吉原英里のエッセイ「不在の部屋」第1回
-Sound of Silence Ⅱ-
去年6月に『不在の部屋 吉原英里作品集1983-2016』を出版しました。その画集を綿貫さんにお送りしたところ、大変嬉しいお手紙を頂きました。そして来年5月に、ときの忘れものでの個展と、今日からのブログ10回の連載をさせていただくことになりました。ブログは初めてでドギマギですが、今まで私がやって来たことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。
コロナによる外出自粛が解除されて間も無く、6月23日から3週間の会期で、京都のギャラリーなかむらの個展が予定通りに始まりました。この画廊での個展は4回目で、会場の重厚な壁とゆったりとした空間に見合うだけの力を溜めて、空間に挑む必要があると思います。ここで展示する様になってからは特に、作品1点1点も大切ですが、画廊に入って出るまでの動線も含んだ、空間全体を考えて作品を作り、設置するという喜びに気がつきました。今回の個展は、前回2015年の個展「Sound of Silence」に続けて、タイトルを「Sound of Silence Ⅱ」としました。
案内状の作品 Sound of Silence 3. 162×260cm ミクストメディア 2020年
コロナ騒ぎが始まった頃迄には、作品はほぼ出来上がっていましたが、展覧会の開催時期をどうするか、かなりギリギリまで悩みました。誰にも見てもらえなくてもしょうがないと覚悟し、私だけでもギャラリーの空間に設置したところを早く見たいという思いで、自粛解除の声を聞いて開催することになりました。
「怖くて出かけられないから今回は、見に行くのを諦めます。」という声もあり、この時期にやるのは失敗だったかなとも思いましたが、実際に見に来て下さった方が口々に、「ありがとう。こんなに素晴らしい展覧会を開催してくださって本当に嬉しい。元気になりました。」と、私や画廊主、スタッフにも声を掛け嬉しそうに帰っていく人達を見て、私もほっとしました。と同時に、絵というのは、作った作家だけのものではないのだなと思いました。作品が展示され、他の誰かに鑑賞され、体験されることによって、その人の中に新しい世界が創造されていくものだと思いました。絵画とはもう一つの世界への入口、あるいは窓なんだなと、要するに芸術は受け手がいて初めて完成するということを改めて実感しました。
ギャラリーなかむら展示風景 (左) Sound of Silence 4. 162×260cm ミクストメディア 2020年 (右) Sound of Silence 5. 162×130cm×3枚組 ミクストメディア 2020年
作品を作っている時は、私はこうありたい、こう言いたい、ここを見て欲しいと我儘に突き進むことも多いですが、実際自分自身も驚くほどいい作品が出来た時は、どうしてこのような成果がでたのかわからないという感じもありますし、やり過ぎて失敗したなあと思った次の瞬間に、何か突き抜けるような現象が生じたり、あるいは逆転が起こったりという様なことがよくあります。その様な神が降りて来るという感覚を大切にしています。最近の制作は大画面が多い為、自分が画面の中に入って描いているような没頭感があり、作業や工程の度に空間を出たり入ったりする楽しみがあります。
ギャラリーなかむら展示風景 (左) Sound of Silence 8. (中) Sound of Silence 7. (右) Sound of Silence 9. 各90×90cm ミクストメディア 2020年
長い間、誰もいなくなった部屋をテーマに作品を作って来ました。残された物や痕跡で、人間のドラマを感じさせたいと思って取り組んできました。ですが、物語を普遍的なものにしたいので、居なくなった主人公をその時々で漠然と考えることはあっても、あまり具体的に考えたことは無く、観念的に捉えてきました。
《Sound of Silence 4》と《Sound of Silence 5》は、制作中の画家のアトリエをイメージしていますが、どちらも散歩中か休憩中か、何れにしても主人公が不在なのです。この不在感を表すために、具象物を使いながらも抽象空間に転換させたいと思い、構図、素材や技法にこだわってきましたが、より深く突き詰めていった結果、絵の面積の半分を抽象化して《Sound of Silence 3》に行き着きました。私の絵を見る人は、具象的なイメージに迷わされることもあると思いますが、私は、絵画によって初めて実現できる空間というものを生み出したいと思っています。
Sound of Silence 6. 116,7×91cm ミクストメディア 2020年
Father’s chair(2点組) 53×45,5cm+116,7×80cm ミクストメディア 2020年
(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
・吉原英里のエッセイ「不在の部屋」は毎月25日に更新します。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐2016
1980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。
●本日のお勧め作品は吉原英里です。
《レストランテ サバティーニ》
1984年
エッチング、ラミネート
イメージサイズ:45.0×60.3cm
シートサイズ:55.0×71.0cm
Ed.30 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
