柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第26回
光と音
本というものは、・・・「静物」です。文字と絵によって導かれる無限の宇宙が広がっていても・・・それは、読者の意識の中に展開されるものでしょう。本というオブジェが、現実の空間に向けて自ら何かを発することは、殆どありません。
・・・もちろん、例外もあります。子供向けの「音のでる」絵本は、かなりの種類が出回っていて、中には光を発するものもあるようです。LSIとLEDといった近年のテクノロジーが量産によって廉価になったから可能になったそれらは、アナログな本の世界とデジタル・テクノロジーの融合の産物なのでしょう。
一方、もっとアナログな手法で音と光を発する書物も、愛書家向けの本、美術愛好家向けの本の中に見つけ出すことができます。今回は私の手元にある、音、あるいは、光を発する本について書かせていただきます。
『流線形物語』
最初の一冊は、手にとり、傾けたり、振ったりすると「ザザザ~」と音を出す書物です。
美術書ではなく、愛書家向けの限定本、『流線形物語』です。愛書家であり、文芸研究家であり、ライカクラブのメンバーであり、鉄道マニアであった佐々木桔梗氏の主宰した、昭和を代表する限定本の出版社、プレス・ビブリオマーヌが、1974年に限定出版したものです。
内容は満鉄の亜細亜号など、1930年代に流行した流線形の機関車、鉄道を文学作品と併せて紹介したもので、鉄道と文芸の双方に精通する桔梗さんならではの論考です。
この時期の「プレス本」は、1つの出版で何種類かの装丁が用意されるのが常でしたが、「流線形物語」も、紙表紙、クロス装丁、そして総革装の3種類が出されました。その中の白革で覆われた総革本(限定53部)が「音のでる本」でした。
音の源は、革表紙の中に仕込まれた、ボールベアリング。それが動くことで、桔梗さんの紹介文を借りれば『「急行列車の走行音」、「蒸気機関車のジャジャポッポ」の音』を奏でる仕掛けになっているわけです。
伝統的な手漉き和紙や草木染めなども多様すると同時に、アクリルを使った本ケースを採用するなど新しさも積極的に取り入れたプレス・ビブリオマーヌ。音のでる本は、桔梗さんが「長い年月温め続けてきたプラン」だったとのことです。
ヤコブ・アガムの作品集



手元にはもう一冊の音を出す本があります。28×30㎝、厚さが8㎝と大きめで、重さもある美術書で、こちらも持ち上げて傾けたり、表紙を開くと「カチ」と音を発します。
イスラエルの画家、彫刻家、ヤコブ・アガムの作品集。ニューヨークのエブラムスが1975年に刊行したものの特装版で、限定245部、アガムの直筆サインとナンバーも入っています。
アガムは、画面を波状(三角波?)にしたり、あるいは、レンチキュラーを使ったりして、方向によって見えるイメージが変わる絵画で特に知られていますが、この本の表紙も、やはりイメージが変わる「作品」になっているのです。
樹脂の板にシルクスクリーンで刷られたものですが、三層構造で、二層目の樹脂板が左右にスライドします。その動きによって、正面に見えるイメージが三様に変化するわけです。その際に発する、「カシャ」という音をアガムが意図したかは判りませんが、少なくとも私にはとても魅力的です。
動きと音で楽しませてくれるアガムの作品集ですが、光を発してはくれません・・・手元に一冊だけ「光を発する本」があります。
杉本博司氏の『THEATERS』


『海景』や『劇場』などで知られる、杉本博司氏の作品集、2000年にロンドンで出版されました『THEATERS』です。氏の代表シリーズで世界各地の映画館の内部を、スクリーンに上映されている映画の反射光だけで捉えた写真作品、『劇場』シリーズの作品集です。計114作品を1頁に1枚づつ印刷した、贅沢なつくりになっています。
一方、外観、装丁のほうは、一見は普通のハードカバーです。しかし、本を暗い空間へ持って行くと・・・全体が薄青緑色の光を発するオブジェへと変貌するのです。・・・はい、表紙・背・裏表紙に、蛍光塗料が塗られているのです。
この装丁デザインが、杉本氏自身のアイデアなのか、あるいはデザイナーのアイデアなのかは、調べてみたのですが判りませんでした。ただ、2005年に森美術館で開かれた杉本博司展の際には、この光る本を壁面に複数冊並べ、室内の照明を付けたり消したりして、表紙から発する光を見せる展示室があった様にも記憶しています。そのことから考えると、この光を発する装丁を、杉本氏は気に入っていたことは確かでしょう。
どちらにしろ、一本の映画を上映し、その最初から最後までのあいだカメラのシャッターを開いておく手法で撮影された、つまり、一本の映画の中の光をすべて吸収したとも見なせる、「劇場」の作品を纏めた本が、光を発するのは、ごく当たり前のことでしょう。
今回紹介した3冊の本、音や光を発するといっても、主張はひっそりとしたものです。アナログ文化の代表ともいえる、書物には、地味さが似合うのでは?
