ポーラ美術館の《シュルレアリスムと美術 ダリ、エルンストと日本の「シュール」》展レビュー

土渕信彦

去る12月15日(日)、ポーラ美術館で開催されている《シュルレアリスムと美術 ダリ、エルンストと日本の「シュール」》展を拝見し、巖谷國士氏による記念講演会「シュルレアリスムと『超現実主義』」も聴講してきました。以下にレポートします。なお、掲載した写真はすべて同館の許可を得て撮影したものです。

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まず《シュルレアリスムと美術 ダリ、エルンストと日本の「シュール」》というタイトルに注目しましょう。単なる「シュルレアリスム絵画」の展覧会ではないようです。展覧会のチラシには以下のように記されています。

「こうした動向は1930年代を通して『超現実主義』という訳語のもと日本にも伝えられ、最新の前衛美術のスタイルとして一大旋風を巻き起こします。しかし、日本への拡がりのなかでシュルレアリスムは本来の目的を離れ、現実離れした奇抜で幻想的な芸術として受け入れられ、「シュール」という独自の感覚として定着していきます。本展は、シュルレアリスム運動からどのようにシュルレアリスム絵画が生まれたのか、さらに日本における超現実主義への展開に焦点をあてる試みです。」

このように、本展はシュルレアリスムに関する展覧会といっても、西洋と日本をともに対象としているところが、ユニークなのですが、さらに「シュルレアリスム絵画」の成り立ちを改めて辿り直そうとしている点や、「シュルレアリスム」と日本の「超現実主義」や「シュール」との間に存在するズレが意識されている点など、なかなかの見識をうかがわせます。以下、会場の構成に従って展示内容をたどります(前期・後期で展示替えあり。展示期間が限られた作品もあります)。

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入り口を入って手前左側の壁面には、マン・レイが撮影した若き日のアンドレ・ブルトンの肖像写真(ソラリゼーション)と、マックス・エルンストのケルン・ダダ時代のリトグラフ《流行に栄えあれ、芸術よ堕ちろ》から数点が展示されています。その前の展示ケースには《シュルレアリスム宣言・溶ける魚》など、初期のシュルレアリスム文献・資料が展示されています。

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エルンストの作品はさらに続きます。正面左側の壁面にはフロッタージュ《博物誌》(コロタイプ)が展示されています(前期・後期で展示替えあり)。

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正面の壁面には、左側に《百頭女》《カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢》《慈善週間または七大元素》のための原画(コラージュ)が数点展示され、その前のケースには挿絵本が展示されています。その右手にはジョルジュ・デ・キリコの作品が3点展示されています。シュルレアリスムの流れからすると、エルンストより前にデ・キリコが展示されていてもよいのですが、展示のバランスなどから、この順になったのかもしれません。

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次のコーナーの右側壁面にはエルンストの油彩画が4~5点、オスカル・ドミンゲスの油彩画が1点展示されています。エルンストの展示は初期のコラージュから油彩画まで、かなり充実しています。エルンスト・ファンには見逃せないでしょう。

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奥の壁面から次のコーナーにかけては、サルバドール・ダリの油彩画、エッチングなどの展示が続きます。ポスターにも用いられた本館所蔵の《姿の見えない眠る人、馬、獅子》をはじめ、10点以上も集められています。エルンストと並んで、ダリの展示も本展の大きな見どころの一つでしょう。

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さらに続けて、以下のような優品・佳品も展示されています。《ゲルニカ》と同年の1937年に制作されたパブロ・ピカソの佳品《花売り》、ルネ・マグリットの《生命線》《前兆》《水滴》、ポール・デルボーの《ヴィーナスの誕生》《トンゲレンの娘たち》、ジョアン・ミロの《夜の人物と鳥》《女、鳥、星》など。いずれも本館所蔵です。加えて、イヴ・タンギーの油彩画2点、および若き日にパリで活動していた岡本太郎の油彩画1点も展示されており、見ごたえがあります。

