宮森敬子のエッセイ 「ゆらぎの中で」 第1回
初めまして
宮森敬子さま
初めてメールをさしあげます。
このたび、信濃毎日新聞で行う連載につける挿絵を宮森さんにお願いしたいと思い、信濃毎日の佐古さんから宮森さんにお引き受けいただけないか聞いてもらっている加藤典洋と申します。ぜひお引き受けいただきたいと思い、このメールを書いています。
という書き出しで、2018年3月に長いメールをいただきました。このメールが届かなければ、ここでこのエッセイを書いていることはなかったかもしれません。

Rewinding the Time of Life」シリーズ(部分) 195cm x 395cm 麻布、和紙、木炭、チョーク、胡粉 2019年12 月 於BankART (横浜、神奈川)
第1回目のエッセイでは、国外に住んでおり、ほとんど無名といえる私が、日本で少しずつ発表できるようになった経緯を書いてみたいと思います。過去の作品についても、追ってご紹介させていただけたらと思います。12回の連載となります。どうかよろしくお付き合いください。
信濃毎日新聞「水たまりの大きさで」挿絵作品(2018年4月掲載) 2017.6.12. #7 Bryn Mawr, PA, U.S.A. 和紙、木炭 加藤典洋所蔵
ご縁があって、5年ほど前から御代田(長野)のpacearound という雑貨店で作品を見せ始めました。広い店内に、ヨーロッパのアンティックや、クラフト、アートまで、若い店主の目で選んだものが並んでいます。わざわざ探してゆかねば行き着けない場所にあるのですが、地元の人たち、文化人にも愛されており、小諸に仕事場を持っていた文芸評論家の加藤典洋さんも、時々行かれていたのでした。そこで時々見る私の作品を気に入ってくださり、ご自分の掲載される文章の挿絵に使いたい、ということでやりとりが始まりました。(冒頭の文章)
日本を代表する知識人として、文芸にとどまらず、各方面で発言をされてきた加藤さんは、ご存知のように昨年の5月に71歳の若さで天国に行かれました。今後の日本のあり方について、大きく貢献されていくはずでした。本当に残念です。今年の5月に「ときの忘れもの」で開催される展示も、見ていただくことが叶いません。
一昨年の個展会場では、私も興味があった白井晟一さんの原爆堂のことに関して話してくださって、楽しくも勉強になる時間を過ごしました。その会に、軽井沢高原文庫(加賀乙彦館長)の大藤敏行副館長もいらしており、高原文庫の有島武郎旧別荘である“浄月庵”で、展示をしてみませんか、とお誘いを受け、昨年の10月に「ある小説家の肖像」と題する展覧会が実現できたのでした。


「ある小説家の肖像」シリーズより 木額、和紙、木炭 2019年10 月 於軽井沢高原文庫 (軽井沢、長野)
ところで、「ときの忘れもの」は、数年前、ロシア・アヴァンギャルドの専門家でもある五十殿利治先生にご紹介していただいていたこともあって、日本に帰った時に寄せてもらっていましたが、特に印象深かったのが、武久源造さんのコンサートでした。サロン的な雰囲気の中、本当に良い時間を過ごさせていただきました。
それですので、昨年の9月に展示会のオファーをいただいて、とても嬉しかったのを覚えています。後で知ったことですが、画廊主の綿貫さんは、過去に軽井沢高原文庫の展示会に作品を貸し出したり、高原文庫主催の辻山荘の見学会に参加されていたりと、そのご縁もあって声をかけていただいたのかも知れません。阿部勤さんの美しい空間にどう作品を展示するか、現在考えている最中です。
この原稿を書いている時点で、私は生まれ故郷の横浜で、樹木の拓本(写真)を層状に重ねた作品を発表しています。このシリーズは、子供を産むことができなかった私の話から始まって、子供を失いかけた75歳の作家、若い娘を失った知人を持つダンサー、また若い娘を持つダンサーなど、人生の様々な経験、記憶を、一つの話として作品化したものです。タイトルは、「Rewinding Time of life」(人生の時間を巻き戻す)としました。
「Rewinding Time of life」 和紙の層の下に隠れている “お話” にまつわるドローイング (部分)麻布に木炭,ジェッソ(2019年12月)


