柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第24回

開封すべきか、否か

 クリストへの追悼の気持ちを込めた、本に纏わるクリストとジャンヌ=クロードの思い出話は、完了とさせていただきましたが・・・今回もまた、クリストの話から始めさせて貰うことになってしまいました・・・。

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 画像の紙片、残念ながら私は現物をもっておらず、版画とマルチプルのカタログ・レゾネからの転載です。印刷されているのは「あなたが破壊したパッケージは、ウォーカー・アート・センター、コンテンポラリー・アート・グループのために、私の指示のもと、限定100個が包まれたものです。・・・」という文章です。
 これは、1966年につくられたクリストのマルチプル作品の一部、というか、残骸です。
 この紙片を入れた包み(パッケージ)は、上記のグループのメンバー宛てに郵送されたそうですが、カタログ・レゾネの説明によると約20個が開封されてしまったとのこと。つまり約20個のクリストのオブジェ作品が破壊されてしまったわけです。

そして「破壊者」が手にしたのが、この紙片だったわけです。

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 いま、このパッケージが送られてきたならば、現代美術に関心を持つ人ならば、まず開封はしないでしょうが、まだ、クリストとジャンヌ=クロードが、「新人」アーティストだった1966年に、開けてしまった人が僅か20人だったことに、反対に驚かされます。
 もちろん、今日、クリストが包んだオブジェの紐を切り、布やビニールを開く人はまずいないでしょう。「パッケージ」の中身が何なのか気になっても、また、「包まれた本」の中をどんなに読みたくても・・・。

 しかし、「開封すべきか否か」と悩んでしまう(かもしれない)、本を今回は紹介します。偶然にも、数ヶ月前に神保町で見つけたパウル・クレーの画集です。瀧口修造氏の執筆、翻訳、編集で、1963年に草月出版が出版したものです。

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 瀧口氏の意向で制作当時は販売が見合わせられたというエピソードで知られるこの本ですが、その後、幾つかの書店で販売されたこともあり、古本の世界ではそれほど珍しいものではありません。お持ちの方も多いと思いますが、「何を悩むの」と思われた方もいらっしゃるのでは。
 しかし、今回見つけたのは、少なくとも私にとっては、ちょっと違うものでした。輸送用の段ボール箱に入ったままで、しかも、それが紐で縛られているのです。クリスト作品のように、アーティスティックな紐のかけ方ではなく、縦横方向に真っ直ぐに、どちらかというと、赤瀬川原平の作品のような縛り方です。ただ、かなりぴったりと縛られているので、結び目を解いてしまうと、同じように縛るのは困難かと思われます。
 古書店の方の説明ですと、装丁者のアイデアとのこと。チェックしてみると、この画集の造本は、瀧口修造氏と杉浦康平氏のお二人。そのどちらかお一人の考案であっても、これは買わないわけにはいかないと、早々に入手しました。

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 さて、本として買ったのか、オブジェとして買ったのか、自分でも悩むところです。幸いにも、私自身は既に一冊もっていたので、紐を切り、開封する必要はありませんので、やはり、オブジェとしての魅力があったからだと思います。
 限定2000部で刊行されたこの画集、全冊が縛られていたのかは知るよしもありません。もし瀧口氏、杉浦氏が、縛られた状態が完成した造本と考えていたのでしたら、その多くが・・・冒頭で紹介した20個のクリスト作品のように、破壊されてしまったことになります・・・合掌。

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 そういえば、マン・レイの作品に、「破壊されるべきオブジェ」というオブジェがありましたが、装丁者には、それに似た気持ちがあったのかも知れません。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

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