<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第99回
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板で囲われた簡単な設えの湯治場である。
隙間から漏れ込む光から察するに、外がまだ明るい日中の時間だろう。
親子三人が壁際に設えられた腰掛けに座ってくつろいでいる。
足を伸ばして座っている母親はふくよかで大きく、
頼もしいということばがそのまま形になったような体形をしている。
その奥には幼い男の子がいて、洗面器がふたつ見える。
かなり幅のある腰掛けなのだ。
それが直角に曲がる角には、もう少し歳のいった子供が座っている。
手足がむっちりしていて、金太郎の腹掛が似合いそうだが、
からだの線から想像するに女の子ではないか。
足はまだ床に届かない。
落ち着いた静かな表情でちんまりと座っている。
男の子の丸い顔は正面にむけられ、わずかに首が傾いでいる。
まるではじめてカメラを向けられて、あれは何? と問うているような、
全神経がその問いに集まり、体の線になってほとばしり出ているような純粋さがある。
だが、女の子は自分にむけられたものが何なのかをわかっている。
それにむかって無言の視線を返すことが自分を守ることになるのを知っている。
母親にもかつてこの子供たちのように幼かった時期があったはずだが、
その姿がまったく想像できないほど、現在の姿はゆるぎなく彼女のものだ。
左腕の肘を曲げて上げているが、手首をよほど外側に曲げないとこの形にならないのが奇妙である。
この手はいったいなにをしようとしているところなのか?
上に伸びた親指の先が光っている。
それが開かれた唇と前屈みの首筋とあいまって、撮影者を諭しているようにも見えてしまう。
母親の姿がそのような現実的な連想をさせるのに対し、
子供たちは非現実的な永遠の時間のなかに佇んでいるように思える。
彼らの上体が母親のように動いていないこともあるだろう。
だが、それ以上に関係しているのは光の状態かもしれない。
母親には真上から光があたっている。
彼女の上空にある白く飛んだ不定形な光源が体にコントラストをつけている。
子供たちはそこから遠い。いや、距離はわずかしか離れていないのに、
彼らが置かれているのは像を結ぶのにぎりぎりのわずかな光りの中なのだ。
見えなかったものがようやく姿を現す瞬間を、
反対に、見えていたものが消え入る瞬間を感じさせる。
永遠に繰り返される現象が幼い子供の姿をとって立ち現れたかのようだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:「湯治場」秋田・孫六湯 1973年
写真:北井一夫 ©Kazuo Kitai
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
北井一夫 (きたい かずお)
1944年中国鞍山生まれ 1965年日本大学芸術学部写真学科中退、写真集『抵抗』(未来社)を出版。 成田空港建設に反対する農民を撮った『三里塚』(のら社)で日本写真協会新人賞受賞(1972年)。『アサヒカメラ』に連載した「村へ」で第1回木村伊兵衛賞受賞(1976年)。
写真集に『境川の人々』(浦安町・1978年)、『新世界物語』(現代書館・1981年)、『フナバシストーリー』(六興出版・1989年)、『1970年代 NIPPON』(冬青社・2001年)、『1990年代 北京』(冬青社・2004年)など。
●写真展のお知らせ
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展 写真家がカメラを持って旅に出た北井一夫「村へ、そして村へ」
開催期間 : 2021年4月1日(木)~2021年6月30日(水)
10:00~19:00 (最終日は16:00まで/入館は終了10分前まで) 会期中無休
会 場 : FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア) 写真歴史博物館
〒 107-0052 東京都港区赤坂9丁目7番3号(東京ミッドタウン・ウエスト)
TEL 03-6271-3350 URL http://fujifilmsquare.jp/
作品点数 :四切サイズ・約30点(予定)
入 館 料 :無料
※ 企業メセナとして実施しており、より多くの方に楽しんでいただくために入館無料にしております。
主 催 :富士フイルム株式会社
協 力 : 株式会社朝日新聞出版
企 画 : フォトクラシック
※ 写真展・イベントはやむを得ず、中止・変更させていただく場合がございます。予めご了承ください。
●新刊のお知らせ
大竹昭子さんがはじめた書籍レーベル<カタリココ文庫>から新刊『五感巡礼』がでました。
日本経済新聞「プロムナード」の連載を再構成した随想録で、ひとつのエピソードが思わぬ方向に発展して五感を巡礼していきます。
全国の特約書店および通販でお求めいただけます。
https://katarikoko.stores.jp/
●本日のお勧め作品は根岸文子です。
根岸文子 Fumiko NEGISHI
《jardin secreto DR》
2021年 絹にアクリル画
60x33cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「Tricolore 2021—根岸文子・宇田義久・釣光穂」(予約制/WEB展)を開催します。
会期=2021年4月2日(金)~4月17日(土)*日・月・祝日は休廊