「Rewinding Time of life」 シリーズ “お話の場所” 井の頭公園で採集された”樹拓”の施された和紙 (2019年12月)
日本から離れて20年以上が経ち、大きな発表の機会もなかった私に画廊を紹介してくださった五十殿先生と、見ず知らずの私に声をかけてくださった加藤さん、展示の機会を与えてくださった大藤副館長、そのような助力が重なって、新聞に作品が掲載されたり、ギャラリーで発表の機会がいただけたのだと思っています。加藤さんには、時間を巻き戻すことができたなら、もっとお伝えしたいこともあった、失言してしまった、聞きたいことがあった、といろいろなことを思います。

「Rewinding the Time of Life」 シリーズ195cm x 395cm 麻布、和紙、木炭、チョーク、胡粉 2019年12 月 於BankART (横浜、神奈川)
親しい友人たちがこの世を去って行くという経験を、歳を重ねるたびに経験してゆきます。近年の和紙を層状に重ねて行く作品は、それらの記憶を、重ねあわせて、生きることに関して、私が折り合いをつけてゆく過程の中で生まれました。自分の痛みを他人の痛みとして感じること、他人の痛みを自分のものとして感じること、身の回りに起こる、小さな出来事も、世界で起きている大きな出来事も、美術を通してなら、一つの物語として、そのままに表現ができるのです。
次回は、1月に訪れている中国の現場から、制作と作品について書いてみたいと思います。
(みやもり けいこ)
■宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。
*画廊亭主敬白
昨日の大崎清夏さんに続き、本日の宮森敬子さんもブログ初登場です。5月にときの忘れもので個展を開いていただくことになりました。新連載・宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。どうぞご愛読ください。
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●本日のお勧め作品はオノサト・トシノブです。
オノサト・トシノブ
「64-G」
1964 リトグラフ
24.5x24.0cm
Ed. 120 Signed
*レゾネNo.14
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/1983年07月23日|宇都宮大谷・巨大地下空間でのウォーホル展オープニング
初めまして
宮森敬子さま
初めてメールをさしあげます。
このたび、信濃毎日新聞で行う連載につける挿絵を宮森さんにお願いしたいと思い、信濃毎日の佐古さんから宮森さんにお引き受けいただけないか聞いてもらっている加藤典洋と申します。ぜひお引き受けいただきたいと思い、このメールを書いています。
という書き出しで、2018年3月に長いメールをいただきました。このメールが届かなければ、ここでこのエッセイを書いていることはなかったかもしれません。

Rewinding the Time of Life」シリーズ(部分) 195cm x 395cm 麻布、和紙、木炭、チョーク、胡粉 2019年12 月 於BankART (横浜、神奈川)
第1回目のエッセイでは、国外に住んでおり、ほとんど無名といえる私が、日本で少しずつ発表できるようになった経緯を書いてみたいと思います。過去の作品についても、追ってご紹介させていただけたらと思います。12回の連載となります。どうかよろしくお付き合いください。
信濃毎日新聞「水たまりの大きさで」挿絵作品(2018年4月掲載) 2017.6.12. #7 Bryn Mawr, PA, U.S.A. 和紙、木炭 加藤典洋所蔵ご縁があって、5年ほど前から御代田(長野)のpacearound という雑貨店で作品を見せ始めました。広い店内に、ヨーロッパのアンティックや、クラフト、アートまで、若い店主の目で選んだものが並んでいます。わざわざ探してゆかねば行き着けない場所にあるのですが、地元の人たち、文化人にも愛されており、小諸に仕事場を持っていた文芸評論家の加藤典洋さんも、時々行かれていたのでした。そこで時々見る私の作品を気に入ってくださり、ご自分の掲載される文章の挿絵に使いたい、ということでやりとりが始まりました。(冒頭の文章)
日本を代表する知識人として、文芸にとどまらず、各方面で発言をされてきた加藤さんは、ご存知のように昨年の5月に71歳の若さで天国に行かれました。今後の日本のあり方について、大きく貢献されていくはずでした。本当に残念です。今年の5月に「ときの忘れもの」で開催される展示も、見ていただくことが叶いません。
一昨年の個展会場では、私も興味があった白井晟一さんの原爆堂のことに関して話してくださって、楽しくも勉強になる時間を過ごしました。その会に、軽井沢高原文庫(加賀乙彦館長)の大藤敏行副館長もいらしており、高原文庫の有島武郎旧別荘である“浄月庵”で、展示をしてみませんか、とお誘いを受け、昨年の10月に「ある小説家の肖像」と題する展覧会が実現できたのでした。


