<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第77回

トリミング_東方の市 Macau 1989(画像をクリックすると拡大します)

路地である。
でも日本ではなくて、アジアのどこかだ、と一瞬にしてわかる。
行き交っているのがアジア人だから、というのがひとつ。
両側の窓からは洗濯物を干した竿が張り出している。
これもまたアジアっぽい。

でも、イタリアでも路地に綱を渡して干すなあ、
と思っていると、電線に目がいった。
角のところに電線が溜まってこんがらがっている。
これはヨーロッパではお目にかからない光景。
おそらく、お上に無断で勝手に電線を引いて電気をとっているのだ。

そのこんがらがった電線の下には、小さな庇のようなものが出ていて、男が立っている。
地面にサンダルを「ハ」の字に脱ぎ捨て、短パン一丁で椅子にあがって、なにをしているのだろう。
左手は天井にのばされ、右手は肩の筋肉が張っているが見えない。
ひょっとして肩から先がないとか。

写真の見どころがこの男にあることはまちがいない。
彼がいるのといないのとではまるで別の光景になってしまう。
背中をむけていて顔が見えないのもポイントだ。
電線の下に椅子を運び、その上に立ち上がり熱中している状況から、
電球を取り替えている、という想像が生まれたが、
まだ明るいうちからそんなことをするだろうか。
かように、この男の謎は写真ぜんたいの謎となって、見る者をとらえて離さないのだ。

手前の角には、腰のまがったおばあさんが、手に棒のようなものをもって立っている。
彼女の横には円筒形のゴミ入れがある。
燃えるものなら、何でもその中に入れれば焼却できるのだ。
彼女はいわば路地の管理人。
ゴミを掃き集めて燃やしたり、石敢當に線香をたむけたりを無言でつづけている。

でも、彼女以上に存在感があるのはむこうから歩いてくる犬のように思う。
椅子に立つ男と双璧をなしており、
一方が背中を見せ、もう一方が正面を向いている、
という対比もおもしろい。

犬は、よちよち歩きの子どもを連れた人を先導するように堂々と歩いている。
彼の目には、路地に三脚を立ててファインダーを覗いている人のことも映っているはず。
写真のなかでこの犬だけが唯一撮影者と目を合わせているのだ。

悠然と路地を徘徊している犬は、だれに依存する必要のない独立した存在にみえる。
手前にもう一匹、ファインダーのなかに走り込んできたばかりのようなブチの犬がいるが、
この犬もまた勝手気ままな様子だ。

そう思って改めて見ると、この写真に写っているだれもが、
他人に構わず、余計な忖度もせず、自分のすることに熱中しているのがわかる。
そのせいか、路地が室内の延長のように見える。

家では、まわりに人がいても、それが家族であるならば、何事も気構えずに自然にできてしまう。
いや、そのようにできなければそこを家とは呼べないだろう。

おなじように、自分の振るまいを気にせず動けるのが路地という空間である。
どこのだれなのか、どういう性格なのか、すでに知れ渡っていて、
いまさらかっこつけてもしょうがない。
路地がしどけなく、人間くさくなる道理はこれで、
ここでは人間だけでなく、犬だって「犬くさく」なるのである。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット、タイトル
〈東方の市(まち)〉より《Macau》1989年 東京都写真美術館蔵

●作家紹介
宮本 隆司(みやもと・りゅうじ)
東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。建築雑誌の編集部を経て、1975年写真家として独立。86年、建築の解体現場を撮影した<建築の黙示録>、88年、香港の高層スラムを撮影した<九龍城砦>で高い評価を受ける。89年に第14回木村伊兵衛写真賞を受賞。96年、第6回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展に参加し、阪神淡路大震災によって破壊された建築物を撮影した写真を展示して金獅子賞を受賞。2004年、世田谷美術館で個展を開催ほか国内外のグループ展にも数多く出品している。05年、第55回芸術選奨文部科学大臣賞、12年 紫綬褒章受章。

