尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」第10回

『自作を語ることの難しさについて語ることの難しさ』

 YouTube の朗読チャンネルで太宰治の「自作を語る」を聴く。「女の決闘」の出版の折に、他の作品も含めた著作の感想を書いて欲しいと依頼されて嫌々ながら書いたというもので、書き出しも「私は今日まで、自作に就いて語った事が一度も無い。いやなのである。読者が、読んでわからなかったら、それまでの話だ。創作集に序文を附ける事さえ、いやである。」と語る気ナッシングである。

 その気持ちはとてもよく分かる。

 こと現代アートに至っては「プロのアーティストたる者、自作をきちんと言語化させてプレゼンテーションできなくてはならない」なんてそもそもなので「自作の説明なんて嫌だ。分かる奴だけ分かってくれ」なぞ言い出したらアマチュア扱い。嘲笑ものだ。しかし、本音を言ってしまえば、僕も太宰氏と同じく、自作を語るのが苦手だ。制作にまつわる余談、エピソード・トークなら淀みなく出てくるのだが、こと作品の解説となると言葉に詰まる。

 それは僕の場合、作品を自らの舌ったらずな説明で矮小化してしまうことを恐れているからだ。そもそも語彙が豊富で言葉が巧みなら、ペインティングという表現媒体は選ばない。ペインターは少なからず、自らの言葉の力よりも、キャンバスの上の色と形の力を信じる人種である。

 だがしかし、観賞をしに来られるお客さまは、制作者からの解説を求める方は多い。特に会場に作者がいるときなら尚更。僕は個展やグループ展でたまたま会場にいるときは「何か作品についてご質問があれば遠慮なくどうぞ」なんて偉そうに御声がけさせて頂くのだが、一から十まで解説をご希望されると、もっとご自分の感想やお考えに自信を持たれたらいいのに…と思ってしまう。悲しいかな、そうやって懸命に一から十まで説明してもお客さまの反応を見る限り、疑問がスッキリし解決して作品の解像度がより鮮明になるどころか、より疑問の雲をもくもく増やしてしまっているようで、そういうとき僕はその場で自己嫌悪に陥り、語彙の貧弱さを、頭の回転の悪さを、コミュニケーション力とサービス精神の無さを、それらによって作品の矮小化に自ら加担する結果となってしまった愚かさを痛感し、失望するのだ。

 美術館の中には、作品脇の解説文や音声ガイダンスが「素人に詳しく説明したところで理解できないだろうから〝観る人それぞれの感じ方で楽しんでください〟をベースにフワッとした解説でいいっしょ」というお茶を濁したものを散見する。日本は美術館の入場者数と人口比率が他国と比べても突出して高い国であるにも関わらず、こんな作品を矮小化させる最低な解説ばかりしているから、芸術が国民のアイデンティティとして根付かないし、アートリテラシーが育たないんだ!!と憤慨するのだが、冷静を取り戻せば、それは美術館だけでなく美術に携わる全ての人間の問題であるし、入場者数は売り上げと来年度の予算に関わってくるから、どうしても展示内容や解説文はポプュリスティックにならざるを得ないことも理解はしている。そして皮肉にも、そんな憤慨してる自分自身の懸命な自作の説明でさえ、お客様を真の理解に導けないでいるじゃないかと、しっかり跳ね返ってくるのだ。

 作品を解説する。たったこれだけなのに、その難しさはK2登頂並みだ。〝完璧な作品解説などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね〟などと、大好きな村上春樹の名文をパロってみては、それも真理かなと慰めてはみるのだ。グスン。

after_the_fin【タイトル】After The Gold Rush
【サイズ】462×662×40mm
【素材】アクリル、キャンバス、パネル
【制作年】2014年
おざき しんぺい

尾崎森平 Shinpey OZAKI
1987年仙台市生まれ 。岩手大学教育学部芸術文化課程造形コース卒業。現代の東北の景色から立ち現れる神話や歴史的事象との共振を描く。2016年「VOCA 2016 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち 」大原美術館賞 。平成27年度 岩手県美術選奨。2019年4月ときの忘れもの「Tricolore2019―中村潤・尾崎森平・谷川桐子展」に出品。2020年2月リアスアーク美術館個展「N.E.blood 21 vol.73 尾崎森平展」、2020年2月ギャラリー ターンアラウンド個展「1 9 4 2 0 2 0」開催。
ホームページ https://shinpeywarhol.wixsite.com/ozaki-shinpey

●尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」は毎月25日の更新です。
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