ray
24.6x17.9cm
サインあり
* マン・レイが撮影したブルトンの肖像のうちでもっとも著名なソラリゼーションによる写真に、コーネルがブルーの水彩で縁どりを施したもの。 裏面全体もブルーに塗られ、コーネルによるサインとタイトルが記されている。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは4月28日(日)から5月6日(月)まで休廊します。連休中のお問い合わせには5月7日(火)以降にお返事いたします。
●『光嶋裕介展~光のランドスケープ』
会期:2019年4月20日(土)~5月19日(日)
会場:アンフォルメル中川村美術館
[開館時間]火・木・土・日曜日 祝日 9時~16時(連休中は全日開館しています)
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
*日・月・祝日は休廊。
土渕信彦
4月14日(日)、DIC川村記念美術館の「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」展 Collage & Montage by Joseph Cornellを拝見してきました。以下にレポートします。なお、掲載した会場写真はすべて同館の許可を得て撮影したものです。
図1 リーフレット
図2 リーフレット(内側)今回の展覧会で展示されているのは、初期から晩年までのコラージュ作品や箱作品約50点のほか、コーネル自身やスタジオを撮影した写真、デザインした雑誌、日記・書簡などです(一部に展示替えあり)。展示点数が多いのはもちろんですが、特筆されるのは、コーネルによる(編集した)映画14本が、ビデオ化されて毎日上映されている点でしょう。
図3 会場1992~93年に開催された巡回展(神奈川県立近代美術館、滋賀県立近代美術館、大原美術館、DIC川村記念美術館)以来、27年ぶりの大規模な回顧展ということになります。以下、会場の順路に従って観ていきます。
図4 入口第1室には初期(1930年代)のコラージュが20点ほど展示されています。左側の壁面には3点コラージュ(DIC川村記念美術館、横浜美術館、馬場駿吉氏蔵)が展示され、右側の壁面には「無題」あるいは「名前のない物語 マックス・エルンストに」と称される16点のコラージュ連作が展示されています(ジャック・シアー氏の蔵、5月6日までの展示。5月8日からは大阪中之島美術館蔵の9点に展示替えの予定)。
図5 第1室コーネルがコラージュを試みるようになったのは、エルンストのコラージュ・ロマンを見て衝撃を受けたからとされているようですが、エルンストのようなおどろおどろしさではなく、むしろ宗教画のような清らかさが感じられるところが、コーネルの特色といえるかもしれません。後年の箱作品や後期のコラージュで、さらに顕著になってくるように思われます。これは資質によるのはもちろんですが、クリスチャン・サイエンス(信仰治療主義の一派)の敬虔な信者だったことも関係しているのではないでしょうか。
図6 第1室第2室にはコーネルがレイアウトした雑誌やカタログ17~18点のほか、バレエとの関係を示す資料が展示されています。バレリーナのタマラ・トゥマノヴァへのラヴレターのようなコラージュやタマラからの書簡は、とりわけ魅力的です。コーネルは多くの女性に(しばしば一方的に)好意を抱き、報われることが少なかったようですが、ここでは二人の心温まる交流が偲ばれるように思われます。また第3室への手前にはピルボックスを用いた作品や平たい円筒形の箱を用いた作品も展示されており(いずれも1930年代初頭の制作。前者は5月6日までの展示)、これらが1940年代以降の箱作品に繋がっていくことが良くわかります。
図7 第2室
図8 第2室第3室には国内にある箱作品が15点ほど集められています(展示替えあり)。国内にあるコーネルの箱作品が一堂に集められたのかもしれません。といっても「壮観」という言葉は雰囲気に合わないように思われ、展示室全体に静謐さが感じられるのが、コーネルのコーネルたるところでしょう。すべて箱の裏側も見えるように展示されており、サインなどを観ることができます。
図9 第3室また、部屋に入ってすぐ左側の壁面に展示されている「鳥小屋」のメモや、奥の壁面前のケースに展示されている「ローレン・バコールのペニー・アーケード・ポートレートための習作」(図2の右側参照)には、作品の構想が具体的に記されており、緻密な制作者としての側面を初めて窺い知ることができたように思われます。
図10 第3室第4室には後期(1950~60年代)のコラージュが10点余り展示されています(展示替えあり)。DIC川村美術館蔵の8点はしばしば常設で展示されますが、個人蔵・画廊蔵の5点を拝見できる機会は、それほど多くないと思われます。またケース内に展示されたスミソニアン協会アメリカ美術アーカイヴ蔵のコラージュ素材も、たいへん興味深く思われます。こうした無機的ともいえる素材が、作品のなかでは生き生きとし、不思議な物語の一場面のように見えるのは、一体どうしてでしょう。
図11 第4室
図12 第4室左手の第5室には日記や書簡が展示されています。マルセル・デュシャン宛ての書簡(図1のリーフレットの周囲にデザインされている)やロベルト・マッタの家族との往復書簡などのほか、ロバート・マザウェルによる1950年代初頭のコーネル展のための序文も展示されています。この序文は図録自体が制作されなかったため掲載されなかったようですが、1977年に雅陶堂ギャラリーで開催された日本初のコーネル展の図録(後出図21参照)に訳出・掲載されました。心に残る文章でしたが、その原本を見ることができたのは、僥倖というしかありません。
図13 第5室
図14 第5室第4室に戻ると、左手奥に映画コーナーが続きます。5ブースで14本の映画が(ビデオで)上映されています。既存の映画「ボルネオの東」から女優ローズ・ホバートが登場している場面を中心に切り取って編集した「ローズ・ホバート」や、知り合いのカメラマン撮影の身辺のありふれた光景を編集した映画などです。鳥、少女、木立ちからの木洩れ日など、関心の向く対象が窺えます。箱作品やコラージュの作品ばかりか、これらの映画を見ても、改めてコーネルの制作の本質はコラージュすること、つまり関心に応じて対象を切り取り、作り変えることにあるのではないかという気がします。
