土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」第18回
『寸秒夢』に入る前に訂正をひとつ。第17回『三夢三話』後編で「夢に関するノート」(雑誌「蝋人形」1939年4月号)をご紹介しましたが、タイトルを誤記しておりました。正しくは「夢についてのノート」ですので、ここに訂正いたします。
18.『寸秒夢』~前編
『寸秒夢』、B5判(27.0×19.2)、67頁(図1)。著者によるデカルコマニーの口絵(図2)、並製(アンカット)紙ジャケット、ビニールカバー、箱(図3)。特装版200部(図4)は本体・箱をさらに段ボール身蓋外箱(図5)に収納。なお、特装版では外箱の側面にタイトル、著者名、出版社名が印刷された紙が貼られ(図6)、内箱は表・裏・側面とも白地。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
特装版の奥付前頁には次のように記されています。
「本書は1975年2月1日に初版を発行し、うち200部を特装版とした。特装版には表紙にグリーン彩水紙荒月、本文にレオバルキー紙を使用した。100部は1番から100番までのナンバーと瀧口修造の署名を付して頒布本、101番からの100部は番号をふらず非売本とした。」
奥付の記載事項
寸秒夢
発行=一九七五年二月一日 初版
著者=瀧口修造
装幀=粟津潔・瀧口修造
発行人=小田久郎
発行所=株式会社思潮社
東京都新宿区市谷砂土原町三-一五
電話二六七-八一四一番 振替東京八一二一番
印刷=若葉印刷・大和写真製版・福仙堂美術印刷
製本=岩佐製本 製函=岡本紙器
©Shuzo Takiguchi, 1975 1092-100025-3016
特装版の奥付では上記の「初版」に替えて「限定二〇〇部特装版」と表記されており、末尾の著作権表記の後のISBN番号は印刷されていません。なお、頒価・定価は奥付に記されず、箱の裏面に「一二〇〇円」(図7)と印刷されています。特装版(1~100部)では定価は奥付前頁に貼られた検印紙様の紙片(図8)に「頒価・壱萬円」と印刷されています。
図7
図8
解題
本書は前回採り上げた『三夢三話』(草月出版、1972年3月。図9)に続き、夢についての記述をまとめた2冊目の単行書で、刊行は同書の約3年後ということになります。初出は「現代詩手帖」臨時増刊瀧口修造(思潮社、1974年10月。図10)です。初出の約4か月後に刊行されていますので、当初から単行本化が計画されていたのかもしれません。
図9
図10
装幀者は「粟津潔・瀧口修造」とされています。これは同じ思潮社から1967年12月に刊行された『瀧口修造の詩的実験1927~1937』(第13回参照。図11)と同じ組み合わせです。実際、白い紙に黒い活字と、シンプルながらインパクトのある装幀で、『詩的実験』との共通性を強く感じさせます。
図11
本書の内容は「寸秒夢あとさき」「夢三度」の2つの部から成ります。「寸秒夢あとさき」は、主に夢に関する断章、あるいは夢とコトバをめぐる断章ですが、それ以外に、諺のようなアフォリズムや日録風の短文も含まれています。「夢三度」は『三夢三話』と同様、自らが見た夢の内容を記述した(またはそういう形をとった)、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの三つの掌篇です。
「寸秒夢あとさき」と「夢三度」は、当然ながら、密接に関連しています。「寸秒夢あとさき」には、後で見るとおり「夢三度」に出てくる「女の立ちん坊の行列」や(不可能の)部屋に触れた断章も含まれていますし、逆に「夢三度」Ⅱの末尾には、夢とコトバをめぐる以下のような短い考察が含まれています。
「私は時折り夢のなかで、突飛なコトバを見ることがあって、それを妙に鮮やかに覚えて夢から覚めることがある。しかし時には夢から覚めたあと、夢のあとを辿りながら、ふとコトバを考えたり、想いついたりすることがある。コトバで夢を集約しようとして無意識にこころみるのかも知れないが、結局、一種のコトバの遊びに終るらしい。[以下略]」
しかし、初出では「寸秒夢あとさき」「夢三度」ともに、タイトル下に著者の表記がありますので(図12,13)、両者はそれぞれ独立した作品と考えた方がよいかもしれません。
