<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第82回
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まず目を引きつけられたのは少女の表情だった。
目をうっすらと閉じて、唇から前歯をのぞかせ、恍惚としたような笑みを浮かべている。
彼女の着ているセーターとスカートもなつかしさ満点だ。
母親の手作りにちがいなく、スカートのサスペンダーにはボタンが上下に二個ついている。
彼女がいまより背が低かったときは、上のボタンを使っていたが、身長が伸びて下のボタンに移ったのだ。昔のひとはひとつのものを長く使う知恵に長けていた。
スカートの表面に細かなものがゴミみたいなものがくっついている。
よく見るとセーターにも飛んでいる。
気になる。
これはいったいなに?
少女が立っている箱のなかになにかが詰まっている。
どうやら、おがくずのようだ。
木材の表面を滑らかに削るときにでる木屑で、うまい人が削ると、向こう側が透けるくらい薄く削れる。
くるくるっと丸まって、木のにおいもする。
むかしはこのおがくずを壊れ物を箱に詰めるのに使った。
プラスチックのプチプチはまだ発明されてなくて、
柔らかで、軽くて、ふわふわしたものは緩衝材として重宝したのだった。
箱はかなり深くて彼女の膝頭まである。
しゃがめば肩まですっぽり入れるくらい容積も大きい。
後ろの棚には、『千夜一夜物語』に出てくるような異国風の食器が並んでいる。
おがくずに包まれてそれらが家に届き、箱からとりだして並べられると、箱にはおがくずが山をなして残った。
少女はそれを見て衝動的に両足をつっこみ、足踏みをはじめたのだった。
足を上下に動かして踏み踏みすると、足裏がこそばゆく、しゃらしゃらと音がし、おがくずが舞い上がって服に付く。
もっと舞い上がらせて、おがくずだらけになりたい、という気持ちが湧いてきて、彼女は手でバランスをとって動きを速める。
すると自然に目が閉じて、視界が遮断され、そうなると足の動きは一層激しくなり、おがくずと一体化して消滅点にむかっていくような、恍惚感に包まれていく。
背後の棚には、金属製のコーヒーポットや水差しや砂糖壺などといっしょに、大きな盆がある。
それを手にとり片手にかかえ、同じく棚からとった網篭を首にくくりつけると、なにかを演じている心地になり、ますます気分が高揚した……。
と思ってよく見ると、おおちがいだった。
うしろの棚はホンモノではなくて、パネル張りの写真ではないか。
彼女の肩のあたりを見つめていたときにわかったのだ。
パネルの厚みがはっきり写っている。
ということは、彼女が抱えていると思ったおおきな盆も、首の後ろにフードのようにたらした篭も実物ではなくて、カメラがとらえた物の影なのだ。
その像と彼女の表情に関連性を見いだし、物語をでっちあげたのは、わたしである。
意図的ではなくて知らない間にそのように想像しながら見ていた。
彼女の興味が「大切なもの」よりも、「大切なものを包んでいたもの」に興味を示したことが「物語」のポイントだ。
中身しか眼中にないおとなとちがって、彼女はおがくずの感触に惹かれ、たまらずに足を突っ込んで、踏みしめた。
彼女のそんな心の動きを、天をピンと指した容器のツマミや、ぎらぎらしたポットの光が応援する。
もっと恍惚感に浸って世界とひとつになるのだ、とアジテートしたのだった。
手で棚を隠してみるとそれがわかる。
棚の食器たちの応援がなければ、彼女の顔から熱狂の表情は消え、ただの夢遊病者になってしまう。
写真のなかに別の写真が写っていることはよくある。
写真とわかって見ることもあれば、そうと気づかずに眺めることもあるが、いずれにせよ変わりない。
その人が見ているのは、「写真」なのだから。
実物も、実物を写した写真も、写されてひとつのフレームにおさまれば、等しく「写真」の国の住人になるのだから。
そこからそれぞれの物語をつむぎだすのは見る人である。
その物語は現実とは異なり、写っているものだけが連れて行く場所というのがある。
わたしたちはそこに行きたくて小説を読むように写真を見るのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル、制作年、サイズ
「まりちゃんの遊び」 1958 25.5×22.5cm
●作家紹介
山沢栄子(やまざわ・えいこ)
大阪に生まれる。1918年私立女子美術学校日本画科選科を卒業。1926年渡米し、カリフォルニア・スクール・オブ・ファインアーツで油絵を学ぶ。
同時にアメリカ人写真家コンスエロ・カナガの助手となり、写真技術を習得。
1929年帰国、1931年大阪に写真スタジオを開設し、ポートレート写真家として活躍。戦後は企業の広告写真などを手がけたのち、抽象写真の制作を始めた。
1968年神戸に移り、1970-80年代に「私の現代」と題した個展を多数開催。
1955年大阪府芸術賞、1977年日本写真協会功労賞、1980年神戸市文化賞を受賞。大阪中之島美術館、東京都写真美術館、川崎市市民ミュージアムなどに作品収蔵。
●展覧会のお知らせ
『山沢栄子 私の現代』
会期:2019年11月12日(火)~2020年1月26日(日)
会場:東京都写真美術館
休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12月29日から1月1日) ※1月2日(木)と3日(金)の開館は18:00まで。
