中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」第7回
神田日勝
札幌に住み始めた頃、ほぼ新築の北海道立近代美術館へ訪問することになったが、おそらく常設展示室で見た神田日勝の「室内風景」が強烈な印象を私に残したようで、神田日勝という名前は生涯忘れがたいものになったのだった。記憶のなかでは神田日勝の作品展を見ているような気になっていたが、北海道立近代美術館の展覧会記録をみたら私が札幌に住む直前となる昭和53(1978)年2月18日から3月19日までの期間に「荒野に燃ゆ―神田日勝の世界」展がオープンから数えて8回目の特別展として開催されている。3月頭はまさに私の北海道大学入学試験の日程にあたり、その気になれば札幌滞在の最終日に訪問できたかもしれないが、当時、そのような余裕はなかった。「ミュンヘン近代美術展」でオープンし、「北海道の美術展」「北海道の現代美術展」は開催したものの、エコール・ド・パリやピラネージの展覧会を行っていた美術館が最初に個展として取り組んだ作家が神田日勝であった。それを実見した先輩たちの話を聞き、カタログを見ることで神田の絵をまとめて見ている気になってしまったのかもしれない。それほどの強さをもった画面であった。
「室内風景」(1970年)
「室内風景」は昭和45(1970)年の全道展に出品された作品であり、代表作の一つとして北海道立近代美術館に収蔵された油彩作品であった。この作品だけは常設展示室で確実に見ている。室内に座り込む男の周囲を囲む新聞紙や無造作に置かれたものたちが不思議な空気感をもっており、思わず立ち止まってしまったのだった。壁紙が新聞紙であるこの狭い部屋に裸電球一つで暮らす男の姿。目覚し時計があるからここで寝ているのだろう。厳寒期ではないだろうが、すでに靴下をはかない素足では凍えているのではないかと心配してしまう。また男の孤独感は神田日勝の心象のように見えて切ない。
令和元年となった2019年、まさか神田日勝がこれほど注目されるとは想像していなかった。NHKの朝の連続ドラマ「なつぞら」に描かれた十勝の開拓農家で開拓農民として大地と格闘しながら絵を描き続ける画家が主人公の幼馴染みとして登場した。役名は山田天陽だった。しかし、学生時代に神田日勝の絵をじかに見る経験をしていたから、すぐにそのモデルが神田日勝だとわかった。神田日勝が甦ってくるようでうれしかった。
神田日勝は昭和12(1937)年12月8日に板橋区練馬に生まれた。終戦間近の8歳の時に家族は戦火を逃れるために北海道の鹿追町へ疎開。開拓農家の道を進むことになった。ドラマでもあったように開拓は厳しかったようだ。また、ドラマと同様、兄の神田一明が東京芸大に進学したため、日勝が家業を継いだ。農業を生業にしながら絵を描き続けた。昭和31(1956)年の平原社展に「やせ馬」を出品、朝日奨励賞を受賞。昭和35(1960)年には「家」が全道展に初入選した。
「やせ馬」
「家」
昭和45(1970)年には前掲の「室内風景」を全道展に出品している。しかし、病気をこじらせて同年8月25日に死去している。画題は自らの周囲にある開拓農家や家畜、道具などであり、ベニア板にナイフやコテで描くスタイルを用いた。絶筆となる馬の絵は見るものに独特の印象を残す作品であり、これもベニア板に描かれた作品であるが、制作途中に時間がとまってしまった姿のまま残された。
「馬(絶筆)」
初めから後足を描くつもりがなかったようにも見えるが、あまりに唐突な終わり方にも見える。あるいは描いてあったはずの後足部が突然に消えてしまったようにも見える。この絶筆の印象がとても強いからだろう、令和2(2020)年4月18日から6月28日まで期間、東京ステーションギャラリーで開催される「大地への筆触展」のちらしのメインヴィジュアルとして使われており、展覧会ちらしのラック等での存在感は抜群である。
「馬」
地元北海道での評価や紹介であるが、北海道立近代美術館では初回の回顧展以後は回顧展や個展の開催こそはないものの、他の作家との二人展や収蔵作品を使った紹介は繰り返し行われてきた。また平成5(1993)年、地元である鹿追町に神田日勝記念館が開館、その後平成18(2006)年に神田日勝記念美術館と改称され、神田日勝の作品を展示する美術館として神田日勝の作品紹介を続けているのがうれしい限りだ。
神田日勝記念美術館
没後50年となる令和2(2020)年、大きな規模での展覧会が北海道外で実現する。その事が神田日勝の評価につながることを期待したい。
(なかむら けいいち)
■中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
●展覧会のお知らせ
『神田日勝 大地への筆触』
会期:2020年4月18日(土)-6月28日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
休館日:月曜日[5月4日、6月22日は開館]
開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
●本日のお勧め作品は舟越桂です。
舟越桂 Katsura FUNAKOSHI
《教会とカフェのために2》
1987年
銅版
14.8×9.6cm
Ed.50
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2019年05月11日|栗田秀法のエッセイ「THE BODY―身体の宇宙―」
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◆ときの忘れものは「アートバーゼル オンラインビューイングルーム」(3月25日まで)に参加しています。
◆ときの忘れものは「OIL by 美術手帖 オンライン・ビューイング」(4月5日まで)に参加しています。
◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。