「ある小説家の肖像」シリーズより 木額、和紙、木炭 2019年10 月 於軽井沢高原文庫 (軽井沢、長野)
ところで、「ときの忘れもの」は、数年前、ロシア・アヴァンギャルドの専門家でもある五十殿利治先生にご紹介していただいていたこともあって、日本に帰った時に寄せてもらっていましたが、特に印象深かったのが、武久源造さんのコンサートでした。サロン的な雰囲気の中、本当に良い時間を過ごさせていただきました。
それですので、昨年の9月に展示会のオファーをいただいて、とても嬉しかったのを覚えています。後で知ったことですが、画廊主の綿貫さんは、過去に軽井沢高原文庫の展示会に作品を貸し出したり、高原文庫主催の辻山荘の見学会に参加されていたりと、そのご縁もあって声をかけていただいたのかも知れません。阿部勤さんの美しい空間にどう作品を展示するか、現在考えている最中です。
この原稿を書いている時点で、私は生まれ故郷の横浜で、樹木の拓本(写真)を層状に重ねた作品を発表しています。このシリーズは、子供を産むことができなかった私の話から始まって、子供を失いかけた75歳の作家、若い娘を失った知人を持つダンサー、また若い娘を持つダンサーなど、人生の様々な経験、記憶を、一つの話として作品化したものです。タイトルは、「Rewinding Time of life」(人生の時間を巻き戻す)としました。
「Rewinding Time of life」 和紙の層の下に隠れている “お話” にまつわるドローイング (部分)麻布に木炭,ジェッソ(2019年12月)

「Rewinding Time of life」 シリーズ “お話の場所” 井の頭公園で採集された”樹拓”の施された和紙 (2019年12月)
日本から離れて20年以上が経ち、大きな発表の機会もなかった私に画廊を紹介してくださった五十殿先生と、見ず知らずの私に声をかけてくださった加藤さん、展示の機会を与えてくださった大藤副館長、そのような助力が重なって、新聞に作品が掲載されたり、ギャラリーで発表の機会がいただけたのだと思っています。加藤さんには、時間を巻き戻すことができたなら、もっとお伝えしたいこともあった、失言してしまった、聞きたいことがあった、といろいろなことを思います。

「Rewinding the Time of Life」 シリーズ195cm x 395cm 麻布、和紙、木炭、チョーク、胡粉 2019年12 月 於BankART (横浜、神奈川)
親しい友人たちがこの世を去って行くという経験を、歳を重ねるたびに経験してゆきます。近年の和紙を層状に重ねて行く作品は、それらの記憶を、重ねあわせて、生きることに関して、私が折り合いをつけてゆく過程の中で生まれました。自分の痛みを他人の痛みとして感じること、他人の痛みを自分のものとして感じること、身の回りに起こる、小さな出来事も、世界で起きている大きな出来事も、美術を通してなら、一つの物語として、そのままに表現ができるのです。
次回は、1月に訪れている中国の現場から、制作と作品について書いてみたいと思います。
(みやもり けいこ)
■宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。
*画廊亭主敬白
昨日の大崎清夏さんに続き、本日の宮森敬子さんもブログ初登場です。5月にときの忘れもので個展を開いていただくことになりました。新連載・宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。どうぞご愛読ください。
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●本日のお勧め作品はオノサト・トシノブです。
オノサト・トシノブ「64-G」
1964 リトグラフ
24.5x24.0cm
Ed. 120 Signed
*レゾネNo.14
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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