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次のコーナーからは日本の「超現実主義」の展示となります。一番手前の展示ケース内には、瀧口修造訳ブルトン『超現実主義と絵画』などの資料が展示されています。左側の壁面に福沢一郎の大作が3点、正面の壁面左に飯田操朗が1点、その右側に古賀春江が3点展示されています。モチーフをコラージュのように並べて画面を構成している点で、福沢と古賀には確かにシュルレアリスムの影響がみられるようです。日本の「超現実主義」絵画の草分けの一人とされる古賀の絵画には、リリカルな抒情性が感じられ、シュルレアリスムと「シュール」の亀裂は、すでにここから始まっていたのかもしれません。

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さらに三岸好太郎、杉全直、噯光、北脇昇などの作品が展示されています。後年の具体美術協会の活動で知られる吉原治良の作品も、初期から後年までの5~6点展示されています。コンパクトながら画業の展開(ないし苦闘の足跡)を辿ることができます。

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1930年代後半の日本の超現実主義絵画では、ダリの大きな影響のもと、画面に地平線か水平線のある不思議な光景を描いた絵画が多く現れたのですが、例えば浜田浜雄、浅原清隆、大塚耕二らの作品が展示されていれば、このあたりがさらに判りやすくなったかもしれません。展示はさらに階下の第3展示室に続きます。

第3展示室の最初のコーナーに一歩踏み入れると、奥の壁面に展示されている瑛九の大作《海の原型》に目を奪われます。このブログの読者には見覚えのある作品でしょう。ときの忘れものが昨年(2019年)のアート・バーゼル香港に出品したこの大作が、志ある蒐集家によって国内に残されたのは、慶ぶべきことでしょう。美術館に展示されるのは今回が初めてのようですが、個人の所蔵品ですから、今後、展示・拝見の機会があるかは何ともいえません。

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《海の原型》の左手前には瑛九のフォトデッサンの大作も3~4点展示されています。さらにその手前には、つげ義春の漫画本「ねじ式」と、成田亨による、空想特撮シリーズ「ウルトラマン」の原画(怪獣「ブルトン」「ダダ」)も展示されており、目配りの細かさ・確かさを感じさせます。

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右側の壁面の手前には野中ユリのコラージュが4点、奥には近年注目されている岡上淑子のコラージュ3点展示されています。この二人の作品が美術館で並べて展示されるのも初めてだそうです。最後のコーナーは束芋のインスタレーションなどが展示されています。瑛九、岡上淑子、野中ユリらの作品が「シュール」かどうかは判りませんが、シュルレアリストたちの作品を視野に入れ、彼らが開拓した様々な技法も吸収しながら制作したのは確かでしょう。

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以上のとおり、この企画展前半には、エルンストとダリの充実した作品と他のシュルレアリストの優品佳品が展示され、後半では「超現実主義」の展開を軸として日本の作品が集められています。変化に富んでいるため、いろいろな感興が起こって、見ていて飽きないどころか、最初に戻って繰り返し拝見したくなります。大阪中之島美術館、姫路市美術館、岡崎市美術博物館などの所蔵作品も含まれているのも、首都圏在住の美術ファンにとっては、ありがたい展覧会です。常設展示されている印象派・ポスト印象派などの名品などと併せ、一日かけてゆっくりご覧になるのをお勧めします。

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巖谷國士氏の記念講演会は12月15日午後2時過ぎから開催されました。第一人者だけあって、そもそもシュルレアリスムとは何か、ブルトン《シュルレアリスムと絵画》という書物の捉え方、シュルレアリスムと「超現実主義」「シュール」との違いなどなど、高度な内容なのに明快でわかりやすい、素晴らしい講演でした。スライド30枚ほどを使った展示作品の解説もあり、さらには岡上淑子や野中ユリ、成田亨などの展示作家と自らの関りなどにも話が及んで、予定時間をかなり超えましたが、聴いていてむしろ短く感じられました。展示と併せ、実に贅沢な一日を過ごすことができました。

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つちぶち のぶひこ

シュルレアリスムと絵画
会期:2019年12月15日~2020年4月5日
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
電話番号:0460-84-2111
開館時間:9:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:会期中無休

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2014年10月02日|ミシェル・スーフォール「モンドリアンの存在感」版画集に寄せて
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1957年
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