大分市美術館[磯崎新の謎]展

今村創平


 建築の展覧会というのも最近は随分と増えている中で、それでも公立美術館での存命の建築家個人の展覧会は限られている(注1)。このたび、大分市立美術館で「[磯崎新の謎]展:〈いき〉篇、〈しま〉篇」(会期2019年9月27日~11月24日)が開催された。磯崎新は、今年プリツカー賞(注2)を受賞しているが、展覧会企画は去年以前からであろうから、同じ年に回顧展と受賞が重なったのは偶然である。そうした国際的評価を得ている建築家のものということでこの展覧会を訪れた人は、会場に入り戸惑うだろう。建築の模型や図面、写真はごく一部で、建築との関係が分かるものもあるものの、天使の像や床に置かれた石など、一見何かわからないオブジェが並んでいる。
 磯崎新が手掛けてきた数多くの建築群とかれの思想は、実際に訪問し、作品集を手に取り、数十を数える著作を読むことで接することができる。一方で、磯崎は長年に渡り建築家の枠に収まらない活動をし、とりわけアートとはさまざまな形で接点を持ってきた。現代美術館をいくつも設計していることからもうかがえるように、現代アートに対する良き理解者であると同時に、本人も様々な形での表現行為を行っている。それは、建築家として一般的なプレゼンテーションやスケッチといった範疇を超え、例えば展覧会でのインスタレーションを手掛け、数多くのシルクスクリーンによるドローイングを生産している。
 磯崎新の展覧会はこれまでにも国内外で行われてきた。また、今回の展覧会場と同じ大分市内にある「大分アートプラザ」には、建築模型などが数多く常設されている(注3)。一方で、磯崎のアート関係の仕事の実物を見る機会はあまりなく、今回の展覧会はそれらを含む通常の建築展では並ばないものばかりを集めている。本展のタイトルの副題は「パスワードは第三空間」とされているが、それはこのことを示している。例えば、「〈いき〉篇」の、1975年にニューヨークで展示された「エンジェル・ケイジ」や1978年にパリで行われた「MA」展は、この建築家の著作に馴染んできたものであれば磯崎の活動として知ってはいるものの、これらの実物を見る機会はなかった。今回は、それらがリメイクされている。
 「〈いき〉篇、〈しま〉篇」とされている展覧会は、企画展示室の二つの空間がそれぞれの展示にあてられている。ひとつ目の「〈いき〉篇」はアートやインスタレーション関係のものが、もう一つの「〈しま〉篇」は都市に関するものが展示されている。また大分市美術館では、コレクション展の一室でほぼ同じ時期に、磯崎とアーティストたちとの活動に焦点を当てた「磯崎とネオ・ダダ」も開催されていた(2019年9月25日~2020年1月13日)。「磯崎とネオ・ダダ」の展示を見ると、若き磯崎は建築と同時に当時の現代アートに深くコミットしており、それもネオ・ダダという名称からも想像つくように、既成のアート表現を逸脱・否定する傾向だったことがわかる。磯崎は、1980年代に「大文字の建築」を唱え建築のオーセンティシティ(真実性)を論じたが、一方で「建築の解体」など既成の価値観を転倒させるニヒルな側面も持つ。知的エリートであり、自由な表現者でもある。
 磯崎新は、早い時期に実際の都市へのコミットから手を引くことを宣言し、結果都市に関するコンセプチュアルな認識を示すようになる。磯崎の言葉でいえば「見えない都市であり」、それら実体のない都市への考察やプロジェクトが、「〈しま〉篇」には展示されている。
 展覧会全体としては、30近くのプロジェクトが、ばらまかれている。その内容や手法は、多岐にわたっている。上品に言えば万能の人ルネサンスマンそして博覧強記。知的に言えば知と表現のアーキペラーゴ(群島)もしくは散種。下品に言えば何かと気が多く、やり散らかされている。巨匠の回顧展であることを期待して訪れると、この建築家の全体象が焦点を結ばず当惑することになる。だから、展覧会のタイトルは「磯崎新の謎」。
 展覧会の最後には、表が掲示されており、そこには「磯崎新の全仕事展」と書かれ、いき、しま、うつし、かげ、ながれ、うたげの6つからなるとされている。だとすると、今回の展覧会は全6回のはじめの2回にすぎず、あと4回どこかで展覧会が行われるのだろうか。謎が謎を呼ぶ(注4)。
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いまむら そうへい

注1:公立美術館で開催された存命の建築家の個展は、2000年以降でいえば、「妹島和世+西澤立衛/SANAA」(金沢21世紀美術館、2005年4月29日~5月22日)、「黒川紀章展―機械の時代から生命の時代へ(国立新美術館、2007年1月21日~3月19日)、「建築がみる夢 石山修武と12の物語」(世田谷美術館、2008年6月28日~8月17日)、藤森照信展―自然を生かした建築と路上観察」(水戸芸術館、2017年3月11日~5月14日)、「安藤忠雄展―挑戦―」(国立新美術館、2017年9月27日~12月18日)などがあげられる。
注2:今日最も評価が高い国際的建築賞。磯崎新は、この賞の設立時から審査員を務め、実績からして同賞をかなり前に受賞して当然だった。だが磯崎は90年代から、さまざまな受賞の機会を断ってきた。その方針を変え、2017年には芸術院会員となり、昨年はプリツカー賞を受賞した。
注3 :1966年に竣工した「旧大分県立図書館」であり、1995年に新たな県立図書館(こちらも磯崎新の設計)の開館に伴い、耐震改修などを経て現在に至る。市民ギャラリーなどからなる複合文化施設であるが、磯崎の模型や資料が多数寄贈され、常設で一般公開されている。また、近年磯崎の蔵書18,000冊が大分市に寄贈され、その一部を館内にて読むことができる。http://www.art-plaza.jp/
注4:昨年の秋同時期に、磯崎新設計の美術館2カ所でも、小規模ながら磯崎の展覧会が開催された。「觀海庵 縁起」(ハラミュージアムアーク特別展示室觀海庵、2019年9月13日~10月23日)。「磯崎新―水戸芸術館 縁起―」(水戸芸術館、2019年11月16日~2020年1月26日)。

今村創平
建築家。千葉工業大学建築学科 教授。
早稲田大学卒。AAスクール、長谷川逸子・建築計画工房を経て独立。アトリエ・イマム主宰。
建築作品として《神宮前の住宅》、《大井町の集合住宅》など。
著書として、『現代都市理論講義』、『20世紀建築の発明』(訳書、アンソニー・ヴィドラー著)など。
公益社団法人 日本建築家協会 理事。

[磯崎新の謎]展
会期:2019年09月27日(金)~2019年11月24日(日)
会場:大分市美術館
主催:大分市美術館、大分合同新聞社
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●本日のお勧め作品は磯崎新です。
04_museum-ii磯崎新 Arata ISOZAKI
"MUSEUM-II"
1983年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0x55.0cm
シートサイズ:90.0x63.0cm
Ed.75 Signed
*現代版画センター・エディション
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2018年06月21日|関根伸夫~新作絵画「空相ー皮膚 Phase of nothingness-skin」のためのノート
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阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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