料金:一般 700(560)円/学生 600(480)円/中高生・65歳以上 500(400)円 ※( )は20名以上団体、当館の映画鑑賞券ご提示者、各種カード会員割引、当館年間パスポートご提示者(ご利用案内をご参照ください)/ 小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料/第3水曜日は65歳以上無料/1月2日(木)と3日(金)は無料/1月21日(火)は開館記念日のため無料。 ※各種割引の併用はできません。
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都写真美術館
特別協力:大阪中之島美術館準備室、西宮市大谷記念美術館
この展覧会は西宮市大谷記念美術館との共同開催です。
●写真集のお知らせ
私の現代 WHAT I AM DOING
山沢栄子
造本設計・デザイン:大西正一
発行:赤々舎
サイズ:204 mm × 297 mm
ページ数:224 pages
布装・上製本
本体 3,500円+税
Photographs by Eiko Yamazawa
~~~~~~~~
●大竹昭子さんからカタリココのお知らせ
日時 11月11日(月)19時開場、19時半開演
場所 池之端の古書ほうろう
(〒110-0008 東京都台東区池之端2-1-45-104 東京大学池之端門前)
ゲスト 小山田浩子さん(小説家)
電話 03-3824-3388
メール koshohoro@gmail.com
※ご予約は上記の電話かメールでお願いします。
参加費 1800円
小山田浩子さんがこれまで書かれた小説集は3冊、と多くはないですけれども、密度の濃さは10冊分くらいあります!『工場』が出たとき、どんな作家の作品とも異なる味わいに驚いたものです。だれに似ている、とかあの人に近い、とか言えない、唯一無二の存在を感じたのです。
いつかカタリココにお呼びしたいと思っていたところ、昨年の滝口悠生さんのカタリココのとき、小山田さんは折りよく上京中で来てくださり、初対面しました。さっそく来年のご出演をお願いした次第です。
予約はすでにはじまってますが、会場の古書ほうろうさんによれば、みなさんネットではなくお店にきて予約し、その際に小山田さんの本を買っていらしゃる方が多いそうです。きっと、この機会に小山田さんの小説を読もう、いよいよその時だ! と思ってくださっているのではないでしょうか。残席はわずかですので、同じように思っている方、お早めにご来店ください(もちろん、ネット予約もOK!)。(大竹さんホームページより)
●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE
無題
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)まず目を引きつけられたのは少女の表情だった。
目をうっすらと閉じて、唇から前歯をのぞかせ、恍惚としたような笑みを浮かべている。
彼女の着ているセーターとスカートもなつかしさ満点だ。
母親の手作りにちがいなく、スカートのサスペンダーにはボタンが上下に二個ついている。
彼女がいまより背が低かったときは、上のボタンを使っていたが、身長が伸びて下のボタンに移ったのだ。昔のひとはひとつのものを長く使う知恵に長けていた。
スカートの表面に細かなものがゴミみたいなものがくっついている。
よく見るとセーターにも飛んでいる。
気になる。
これはいったいなに?
少女が立っている箱のなかになにかが詰まっている。
どうやら、おがくずのようだ。
木材の表面を滑らかに削るときにでる木屑で、うまい人が削ると、向こう側が透けるくらい薄く削れる。
くるくるっと丸まって、木のにおいもする。
むかしはこのおがくずを壊れ物を箱に詰めるのに使った。
プラスチックのプチプチはまだ発明されてなくて、
柔らかで、軽くて、ふわふわしたものは緩衝材として重宝したのだった。
箱はかなり深くて彼女の膝頭まである。
しゃがめば肩まですっぽり入れるくらい容積も大きい。
後ろの棚には、『千夜一夜物語』に出てくるような異国風の食器が並んでいる。
おがくずに包まれてそれらが家に届き、箱からとりだして並べられると、箱にはおがくずが山をなして残った。
少女はそれを見て衝動的に両足をつっこみ、足踏みをはじめたのだった。
足を上下に動かして踏み踏みすると、足裏がこそばゆく、しゃらしゃらと音がし、おがくずが舞い上がって服に付く。
もっと舞い上がらせて、おがくずだらけになりたい、という気持ちが湧いてきて、彼女は手でバランスをとって動きを速める。
すると自然に目が閉じて、視界が遮断され、そうなると足の動きは一層激しくなり、おがくずと一体化して消滅点にむかっていくような、恍惚感に包まれていく。
背後の棚には、金属製のコーヒーポットや水差しや砂糖壺などといっしょに、大きな盆がある。
それを手にとり片手にかかえ、同じく棚からとった網篭を首にくくりつけると、なにかを演じている心地になり、ますます気分が高揚した……。
と思ってよく見ると、おおちがいだった。
うしろの棚はホンモノではなくて、パネル張りの写真ではないか。
彼女の肩のあたりを見つめていたときにわかったのだ。
パネルの厚みがはっきり写っている。
ということは、彼女が抱えていると思ったおおきな盆も、首の後ろにフードのようにたらした篭も実物ではなくて、カメラがとらえた物の影なのだ。
その像と彼女の表情に関連性を見いだし、物語をでっちあげたのは、わたしである。
意図的ではなくて知らない間にそのように想像しながら見ていた。
