<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第87回

TOKYO 1985 浅草 プリントスキャン(画像をクリックすると拡大します)

この写真を見ていると、地球外生物になって人間界を見ているような不思議な感慨に襲われる。
こんな奇妙な瞬間が本当に存在するものだろうか……。

手前から奥へと三人の男がほぼ等間隔に一列にならんでいて、みんなが右足を踏み出している。
踏み出しながら上半身をひねっているのでダンスのステップを踏んでいるようだ。
踊りながら唄うボーカルトリオのイメージにも近い。
三人の後方にはディレクターがいて、重心を後ろ気味に立ちながらステップの出来を観察している。

三人のシャツが何色かは不明だが、モノクロ写真ゆえに白一色に統一されていることも、彼らの動きを際立たせている。
道の脇の洋品店にディスプレイされているのが同じようなシャツだというのもいい。

三人の目の動きが三人三様であることに注目したい。
いちばん手前の男の目は洋品店の店内に注がれている。
お、安いな、とつぶやいているような表情でシャツを見つめている。
すぐ目の前にいる撮影者にはまるで気付かないほどシャツに気を取られている。

二番目の男の顔は真横に向いていて、目もそちらに向いていて、左手に何か気になるものがあることを半ば意識しているような表情だ。格好としては手前の男をちょうど裏返したような具合である。

三番目の男はこのなかでもっとも意志がはっきりしている。
からだを大きくひねって完全に後ろを振り返り、その目を撮影者に注いでいる。
彼だけが撮られたことをわかっているのだ。

シャッターが押される間はほんの一瞬で、125分の1秒かそれよりも速いくらいだろう。
にもかかわらず、写真のなかには時間が帯状に流れているのが感じられる。
しかも、その時間が現在から過去に逆流しているような感覚に誘われるのは、撮影者との距離と三人の表情がちぐはぐだからだろうか。

手前の男は撮影者にもっとも近いのに、気付かずに店中を見ており、二番目の横向きの男は撮影者にちらっと気が付いたようだが、さほど意識はしてなくて、三番目の男がいちばん遠いにもかかわらず、撮られたことを確信し、鋭い目でギッとにらみつけているのである。

どうしたらこうなるのかと考えてみる。
撮影者が人目をひくような変な格好をして奥から手前に自転車で走り抜け、振り返りざまにカメラを向けたらどうだろう。
三番目の男が、あ、変なヤツ、と思って振り向き、二番目の男はそれに反応して横目で一瞬だけとらえ、いちばん手前の男はそのことに気付く間もないまま、いきなり振り向いた自転車の男にシャッターを切られたのだ。

実際にどうだったかはわからない。
想像したとおりのことが起きた可能性は少ないだろう。
むしろ不可知の要素が偶然にもいくつか重なってこういうシーンになったのではないだろうか。

スナップショットは人が認識することのできない時のすきまに切り込んでいく。
人間の目では捕獲不可能な瞬間がカメラアイによってつかまえられる。
すると現実界から引用したにもかかわらず、現実には存在すると思えない奇っ怪な光景になる。
どこか人間を超えたようなニュアンスをたたえた、写真以外では出会えない不可解なシーンだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真について
写真集「TOKYO 1985」から

35ミリフィルムカメラ(PENTAX K-2、35ミリレンズ)
フィルムはKODAK TRI-X(ISO400)
プリント原版は、六切サイズ

●作家紹介
岡本正史(Shoshi OKAMOTO)
1962年 東京都文京区生まれ
明治大学文学部卒業 
東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)卒業
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*画廊亭主敬白
今回の臨時休廊でスタッフの大半は在宅勤務となり、普段は手がつけられなかった過去の作品カードを紐解きお宝の発掘に努めています。
ときの忘れものに日々大量に流れ込んでくる作品はまず担当者が一点づつ撮影し、状態をチェックし、作品カードに詳細データを記入します。百点規模のコレクションとなるとその作業だけでも数か月かかります。その中からときの忘れもののラインナップに合うものは直ぐにHPに掲載したり、お客様に直接案内して売るわけですが、そうでないもの(あまりにレアなので販売は取りあえず先に延ばそうとか、面白いのだけれど今まで扱ったことがないので、まあしばらくおいて置こうとか、etc.,)が積み残されるわけです。日々のルーティングに追われこんな機会でないとご紹介できない。
おかげさまでと言っていいのか、
「一日限定! 破格の掘り出し物」は連日大好評であります。
本日ご紹介するのはジェームズ・アンソールに共鳴した哲学者にして詩人、画家だった後藤又兵衛(1925-2002)の大判のガッシュ、生命力あふれる秀作です。
大坂夏の陣で討ち死にした戦国武将と同姓同名ですが、若き日には敬虔なカトリックの神学生であった画家はフランク・シナトラ、エルビス・プレスリー、ハリー・ベラフォンテ、アイザック・スターンらに愛され、彼らが多くの作品をコレクションしたことで知られています。

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2014年05月27日|観て後悔したというなら入場料は私が返金します。
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