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品は渡辺貴子です。
渡辺貴子 Takako WATANABE
《遠いところⅠ》
2013年 ひもづくり
H43.0×W35.0×D20.0㎝ サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」全6回の連載が完結しました。
塩見允枝子先生には昨秋11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。4月28日ブログには第6回目となる特別頒布作品を掲載しました。フルクサスの稀少作品をぜひこの機会にコレクションしてください。
●中国の上海と広東省仏山市で安藤忠雄展
上海の復星芸術センター(Fosun Foundation)で「安藤忠雄:挑戦」が6月6日まで、広東省仏山市の安藤忠雄設計による和美術館(He Art Museum)で「BEYOND:ANDO TADAO and ART」が8月1日まで開催中です。4月26日ブログでスタッフSが二つの安藤展を紹介しています。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
光と音
本というものは、・・・「静物」です。文字と絵によって導かれる無限の宇宙が広がっていても・・・それは、読者の意識の中に展開されるものでしょう。本というオブジェが、現実の空間に向けて自ら何かを発することは、殆どありません。
・・・もちろん、例外もあります。子供向けの「音のでる」絵本は、かなりの種類が出回っていて、中には光を発するものもあるようです。LSIとLEDといった近年のテクノロジーが量産によって廉価になったから可能になったそれらは、アナログな本の世界とデジタル・テクノロジーの融合の産物なのでしょう。
一方、もっとアナログな手法で音と光を発する書物も、愛書家向けの本、美術愛好家向けの本の中に見つけ出すことができます。今回は私の手元にある、音、あるいは、光を発する本について書かせていただきます。
『流線形物語』最初の一冊は、手にとり、傾けたり、振ったりすると「ザザザ~」と音を出す書物です。
美術書ではなく、愛書家向けの限定本、『流線形物語』です。愛書家であり、文芸研究家であり、ライカクラブのメンバーであり、鉄道マニアであった佐々木桔梗氏の主宰した、昭和を代表する限定本の出版社、プレス・ビブリオマーヌが、1974年に限定出版したものです。
内容は満鉄の亜細亜号など、1930年代に流行した流線形の機関車、鉄道を文学作品と併せて紹介したもので、鉄道と文芸の双方に精通する桔梗さんならではの論考です。
この時期の「プレス本」は、1つの出版で何種類かの装丁が用意されるのが常でしたが、「流線形物語」も、紙表紙、クロス装丁、そして総革装の3種類が出されました。その中の白革で覆われた総革本(限定53部)が「音のでる本」でした。
音の源は、革表紙の中に仕込まれた、ボールベアリング。それが動くことで、桔梗さんの紹介文を借りれば『「急行列車の走行音」、「蒸気機関車のジャジャポッポ」の音』を奏でる仕掛けになっているわけです。
伝統的な手漉き和紙や草木染めなども多様すると同時に、アクリルを使った本ケースを採用するなど新しさも積極的に取り入れたプレス・ビブリオマーヌ。音のでる本は、桔梗さんが「長い年月温め続けてきたプラン」だったとのことです。
ヤコブ・アガムの作品集


手元にはもう一冊の音を出す本があります。28×30㎝、厚さが8㎝と大きめで、重さもある美術書で、こちらも持ち上げて傾けたり、表紙を開くと「カチ」と音を発します。
イスラエルの画家、彫刻家、ヤコブ・アガムの作品集。ニューヨークのエブラムスが1975年に刊行したものの特装版で、限定245部、アガムの直筆サインとナンバーも入っています。