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)板で囲われた簡単な設えの湯治場である。
隙間から漏れ込む光から察するに、外がまだ明るい日中の時間だろう。
親子三人が壁際に設えられた腰掛けに座ってくつろいでいる。
足を伸ばして座っている母親はふくよかで大きく、
頼もしいということばがそのまま形になったような体形をしている。
その奥には幼い男の子がいて、洗面器がふたつ見える。
かなり幅のある腰掛けなのだ。
それが直角に曲がる角には、もう少し歳のいった子供が座っている。
手足がむっちりしていて、金太郎の腹掛が似合いそうだが、
からだの線から想像するに女の子ではないか。
足はまだ床に届かない。
落ち着いた静かな表情でちんまりと座っている。
男の子の丸い顔は正面にむけられ、わずかに首が傾いでいる。
まるではじめてカメラを向けられて、あれは何? と問うているような、
全神経がその問いに集まり、体の線になってほとばしり出ているような純粋さがある。
だが、女の子は自分にむけられたものが何なのかをわかっている。
それにむかって無言の視線を返すことが自分を守ることになるのを知っている。
母親にもかつてこの子供たちのように幼かった時期があったはずだが、
その姿がまったく想像できないほど、現在の姿はゆるぎなく彼女のものだ。
左腕の肘を曲げて上げているが、手首をよほど外側に曲げないとこの形にならないのが奇妙である。
この手はいったいなにをしようとしているところなのか?
上に伸びた親指の先が光っている。
それが開かれた唇と前屈みの首筋とあいまって、撮影者を諭しているようにも見えてしまう。
母親の姿がそのような現実的な連想をさせるのに対し、
子供たちは非現実的な永遠の時間のなかに佇んでいるように思える。
彼らの上体が母親のように動いていないこともあるだろう。
だが、それ以上に関係しているのは光の状態かもしれない。
母親には真上から光があたっている。
彼女の上空にある白く飛んだ不定形な光源が体にコントラストをつけている。
子供たちはそこから遠い。いや、距離はわずかしか離れていないのに、
彼らが置かれているのは像を結ぶのにぎりぎりのわずかな光りの中なのだ。
見えなかったものがようやく姿を現す瞬間を、
反対に、見えていたものが消え入る瞬間を感じさせる。
永遠に繰り返される現象が幼い子供の姿をとって立ち現れたかのようだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:「湯治場」秋田・孫六湯 1973年
写真:北井一夫 ©Kazuo Kitai
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
北井一夫 (きたい かずお)
1944年中国鞍山生まれ 1965年日本大学芸術学部写真学科中退、写真集『抵抗』(未来社)を出版。 成田空港建設に反対する農民を撮った『三里塚』(のら社)で日本写真協会新人賞受賞(1972年)。『アサヒカメラ』に連載した「村へ」で第1回木村伊兵衛賞受賞(1976年)。
写真集に『境川の人々』(浦安町・1978年)、『新世界物語』(現代書館・1981年)、『フナバシストーリー』(六興出版・1989年)、『1970年代 NIPPON』(冬青社・2001年)、『1990年代 北京』(冬青社・2004年)など。
●写真展のお知らせ
フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展 写真家がカメラを持って旅に出た北井一夫「村へ、そして村へ」開催期間 : 2021年4月1日(木)~2021年6月30日(水)
10:00~19:00 (最終日は16:00まで/入館は終了10分前まで) 会期中無休
会 場 : FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア) 写真歴史博物館
〒 107-0052 東京都港区赤坂9丁目7番3号(東京ミッドタウン・ウエスト)
TEL 03-6271-3350 URL http://fujifilmsquare.jp/
作品点数 :四切サイズ・約30点(予定)
入 館 料 :無料
※ 企業メセナとして実施しており、より多くの方に楽しんでいただくために入館無料にしております。
主 催 :富士フイルム株式会社
協 力 : 株式会社朝日新聞出版
企 画 : フォトクラシック
※ 写真展・イベントはやむを得ず、中止・変更させていただく場合がございます。予めご了承ください。
●新刊のお知らせ
大竹昭子さんがはじめた書籍レーベル<カタリココ文庫>から新刊『五感巡礼』がでました。日本経済新聞「プロムナード」の連載を再構成した随想録で、ひとつのエピソードが思わぬ方向に発展して五感を巡礼していきます。
全国の特約書店および通販でお求めいただけます。
https://katarikoko.stores.jp/
●本日のお勧め作品は根岸文子です。
根岸文子 Fumiko NEGISHI《jardin secreto DR》
2021年 絹にアクリル画
60x33cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「Tricolore 2021—根岸文子・宇田義久・釣光穂」(予約制/WEB展)を開催します。
会期=2021年4月2日(金)~4月17日(土)*日・月・祝日は休廊

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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