<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第98回
(画像をクリックすると拡大します)
大勢の人々がカメラを見つめている……。
この写真からまず感じとるのは、そのことだ。
かなり離れたところにいる人ですらカメラ目線で、
視線をそらしている人はほとんどいない。
しかもみな表情が険しいのである。
眉間に力を入れてカメラを凝視しているさまに、
いったいここで何が起きているのだろう、と考えずにはいられない。
こんなに人数が多いのに、その顔が重ならず、
それぞれの表情がはっきりとわかることも、異様である。
小高い丘の斜面がひな壇の役目をしているのだ。
若い女性が中心にいる。
ふっくらした頬の様子からすると、まだ十代のようだ。
彼女は毅然とした態度で最前列の真ん中に立っていて、
両側には人々がゆるやかな弧を描いて立っている。
全員が女性で、糾弾しているような厳しい顔つきが似ている。
もうひとつ、この写真に異様さを加えているのは、
中心の若い女性がカメラにむかって写真を掲げていることだ。
証明写真のような一葉で、口ひげを生やした男性が正面をむいてバストアップで写っている。
同じ写真を持っている人がもうひとりいて、
彼女の斜め後ろに立っている。
この人は男性で、顔つきが写真の人と似ているようだが、はっきりしない。
写真を持っているふたりは、この場で何が進行しているかを一番よくわかっている。
前列の女性たちも同様だろう。
磁場が最も強いのは彼らの周辺で、離れるにつれて薄まっていくが、
不思議なのは、やじ馬的な気分で眺めている人はひとりも見当たらないことだ。
全員が当事者意識をもってこの場に臨んでいるような、
尋常ならない緊張感が画面全体を覆っている。
その当事者意識の正体とは何なのか。それが謎である。
カメラが珍しくて吸い寄せられていくのは、よくあることだし、わかりやすい。
人々の好奇心と率直な行動ぶりはよき被写体となる。
ところが、ここにいる人々はカメラに引き寄せられているのではなく、
逆に引き寄せているのだ。
こっちを見ろ! この写真を写せ!
という意志が全員の視線にみなぎっていて、
その目力の強さにただならぬ気配を感じてしまう。
ふたりが写真を持たずに手ぶらで写っていれば、
まったく別の写真になっただろう。
表情が険しかったとしても、引き寄せているようには感じられず、
カメラは被写体に対して優位な状態を保ちつづけたはずだ。
その関係を逆転させたのは、ふたりが手にした写真だった。
持っていたのが絵でも人形でもこうはならない。
写真であるがゆえに、「見ろ!」という無言の意志が突きつけられたのだ。
放った矢が相手に刺さらず、自分のほうに引き返してくるような怖さがある。
写真と写真の一騎打ちの現場である。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
小川哲史『交錯する世界』より
●作家紹介
小川 哲史(おがわ・さとし)
1977年 埼玉県生まれ
2003年 グループ展[Communication ART Ⅳ「汐入 1994–2002」](Pepper’s Gallery)
2018年 個展「交錯する世界」(蒼穹舎)
2019年 個展「成都平原」(蒼穹舎)
2021年 写真集『交錯する世界 Crossing World of Bangladesh 2015–2019』発行
●写真集のお知らせ
小川哲史写真集『交錯する世界』
蒼穹舍/2021年1月20日発行
モノクロ/A4変型/上製/400部
160ページ/写真点数:151点/装幀:加藤勝也
定価:4950円(税込み)
●新刊のお知らせ
大竹昭子さんがはじめた書籍レーベル<カタリココ文庫>から新刊『五感巡礼』がでました。
日本経済新聞「プロムナード」の連載を再構成した随想録で、ひとつのエピソードが思わぬ方向に発展して五感を巡礼していきます。
全国の特約書店および通販でお求めいただけます。
https://katarikoko.stores.jp/
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)大勢の人々がカメラを見つめている……。
この写真からまず感じとるのは、そのことだ。
かなり離れたところにいる人ですらカメラ目線で、
視線をそらしている人はほとんどいない。
しかもみな表情が険しいのである。
眉間に力を入れてカメラを凝視しているさまに、
いったいここで何が起きているのだろう、と考えずにはいられない。
こんなに人数が多いのに、その顔が重ならず、
それぞれの表情がはっきりとわかることも、異様である。
小高い丘の斜面がひな壇の役目をしているのだ。
若い女性が中心にいる。
ふっくらした頬の様子からすると、まだ十代のようだ。
彼女は毅然とした態度で最前列の真ん中に立っていて、
両側には人々がゆるやかな弧を描いて立っている。
全員が女性で、糾弾しているような厳しい顔つきが似ている。
もうひとつ、この写真に異様さを加えているのは、
中心の若い女性がカメラにむかって写真を掲げていることだ。
証明写真のような一葉で、口ひげを生やした男性が正面をむいてバストアップで写っている。
同じ写真を持っている人がもうひとりいて、
彼女の斜め後ろに立っている。
この人は男性で、顔つきが写真の人と似ているようだが、はっきりしない。
写真を持っているふたりは、この場で何が進行しているかを一番よくわかっている。
前列の女性たちも同様だろう。
磁場が最も強いのは彼らの周辺で、離れるにつれて薄まっていくが、
不思議なのは、やじ馬的な気分で眺めている人はひとりも見当たらないことだ。
全員が当事者意識をもってこの場に臨んでいるような、
尋常ならない緊張感が画面全体を覆っている。
その当事者意識の正体とは何なのか。それが謎である。
カメラが珍しくて吸い寄せられていくのは、よくあることだし、わかりやすい。
人々の好奇心と率直な行動ぶりはよき被写体となる。
ところが、ここにいる人々はカメラに引き寄せられているのではなく、
逆に引き寄せているのだ。
こっちを見ろ! この写真を写せ!
という意志が全員の視線にみなぎっていて、
その目力の強さにただならぬ気配を感じてしまう。
ふたりが写真を持たずに手ぶらで写っていれば、
まったく別の写真になっただろう。
表情が険しかったとしても、引き寄せているようには感じられず、
カメラは被写体に対して優位な状態を保ちつづけたはずだ。
その関係を逆転させたのは、ふたりが手にした写真だった。
持っていたのが絵でも人形でもこうはならない。
写真であるがゆえに、「見ろ!」という無言の意志が突きつけられたのだ。
放った矢が相手に刺さらず、自分のほうに引き返してくるような怖さがある。
写真と写真の一騎打ちの現場である。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
小川哲史『交錯する世界』より
●作家紹介
小川 哲史(おがわ・さとし)
1977年 埼玉県生まれ
2003年 グループ展[Communication ART Ⅳ「汐入 1994–2002」](Pepper’s Gallery)
2018年 個展「交錯する世界」(蒼穹舎)
2019年 個展「成都平原」(蒼穹舎)
2021年 写真集『交錯する世界 Crossing World of Bangladesh 2015–2019』発行
●写真集のお知らせ
小川哲史写真集『交錯する世界』蒼穹舍/2021年1月20日発行
モノクロ/A4変型/上製/400部
160ページ/写真点数:151点/装幀:加藤勝也
定価:4950円(税込み)
●新刊のお知らせ
大竹昭子さんがはじめた書籍レーベル<カタリココ文庫>から新刊『五感巡礼』がでました。日本経済新聞「プロムナード」の連載を再構成した随想録で、ひとつのエピソードが思わぬ方向に発展して五感を巡礼していきます。
全国の特約書店および通販でお求めいただけます。
https://katarikoko.stores.jp/
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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