彼女の興味が「大切なもの」よりも、「大切なものを包んでいたもの」に興味を示したことが「物語」のポイントだ。
中身しか眼中にないおとなとちがって、彼女はおがくずの感触に惹かれ、たまらずに足を突っ込んで、踏みしめた。
彼女のそんな心の動きを、天をピンと指した容器のツマミや、ぎらぎらしたポットの光が応援する。
もっと恍惚感に浸って世界とひとつになるのだ、とアジテートしたのだった。
手で棚を隠してみるとそれがわかる。
棚の食器たちの応援がなければ、彼女の顔から熱狂の表情は消え、ただの夢遊病者になってしまう。
写真のなかに別の写真が写っていることはよくある。
写真とわかって見ることもあれば、そうと気づかずに眺めることもあるが、いずれにせよ変わりない。
その人が見ているのは、「写真」なのだから。
実物も、実物を写した写真も、写されてひとつのフレームにおさまれば、等しく「写真」の国の住人になるのだから。
そこからそれぞれの物語をつむぎだすのは見る人である。
その物語は現実とは異なり、写っているものだけが連れて行く場所というのがある。
わたしたちはそこに行きたくて小説を読むように写真を見るのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル、制作年、サイズ
「まりちゃんの遊び」 1958 25.5×22.5cm
●作家紹介
山沢栄子(やまざわ・えいこ)
大阪に生まれる。1918年私立女子美術学校日本画科選科を卒業。1926年渡米し、カリフォルニア・スクール・オブ・ファインアーツで油絵を学ぶ。
同時にアメリカ人写真家コンスエロ・カナガの助手となり、写真技術を習得。
1929年帰国、1931年大阪に写真スタジオを開設し、ポートレート写真家として活躍。戦後は企業の広告写真などを手がけたのち、抽象写真の制作を始めた。
1968年神戸に移り、1970-80年代に「私の現代」と題した個展を多数開催。
1955年大阪府芸術賞、1977年日本写真協会功労賞、1980年神戸市文化賞を受賞。大阪中之島美術館、東京都写真美術館、川崎市市民ミュージアムなどに作品収蔵。
●展覧会のお知らせ
『山沢栄子 私の現代』
会期:2019年11月12日(火)~2020年1月26日(日)
会場:東京都写真美術館
休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始(12月29日から1月1日) ※1月2日(木)と3日(金)の開館は18:00まで。
料金:一般 700(560)円/学生 600(480)円/中高生・65歳以上 500(400)円 ※( )は20名以上団体、当館の映画鑑賞券ご提示者、各種カード会員割引、当館年間パスポートご提示者(ご利用案内をご参照ください)/ 小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料/第3水曜日は65歳以上無料/1月2日(木)と3日(金)は無料/1月21日(火)は開館記念日のため無料。 ※各種割引の併用はできません。
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都写真美術館
特別協力:大阪中之島美術館準備室、西宮市大谷記念美術館
この展覧会は西宮市大谷記念美術館との共同開催です。
●写真集のお知らせ
私の現代 WHAT I AM DOING山沢栄子
造本設計・デザイン:大西正一
発行:赤々舎
サイズ:204 mm × 297 mm
ページ数:224 pages
布装・上製本
本体 3,500円+税
Photographs by Eiko Yamazawa
~~~~~~~~
●大竹昭子さんからカタリココのお知らせ
日時 11月11日(月)19時開場、19時半開演
場所 池之端の古書ほうろう
(〒110-0008 東京都台東区池之端2-1-45-104 東京大学池之端門前)
ゲスト 小山田浩子さん(小説家)
電話 03-3824-3388
メール koshohoro@gmail.com
※ご予約は上記の電話かメールでお願いします。
参加費 1800円
小山田浩子さんがこれまで書かれた小説集は3冊、と多くはないですけれども、密度の濃さは10冊分くらいあります!『工場』が出たとき、どんな作家の作品とも異なる味わいに驚いたものです。だれに似ている、とかあの人に近い、とか言えない、唯一無二の存在を感じたのです。
いつかカタリココにお呼びしたいと思っていたところ、昨年の滝口悠生さんのカタリココのとき、小山田さんは折りよく上京中で来てくださり、初対面しました。さっそく来年のご出演をお願いした次第です。
予約はすでにはじまってますが、会場の古書ほうろうさんによれば、みなさんネットではなくお店にきて予約し、その際に小山田さんの本を買っていらしゃる方が多いそうです。きっと、この機会に小山田さんの小説を読もう、いよいよその時だ! と思ってくださっているのではないでしょうか。残席はわずかですので、同じように思っている方、お早めにご来店ください(もちろん、ネット予約もOK!)。(大竹さんホームページより)
●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE無題
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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