図12
図13
実際、「寸秒夢あとさき」に含まれている諺のようなアフォリズムや日録風の短文などは、「夢三度」よりもむしろ、『手づくり諺』(ポリグラファ社、1970年頃)や『星と砂と 日録抄』(書肆山田、1973年6月。図14)などを連想させるように思われます。夢とコトバをめぐる断章や諺のようなアフォリズムが、「寸秒夢あとさき」の中で並列的に配置されている点は、夢、コトバ、諺の関連性を示唆するものかもしれません。『星と砂と 日録抄』『手づくり諺』および次に言及する『地球創造説』については、今後、採り上げる予定です。
図14
また「寸秒夢あとさき」には、マルセル・デュシャンに関連した断章がふたつ含まれていることも注目されます。ひとつは新造語の実例として収録したのかもしれませんが、ティーニー・デュシャンに『地球創造説』縮刷版(書肆山田、1973年11月。図15)を献呈した際に、タイトルを《Geogenesis》と訳したら、それを脇で見ていたティーニーさんが「ふふっ」と笑ったことに触れた断章。ふたつ目は、デュシャンの墓碑銘を「さりながら、死ぬのはいつも他人なり」と川柳風に訳して紹介した後、「語っているのはつねに死せる人である」と展開する断章です。
図15
ちなみに、『地球創造説』縮刷版は、ティーニー・デュシャン以外にも献呈された知人が何人かいるようで、美術評論家ヨシダ・ヨシエ宛ての1冊(図16)はリバティ・パスポートと位置付けられていたことが、美術家嶋田美子さんの調査によって明らかにされています。詳細は嶋田美子「瀧口修造、松澤宥、ヨシダ・ヨシエ」(「橄欖」第4号、瀧口修造研究会、2018年7月。図17)をご参照ください。
図16
図17
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●本日のお勧め作品は瀧口修造です。

瀧口修造
水彩画集
「あの日のために この日のために そして今夜」より4番
1961年
水彩
25.0x17.3cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
『寸秒夢』に入る前に訂正をひとつ。第17回『三夢三話』後編で「夢に関するノート」(雑誌「蝋人形」1939年4月号)をご紹介しましたが、タイトルを誤記しておりました。正しくは「夢についてのノート」ですので、ここに訂正いたします。
18.『寸秒夢』~前編
『寸秒夢』、B5判(27.0×19.2)、67頁(図1)。著者によるデカルコマニーの口絵(図2)、並製(アンカット)紙ジャケット、ビニールカバー、箱(図3)。特装版200部(図4)は本体・箱をさらに段ボール身蓋外箱(図5)に収納。なお、特装版では外箱の側面にタイトル、著者名、出版社名が印刷された紙が貼られ(図6)、内箱は表・裏・側面とも白地。
図1
図2
図3
図4
図5
図6特装版の奥付前頁には次のように記されています。
「本書は1975年2月1日に初版を発行し、うち200部を特装版とした。特装版には表紙にグリーン彩水紙荒月、本文にレオバルキー紙を使用した。100部は1番から100番までのナンバーと瀧口修造の署名を付して頒布本、101番からの100部は番号をふらず非売本とした。」
奥付の記載事項
寸秒夢
発行=一九七五年二月一日 初版
著者=瀧口修造
装幀=粟津潔・瀧口修造
発行人=小田久郎
発行所=株式会社思潮社
東京都新宿区市谷砂土原町三-一五
電話二六七-八一四一番 振替東京八一二一番
印刷=若葉印刷・大和写真製版・福仙堂美術印刷
製本=岩佐製本 製函=岡本紙器
©Shuzo Takiguchi, 1975 1092-100025-3016
特装版の奥付では上記の「初版」に替えて「限定二〇〇部特装版」と表記されており、末尾の著作権表記の後のISBN番号は印刷されていません。なお、頒価・定価は奥付に記されず、箱の裏面に「一二〇〇円」(図7)と印刷されています。特装版(1~100部)では定価は奥付前頁に貼られた検印紙様の紙片(図8)に「頒価・壱萬円」と印刷されています。
図7
図8解題