●展覧会のご案内
「宮本隆司 いまだ見えざるところ」
会期:2019年5月14日(火)― 7月15日(月・祝)
開館時間:10:00~18:00(木・金は20:00まで) 入館は閉館30分前まで
休館日:毎週月曜日(ただし7月15日[月・祝]は開館)
場所:東京都写真美術館 2階展示室(東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内)
主催:東京都 東京都写真美術館/朝日新聞社
特別協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社
0001 (38)0002 (9)
展覧会概要:東京都写真美術館では、現在も国内外の美術展などで発表を続けている宮本隆司の個展を開催します。宮本隆司は個展「建築の黙示録」によって広く知られる存在となり、建築空間を題材にした独自の作風は国際的に高い評価をうけています。
近年では建築空間を捉えた写真作品の発表だけではなく、両親の故郷である徳之島でアートプロジェクトのディレクターとして取り組むなど、その活動に新たな展開を見せています。本展覧会では初期の作品から徳之島で撮影された作品を通して、人間とその生活をしている場について展観いたします。
出品作品:シリーズ〈建築の黙示録〉、〈Lo Manthang(ロー・マンタン〉1996〉、〈東方の市(とうほうのまち)〉、〈塔と柱〉、〈シマというところ〉、〈ソテツ〉、〈面縄ピンホール2013〉ほか。出品点数:計112点。※作品リストと出品点数が異なります

●写真集のご紹介
DSC_0432『宮本隆司 いまだ見えざるところ』
著者名:宮本隆司
発行年:2019.5
発行元:平凡社
サイズ、頁:B5変形、224ページ
デザイン:須山悠里
執筆:宮本隆司、倉石信乃、キャリー・クッシュマン、藤村里美
価格:3,240円(税込)
本展開催に合わせ、関連書籍(当展図録)を平凡社より発行。主な出品作品図版と作家・研究者による論考を収録。全224頁。東京都写真美術館ミュージアム・ショップほか、全国書店にて販売。
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●大竹昭子さんからのお知らせ
「大竹昭子のカタリココ」
日時:6月2日(日) 17時00分開場/17時15分開演
ゲスト:鴻池朋子(美術家)
会場:目白・ブックギャラリーポポタム
予約:popotame@kiwi.ne.jp(参加費:1800円)

今年最初のカタリココのお知らせを申し上げます。
6月2日に美術家の鴻池朋子さんに登壇いただきます。
鴻池さんには、「ことばのポトラック」に出ていただいて以来、ずっとその活動を追ってきました。
昨年は秋田県立美術館の「ハンターギャザラー」展を、一昨年は能登芸術祭を拝見しましたが、
それらの活動から感じるのは、自分のなかに湧きおこった問いをすべて引き受けようとする彼女の果敢さです。
そのような態度にこそ、芸術行為の本質があると確信させるのです。
6月2日はまず映像作品を上映し、それからトークに入ります。
用意した言葉を語るのではなく、その場で考えて言葉にしていくライブの場ならではの醍醐味に、どうぞご期待ください。
※カタリココはその後も7月、9月、11月とつづきます。



「一日だけの須賀敦子展 in MORIOKA第一画廊」
一日だけの須賀敦子展
会期:2019年6月29日[土] 10:00-18:00
会場:MORIOKA第一画廊・舷(〒020-0023 岩手県盛岡市内丸2-10-1 テレビ岩手1階)
tel&fax :019-622-7935
e-mail daiichi-gen@gol.com

6月29日にMORIOKA第一画廊で「一日だけの須賀敦子展」が開催されます。
大竹昭子が撮影した《須賀敦子の旅路》よりミラノ、ヴェネツィア、ローマの写真作品25点を展示します。併せて、須賀敦子、大竹昭子、末盛千枝子の著作を販売いたします。

【トークイベント】6月29日[土]16:00~17:30 
講師:大竹昭子さん × 末盛千枝子さん
会場:テレビ岩手1階ロビー(画廊に隣接しています)
*要予約:参加費1500円

【パーティー】6月29日[土]18:00~地元の方々とにぎやかな懇親の場となるでしょう。
*参加費1,000円

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●本日のお勧め作品は、オリビア・パーカーです。
parker_01_hane-compositionオリビア・パーカー Olivia PARKER
「羽のあるコンポジション」
1981年
カラー・ダイ・トランスファー
33.7x39.4cm
Ed.75
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●『DEAR JONAS MEKAS 僕たちのすきなジョナス・メカス
会期:2019年5月11日(土)~6月13日(木)
会場:東京白金・OUR FAVOURITE SHOP 内 OFS gallery

●『倉俣史朗 小展示
会期:2019年5月25日(土)~6月9日(日)
会場:大阪・Nii Fine Arts

◆ときの忘れものでは「第311回企画◆葉栗剛展 」を開催しています。
会期:2019年5月24日[金]―6月8日[土]11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
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出品No.2 《男気》KABUKI H 210cm

葉栗展
ときの忘れものは毎年アジアやアメリカのアートフェアに出展し、木彫作家・葉栗剛の作品をメインに出品しています。今回は、2014年以来二回目となる個展を開催し、国内未公開作品11点をご覧いただきます。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。