-Sound of Silence Ⅱ-
去年6月に『不在の部屋 吉原英里作品集1983-2016』を出版しました。その画集を綿貫さんにお送りしたところ、大変嬉しいお手紙を頂きました。そして来年5月に、ときの忘れものでの個展と、今日からのブログ10回の連載をさせていただくことになりました。ブログは初めてでドギマギですが、今まで私がやって来たことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。
コロナによる外出自粛が解除されて間も無く、6月23日から3週間の会期で、京都のギャラリーなかむらの個展が予定通りに始まりました。この画廊での個展は4回目で、会場の重厚な壁とゆったりとした空間に見合うだけの力を溜めて、空間に挑む必要があると思います。ここで展示する様になってからは特に、作品1点1点も大切ですが、画廊に入って出るまでの動線も含んだ、空間全体を考えて作品を作り、設置するという喜びに気がつきました。今回の個展は、前回2015年の個展「Sound of Silence」に続けて、タイトルを「Sound of Silence Ⅱ」としました。
案内状の作品 Sound of Silence 3. 162×260cm ミクストメディア 2020年コロナ騒ぎが始まった頃迄には、作品はほぼ出来上がっていましたが、展覧会の開催時期をどうするか、かなりギリギリまで悩みました。誰にも見てもらえなくてもしょうがないと覚悟し、私だけでもギャラリーの空間に設置したところを早く見たいという思いで、自粛解除の声を聞いて開催することになりました。
「怖くて出かけられないから今回は、見に行くのを諦めます。」という声もあり、この時期にやるのは失敗だったかなとも思いましたが、実際に見に来て下さった方が口々に、「ありがとう。こんなに素晴らしい展覧会を開催してくださって本当に嬉しい。元気になりました。」と、私や画廊主、スタッフにも声を掛け嬉しそうに帰っていく人達を見て、私もほっとしました。と同時に、絵というのは、作った作家だけのものではないのだなと思いました。作品が展示され、他の誰かに鑑賞され、体験されることによって、その人の中に新しい世界が創造されていくものだと思いました。絵画とはもう一つの世界への入口、あるいは窓なんだなと、要するに芸術は受け手がいて初めて完成するということを改めて実感しました。
ギャラリーなかむら展示風景 (左) Sound of Silence 4. 162×260cm ミクストメディア 2020年 (右) Sound of Silence 5. 162×130cm×3枚組 ミクストメディア 2020年作品を作っている時は、私はこうありたい、こう言いたい、ここを見て欲しいと我儘に突き進むことも多いですが、実際自分自身も驚くほどいい作品が出来た時は、どうしてこのような成果がでたのかわからないという感じもありますし、やり過ぎて失敗したなあと思った次の瞬間に、何か突き抜けるような現象が生じたり、あるいは逆転が起こったりという様なことがよくあります。その様な神が降りて来るという感覚を大切にしています。最近の制作は大画面が多い為、自分が画面の中に入って描いているような没頭感があり、作業や工程の度に空間を出たり入ったりする楽しみがあります。
ギャラリーなかむら展示風景 (左) Sound of Silence 8. (中) Sound of Silence 7. (右) Sound of Silence 9. 各90×90cm ミクストメディア 2020年長い間、誰もいなくなった部屋をテーマに作品を作って来ました。残された物や痕跡で、人間のドラマを感じさせたいと思って取り組んできました。ですが、物語を普遍的なものにしたいので、居なくなった主人公をその時々で漠然と考えることはあっても、あまり具体的に考えたことは無く、観念的に捉えてきました。
《Sound of Silence 4》と《Sound of Silence 5》は、制作中の画家のアトリエをイメージしていますが、どちらも散歩中か休憩中か、何れにしても主人公が不在なのです。この不在感を表すために、具象物を使いながらも抽象空間に転換させたいと思い、構図、素材や技法にこだわってきましたが、より深く突き詰めていった結果、絵の面積の半分を抽象化して《Sound of Silence 3》に行き着きました。私の絵を見る人は、具象的なイメージに迷わされることもあると思いますが、私は、絵画によって初めて実現できる空間というものを生み出したいと思っています。
Sound of Silence 6. 116,7×91cm ミクストメディア 2020年
Father’s chair(2点組) 53×45,5cm+116,7×80cm ミクストメディア 2020年(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
・吉原英里のエッセイ「不在の部屋」は毎月25日に更新します。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐20161980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。
●本日のお勧め作品は吉原英里です。
《レストランテ サバティーニ》1984年
エッチング、ラミネート
イメージサイズ:45.0×60.3cm
シートサイズ:55.0×71.0cm
Ed.30 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
コメント一覧