本書は前回採り上げた『三夢三話』(草月出版、1972年3月。図9)に続き、夢についての記述をまとめた2冊目の単行書で、刊行は同書の約3年後ということになります。初出は「現代詩手帖」臨時増刊瀧口修造(思潮社、1974年10月。図10)です。初出の約4か月後に刊行されていますので、当初から単行本化が計画されていたのかもしれません。
図9
図10装幀者は「粟津潔・瀧口修造」とされています。これは同じ思潮社から1967年12月に刊行された『瀧口修造の詩的実験1927~1937』(第13回参照。図11)と同じ組み合わせです。実際、白い紙に黒い活字と、シンプルながらインパクトのある装幀で、『詩的実験』との共通性を強く感じさせます。
図11本書の内容は「寸秒夢あとさき」「夢三度」の2つの部から成ります。「寸秒夢あとさき」は、主に夢に関する断章、あるいは夢とコトバをめぐる断章ですが、それ以外に、諺のようなアフォリズムや日録風の短文も含まれています。「夢三度」は『三夢三話』と同様、自らが見た夢の内容を記述した(またはそういう形をとった)、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの三つの掌篇です。
「寸秒夢あとさき」と「夢三度」は、当然ながら、密接に関連しています。「寸秒夢あとさき」には、後で見るとおり「夢三度」に出てくる「女の立ちん坊の行列」や(不可能の)部屋に触れた断章も含まれていますし、逆に「夢三度」Ⅱの末尾には、夢とコトバをめぐる以下のような短い考察が含まれています。
「私は時折り夢のなかで、突飛なコトバを見ることがあって、それを妙に鮮やかに覚えて夢から覚めることがある。しかし時には夢から覚めたあと、夢のあとを辿りながら、ふとコトバを考えたり、想いついたりすることがある。コトバで夢を集約しようとして無意識にこころみるのかも知れないが、結局、一種のコトバの遊びに終るらしい。[以下略]」
しかし、初出では「寸秒夢あとさき」「夢三度」ともに、タイトル下に著者の表記がありますので(図12,13)、両者はそれぞれ独立した作品と考えた方がよいかもしれません。
図12
図13実際、「寸秒夢あとさき」に含まれている諺のようなアフォリズムや日録風の短文などは、「夢三度」よりもむしろ、『手づくり諺』(ポリグラファ社、1970年頃)や『星と砂と 日録抄』(書肆山田、1973年6月。図14)などを連想させるように思われます。夢とコトバをめぐる断章や諺のようなアフォリズムが、「寸秒夢あとさき」の中で並列的に配置されている点は、夢、コトバ、諺の関連性を示唆するものかもしれません。『星と砂と 日録抄』『手づくり諺』および次に言及する『地球創造説』については、今後、採り上げる予定です。
図14また「寸秒夢あとさき」には、マルセル・デュシャンに関連した断章がふたつ含まれていることも注目されます。ひとつは新造語の実例として収録したのかもしれませんが、ティーニー・デュシャンに『地球創造説』縮刷版(書肆山田、1973年11月。図15)を献呈した際に、タイトルを《Geogenesis》と訳したら、それを脇で見ていたティーニーさんが「ふふっ」と笑ったことに触れた断章。ふたつ目は、デュシャンの墓碑銘を「さりながら、死ぬのはいつも他人なり」と川柳風に訳して紹介した後、「語っているのはつねに死せる人である」と展開する断章です。
図15ちなみに、『地球創造説』縮刷版は、ティーニー・デュシャン以外にも献呈された知人が何人かいるようで、美術評論家ヨシダ・ヨシエ宛ての1冊(図16)はリバティ・パスポートと位置付けられていたことが、美術家嶋田美子さんの調査によって明らかにされています。詳細は嶋田美子「瀧口修造、松澤宥、ヨシダ・ヨシエ」(「橄欖」第4号、瀧口修造研究会、2018年7月。図17)をご参照ください。
図16
図17(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●本日のお勧め作品は瀧口修造です。

瀧口修造
水彩画集
「あの日のために この日のために そして今夜」より4番
1961年
水彩
25.0x17.3cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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