小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第33回

「まさかこんなことが起こるなんて。」それがこの、たった三カ月で変わってしまった世界への認識でしょう。短期間で爆発的に世界中に広まったウイルスにより、皮肉なことに、我々はどんな場所にいても、国が違っても、過去現在、そして(おそらく)未来も、同じ人間なんだな、と思い知らされているような気がします。
今月取り上げたいのは、そんな今だからこそ、日本語ができる方には読んで欲しいエッセイ集。梨木香歩『風と双眼鏡、膝掛け毛布』(筑摩書房)です。

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梨木香歩さんは『西の魔女が死んだ』が大ロングセラーの作家です。
もちろん小説も素晴らしいのは言うまでもないのですが、個人的にはエッセイも素晴らしいものが多いと思う作家の一人です。
自身のイギリス留学の体験を基に書かれた『春になったら苺を摘みに』なんかは、30歳を過ぎてから初めて読んだのですが、それ以来この季節になると繰り返し読みたくなる一冊です。
今回の『風と双眼鏡、膝掛け毛布』は、日本全国各地の地名から想起して書かれるエッセイ。
梨木さんが実際にその土地を訪れて、そこから地名の由来について、自分の眼で見たこと、耳で聞いたことを、感じたこと、で読み解いていく筆さばきは、読者が例え行ったことのない場所でも、その光景を鮮やかに映し出してくれます。
例えば、青森の種差海岸の章。震災の津波で大被害を受けた「高山植物が咲き寄せる、稀有の場所」の描写から、しかし、それによって繁茂し始めていた外来植物が消え、自生の植物が復活したことに触れます。外来植物が「この地方でしばしば起きる津波」に耐えられなかった、と。そして、翻って「自生植物たちがこの地で生き抜いてきた気の遠くなるような歴史」に思いを巡らせます。
思えば、どんな国にも、その土地の歴史に深く根付いた地名があるはずです。
我々は、例えどんな遠くにいたとしても、その地名に込められた先人たちの思いを知り、歴史を知ることが出来ます。そして、どの場所にいても、その地名と繋がっている自分を発見できます。例え行ったことがない場所の地名だとしても。
我々にしばしば訪れる困難。そういう時だからこそ、自分の「身近」にある土地(大きく言えばそれは地球という土地なのかもしれません。)に思いをはせるのも良いのではないかな、とそんなことを思いました。
おくに たかし

小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。


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◎昨日読まれたブログ(archive)/2019年08月19日|堀川とんこう「ずっとドラマを作ってきた」
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