●ときの忘れものは2017年6月に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
神田日勝
札幌に住み始めた頃、ほぼ新築の北海道立近代美術館へ訪問することになったが、おそらく常設展示室で見た神田日勝の「室内風景」が強烈な印象を私に残したようで、神田日勝という名前は生涯忘れがたいものになったのだった。記憶のなかでは神田日勝の作品展を見ているような気になっていたが、北海道立近代美術館の展覧会記録をみたら私が札幌に住む直前となる昭和53(1978)年2月18日から3月19日までの期間に「荒野に燃ゆ―神田日勝の世界」展がオープンから数えて8回目の特別展として開催されている。3月頭はまさに私の北海道大学入学試験の日程にあたり、その気になれば札幌滞在の最終日に訪問できたかもしれないが、当時、そのような余裕はなかった。「ミュンヘン近代美術展」でオープンし、「北海道の美術展」「北海道の現代美術展」は開催したものの、エコール・ド・パリやピラネージの展覧会を行っていた美術館が最初に個展として取り組んだ作家が神田日勝であった。それを実見した先輩たちの話を聞き、カタログを見ることで神田の絵をまとめて見ている気になってしまったのかもしれない。それほどの強さをもった画面であった。
「室内風景」(1970年)「室内風景」は昭和45(1970)年の全道展に出品された作品であり、代表作の一つとして北海道立近代美術館に収蔵された油彩作品であった。この作品だけは常設展示室で確実に見ている。室内に座り込む男の周囲を囲む新聞紙や無造作に置かれたものたちが不思議な空気感をもっており、思わず立ち止まってしまったのだった。壁紙が新聞紙であるこの狭い部屋に裸電球一つで暮らす男の姿。目覚し時計があるからここで寝ているのだろう。厳寒期ではないだろうが、すでに靴下をはかない素足では凍えているのではないかと心配してしまう。また男の孤独感は神田日勝の心象のように見えて切ない。
令和元年となった2019年、まさか神田日勝がこれほど注目されるとは想像していなかった。NHKの朝の連続ドラマ「なつぞら」に描かれた十勝の開拓農家で開拓農民として大地と格闘しながら絵を描き続ける画家が主人公の幼馴染みとして登場した。役名は山田天陽だった。しかし、学生時代に神田日勝の絵をじかに見る経験をしていたから、すぐにそのモデルが神田日勝だとわかった。神田日勝が甦ってくるようでうれしかった。
神田日勝は昭和12(1937)年12月8日に板橋区練馬に生まれた。終戦間近の8歳の時に家族は戦火を逃れるために北海道の鹿追町へ疎開。開拓農家の道を進むことになった。ドラマでもあったように開拓は厳しかったようだ。また、ドラマと同様、兄の神田一明が東京芸大に進学したため、日勝が家業を継いだ。農業を生業にしながら絵を描き続けた。昭和31(1956)年の平原社展に「やせ馬」を出品、朝日奨励賞を受賞。昭和35(1960)年には「家」が全道展に初入選した。
「やせ馬」
「家」昭和45(1970)年には前掲の「室内風景」を全道展に出品している。しかし、病気をこじらせて同年8月25日に死去している。画題は自らの周囲にある開拓農家や家畜、道具などであり、ベニア板にナイフやコテで描くスタイルを用いた。絶筆となる馬の絵は見るものに独特の印象を残す作品であり、これもベニア板に描かれた作品であるが、制作途中に時間がとまってしまった姿のまま残された。
「馬(絶筆)」初めから後足を描くつもりがなかったようにも見えるが、あまりに唐突な終わり方にも見える。あるいは描いてあったはずの後足部が突然に消えてしまったようにも見える。この絶筆の印象がとても強いからだろう、令和2(2020)年4月18日から6月28日まで期間、東京ステーションギャラリーで開催される「大地への筆触展」のちらしのメインヴィジュアルとして使われており、展覧会ちらしのラック等での存在感は抜群である。
「馬」地元北海道での評価や紹介であるが、北海道立近代美術館では初回の回顧展以後は回顧展や個展の開催こそはないものの、他の作家との二人展や収蔵作品を使った紹介は繰り返し行われてきた。また平成5(1993)年、地元である鹿追町に神田日勝記念館が開館、その後平成18(2006)年に神田日勝記念美術館と改称され、神田日勝の作品を展示する美術館として神田日勝の作品紹介を続けているのがうれしい限りだ。
神田日勝記念美術館没後50年となる令和2(2020)年、大きな規模での展覧会が北海道外で実現する。その事が神田日勝の評価につながることを期待したい。
(なかむら けいいち)
■中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
●展覧会のお知らせ
『神田日勝 大地への筆触』
会期:2020年4月18日(土)-6月28日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
休館日:月曜日[5月4日、6月22日は開館]
開館時間:10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
●本日のお勧め作品は舟越桂です。
舟越桂 Katsura FUNAKOSHI《教会とカフェのために2》
1987年
銅版
14.8×9.6cm
Ed.50
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2019年05月11日|栗田秀法のエッセイ「THE BODY―身体の宇宙―」
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●ときの忘れものは2017年6月に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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