図15 映画ブース映画作品14本すべて見るには2時間程度はかかるでしょう。いずれも粗筋といえるようなものもなく、予備知識が無いと退屈するかもしれませんが、実験映画のパイオニアとしての評価がますます高まっているコーネルの映画に接することのできる、貴重な機会ですので、どうぞお見逃しなく。実際に筆者など、1980年代初頭に横田茂ギャラリーで開催された上映会にどうしても参加できず、その後40年近く待ち続けて、ようやく今回機会を得ました。感慨もひとしおです。なお、一部の作品を16ミリフィルムで上映するイベントも組まれています(5月18日(土)、6月8日(土)の13時30分から)。
図16 映画ブース映画ブースの通路の右手壁面にはコーネルや、仕事場(自宅の地下室)、箱作品の素材を撮影した写真などが展示されています。ここからあの箱作品やコラージュが出来上って行ったのだと思うと、ついつい引き込まれてしまいます。正午の少し前に美術館に入りましたが、(常設も含めて)展示をひととおり拝見した後、映画を見終えたのは夕方16時過ぎで、それでもなお、会場を出るのが名残惜しい気がしました。ゆったり一日かけて訪れるのを勧めします。改めて今回の展覧会を開催したDIC川村記念美術館、協力した横田茂ギャラリー、関係者の労を多としたいと思います。
図17 出口最後に瀧口修造のコーナーも簡単にご紹介しておきます。この美術館はレンブラントの有名な「広つば帽を被った男」のほか、印象派以降の西洋絵画の充実したコレクション、特にジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、フランク・ステラをはじめとするアメリカ美術で有名ですが、1階奥のシュルレアリスム関連展示の奥の部屋に、瀧口修造の造形も展示されています(現在は吸取紙作品5点とデカルコマニー1点)。
図18 瀧口修造コーナー
図19 瀧口修造「デカルコマニー」(左)と山口勝弘「ヴィトリーヌ」(右)」1937年に山中散生と招来した「海外超現実主義作品展」目録の、「シュルレアリスムと紐育」の項で、瀧口はジュリアン・レヴィ画廊やダリの活動を紹介した後、「超現実主義のオブジェのことをコーネルはアメリカ人らしく〈イマジネーション・トイズ想像玩具〉と呼んでいる」と記しています。上でも触れた日本初のジョゼフ・コーネル展の図録にも、序文を寄せています。以下に引用して、今回のレビューの筆を擱きます。
図20 「海外超現実主義作品展」目録
図21 ジョゼフ・コーネル展図録時のあいだを ジョゼフ・コーネルに
ほとんどふたつの時間、いわば時と時とのあいだを歩くのに、あなたはまる一生かかった。 ……人には見えず、時空を旅する鳥たちの時間、過ぎ去った遙かな国の物語も、星辰の運行とともに現存する時間…… もうひとつの時とは、生まれて住みついた土地と生活の時間、霧と煙り、水と血液、パンとミルクの時間、おそらく手や顔の皺の時間でもあろう。あなたが狷介な孤独者のように見られたとすれば、なんと愛の充溢のためだ。秘密はあなたが遺した窓のある筐とイメージのかずかず、実は未だ名付けようのない物たちのなかにある。まるで天からやって来た職人の指紋の魔法か。しかし秘密はまだ乳いろの光りにつつまれている。こんなに身近な親しさで。かつてマラルメが詩のなかにptyxという謎の一語でしか表わさなかった、捉え難い虚空の貝殻とも断じえないものを、何ひとつ傷つけず、あなたは時の波打際で手に拾い、視えるようにしてくれた。風のいのちのシャボン玉とて例外ではない………
瀧口修造
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦の連載エッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●展覧会のご案内
「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」
会期:2019年3月23日(土) - 6月16日(日)
会場:DIC川村記念美術館
休館日:月(ただし4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日
ジョゼフ・コーネル(1903~72)は、古書店や骨董品店から蒐集した小物、本の切り抜き、絵画の複製写真を、手製の木箱におさめた「箱」の作品でよく知られている。活動初期から晩年に至るまで多彩なコラージュを手がけていたコーネルは、映像の制作にも関わり、実験映画の先駆者としても評価されている。
今回、同館が誇るコーネルのコレクションに加えて、国内の美術館および個人所蔵のコーネル作品が一堂に集結。代表作である「箱」のシリーズやコラージュのほか、上映の機会が少なかった映像作品も紹介される。さらにコーネルがデザインした雑誌などの印刷物や日記、手紙をはじめとする資料も展示。作家の仕事を貫いたコーネルの精神性を見つめ、制作に対する姿勢や人物像にも迫る内容となっている。
●本日のお勧め作品は、ジョセフ・コーネルです。
ジョセフ・コーネル Joseph CORNELL《アンドレ・ブルトン》
1960年頃
Collage by Joseph CORNELL on the photo by Man Ray
24.6x17.9cm
サインあり
* マン・レイが撮影したブルトンの肖像のうちでもっとも著名なソラリゼーションによる写真に、コーネルがブルーの水彩で縁どりを施したもの。 裏面全体もブルーに塗られ、コーネルによるサインとタイトルが記されている。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは4月28日(日)から5月6日(月)まで休廊します。連休中のお問い合わせには5月7日(火)以降にお返事いたします。
●『光嶋裕介展~光のランドスケープ』
会期:2019年4月20日(土)~5月19日(日)
会場:アンフォルメル中川村美術館
[開館時間]火・木・土・日曜日 祝日 9時~16時(連休中は全日開館しています)
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。
*日・月・祝日は休廊。
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