アガムは、画面を波状(三角波?)にしたり、あるいは、レンチキュラーを使ったりして、方向によって見えるイメージが変わる絵画で特に知られていますが、この本の表紙も、やはりイメージが変わる「作品」になっているのです。
樹脂の板にシルクスクリーンで刷られたものですが、三層構造で、二層目の樹脂板が左右にスライドします。その動きによって、正面に見えるイメージが三様に変化するわけです。その際に発する、「カシャ」という音をアガムが意図したかは判りませんが、少なくとも私にはとても魅力的です。
動きと音で楽しませてくれるアガムの作品集ですが、光を発してはくれません・・・手元に一冊だけ「光を発する本」があります。
杉本博司氏の『THEATERS』

『海景』や『劇場』などで知られる、杉本博司氏の作品集、2000年にロンドンで出版されました『THEATERS』です。氏の代表シリーズで世界各地の映画館の内部を、スクリーンに上映されている映画の反射光だけで捉えた写真作品、『劇場』シリーズの作品集です。計114作品を1頁に1枚づつ印刷した、贅沢なつくりになっています。
一方、外観、装丁のほうは、一見は普通のハードカバーです。しかし、本を暗い空間へ持って行くと・・・全体が薄青緑色の光を発するオブジェへと変貌するのです。・・・はい、表紙・背・裏表紙に、蛍光塗料が塗られているのです。
この装丁デザインが、杉本氏自身のアイデアなのか、あるいはデザイナーのアイデアなのかは、調べてみたのですが判りませんでした。ただ、2005年に森美術館で開かれた杉本博司展の際には、この光る本を壁面に複数冊並べ、室内の照明を付けたり消したりして、表紙から発する光を見せる展示室があった様にも記憶しています。そのことから考えると、この光を発する装丁を、杉本氏は気に入っていたことは確かでしょう。
どちらにしろ、一本の映画を上映し、その最初から最後までのあいだカメラのシャッターを開いておく手法で撮影された、つまり、一本の映画の中の光をすべて吸収したとも見なせる、「劇場」の作品を纏めた本が、光を発するのは、ごく当たり前のことでしょう。
今回紹介した3冊の本、音や光を発するといっても、主張はひっそりとしたものです。アナログ文化の代表ともいえる、書物には、地味さが似合うのでは?
(やなぎ まさひこ)
■柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。
●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。
●本日のお勧め作品は渡辺貴子です。
渡辺貴子 Takako WATANABE《遠いところⅠ》
2013年 ひもづくり
H43.0×W35.0×D20.0㎝ サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」全6回の連載が完結しました。
塩見允枝子先生には昨秋11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。4月28日ブログには第6回目となる特別頒布作品を掲載しました。フルクサスの稀少作品をぜひこの機会にコレクションしてください。●中国の上海と広東省仏山市で安藤忠雄展
上海の復星芸術センター(Fosun Foundation)で「安藤忠雄:挑戦」が6月6日まで、広東省仏山市の安藤忠雄設計による和美術館(He Art Museum)で「BEYOND:ANDO TADAO and ART」が8月1日まで開催中です。4月26日ブログでスタッフSが二つの安藤展を紹介しています。●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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