<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第103回
(画像をクリックすると拡大します)
レンジ台にようやく手が届くくらいの背丈の少女がフライパンを覗きこんでいる。
目玉焼きがいい具合に出来上がっているところだ。
少女の眼差しはとろんとしている。
いい匂いがすると、どういうわけか瞼も目尻も下がってくる。
視覚を遮断して匂いを強く感じようとする本能的な反応だろうか。
代わりにいつもはひっこんでいる舌が出てきたが、これは味覚への期待かもしれない。
ガスレンジは一目で外国製品とわかる立派なものである。
コンロのツマミのデザイン、五徳の中心が平らなところ、コンロ全体がはめ込み式のところ、レンジの角がアール型になっているところなど、日本製とはちがう仕様だ。
左奥からライトが照らし、空間全体がまばゆいばかりに輝いて、1950年代のアメリカン・キッチンという感じがありありとしている。
少女はフライパンの柄を支えながら、反対の手に持っているものを目玉焼きに伸ばそうとしているが、
その道具がなにかがよくわからない。
こういうときはフライ返しを使うのがふつうだが、それとは似ても似つかないへらのような道具で、これで目玉焼きを皿に移せるのだろうかと心配になる。
もうひとつ奇妙なのは、少女がレンジと壁のあいだの隙間に立っていることだ。
このスペースが謎である。
奥のコンロと壁とのあいだに、彼女が立っている空間の横の部分が写っている。
壁にはレンジ台の高さに沿って黒いラインが付いていて、
そのラインから下の壁の色が少し濃い。
なにかが反射した影のようなものも見えるし、
そんなはずはないのにガラスが嵌まっているようにも思えてしまう。
少女はその限られたスペースに立って両手を振り上げて張り切っている。
肩の位置より高くあがっている手の動きはフリルのついた袖に強調されているが、
胸から下の部分はわずかな影がタイルに映っているのみで、
どうなっているかわからない。
目に見えている部分、つまり大きなコック帽と、剽軽な表情と、肘をはった二の腕と、目玉焼きの入った目の前のフライパンの印象が非常に強いがゆえに、
まるでガスレンジと彼女が一体になっているかのように錯覚してしまう。
もしかしてこの少女はコックさんの姿をした人形なのではないか。
ボタンをひと押しすると謎の隙間からぴょこんと飛び出して、
ちゃかちゃかと目玉焼きをつくりはじめる。
その目玉焼きは匂いはしないし、煙も立たないが、
動いているうちに彼女の表情は変わり、眼はとろんとし舌も出てくる。
作るものはいつも目玉焼きである。
色といい、形といい、ヴィジュアル的によく映えるので、
コック帽と言えば目玉焼きで、ふたつはセットになっている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
細江英公《目玉焼き》 1952年 ©Eikoh Hosoe
ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
細江英公 Eikoh HOSOE
写真家。清里フォトアートミュージアム館長。1933年山形県生まれ。本名・敏廣。18歳のときに[富士フォトコンテスト学生の部]で最高賞を受賞し、写真家を志す。52年東京写真短期大学(現東京工芸大学)入学。デモクラート美術家協会の瑛九と出会い強い影響を受ける。54年卒業。56年小西六ギャラリーで初個展。63年三島由紀夫をモデルに撮った[薔薇刑]で評価を確立し、70年[鎌鼬(かまいたち)]で芸術選奨文部大臣賞受賞。
[薔薇刑][鎌鼬][抱擁][おとこと女]などの写真集は今や稀覯本です。瑛九の周辺に集まった画家たちの中では最年少だった細江先生ですが、98年紫綬褒章、2003年には英国王立写真協会創立百五十周年記念特別賞を受賞、2010年には文化功労者として顕彰されるなど、国内外において高い評価を獲得しています。功なり名を遂げても一ケ所に安住することなく、時代の先端をカメラを通して見つめ、謙虚で若い才能を愛する姿勢は一貫しています。
●写真展のお知らせ

『細江英公の写真:暗箱のなかの劇場』
会期:2021年7月17日(土)~12月5日(日)
休館日:毎週火曜日(7月17日~8月31日は無休)
会場:清里フォトアートミュージアム
山梨県北杜市高根町清里3545-1222
TEL:0551-48-5599 info@kmopa.com
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
入館料:一般 400円、学生 200円、高校生以下 無料 *開館25周年記念割引
家族割引 1,200円(3名~6名様まで)
会期中の入館無料デー(どなたでも無料でご入館いただけます)
●11月8日(月)八ヶ岳の日
●11月20日(土)山梨県民の日
<交通のご案内>
車にて:中央自動車道須玉I.C.または長坂I.C.より車で約20分
JR:中央本線小淵沢駅にて小海線乗り換え 清里駅下車、車で約10分
<展示風景>
半世紀余にわたり、独自の美学を展開し、国際的に高い評価を得て来た細江英公の代表作およびデビュー作から近作、映像作品まで約160点を展示。(プレスリリースより)


写真提供:清里フォトアートミュージアム
『新・副館長・瀬戸正人によるギャラリー・トーク』
2021年、清里フォトアートミュージアムは写真家・瀬戸正人を副館長に迎えました。
来る9月、就任後初のギャラリー・トークを開催します。
細江英公の代表作「薔薇刑」の撮影アシスタントを写真家の森山大道氏がつとめられたことは有名ですが、その森山氏から大きな影響を受けた瀬戸は、細江の“孫弟子”にあたる、ともいえましょう。当日は、細江作品の魅力、写真鑑賞の楽しみ方など、当館の企画担当、山地学芸員とともに語ります。
■■■瀬戸正人副館長によるギャラリー・トーク■■■ *参加費無料
「細江英公の写真:暗箱のなかの劇場」を愉しむ
瀬戸正人(写真家 / 当館副館長)×山地裕子(学芸員)
●2021年8月28日(土) 9月25日(土)13:00~14:00
●当日は、入館料、トーク参加費ともに無料
※「山梨県新型コロナウイルス感染拡大防止への協力要請及びまん延防止等重点措置」により、イベントを9月25日(土)に延期し、ご予約制(定員30名程度)に変更させていただきます。詳しくは清里フォトアートミュージアムにお問い合わせくださいませ。
~~~~~~~~~~~~~~~
●本日のお勧め作品は熊谷守一です。
熊谷守一 KUMAGAI Morikazu
《富士山》
※原作1956年作
2013年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
18版18色23度刷り
イメージサイズ:23.7×33.0cm
シートサイズ:32.2×42.0cm
Ed.80 印あり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「夏休み こども図書室 熊谷守一・五味太郎の絵本と版画展」開催中

会期=2021年7月30日(金)~8月14日(土)
※日・月・祝休
※予約制=観覧をご希望の方は事前にメールまたは電話にてご予約ください。
子どもから大人まで観て、読んで楽しめる夏休み企画です。
熊谷守一と五味太郎の版画27点とたくさんの絵本、冷たいお茶を用意してお待ちしています。
出品作品の詳細は7月25日ブログに掲載しました。

(画像をクリックすると拡大します)レンジ台にようやく手が届くくらいの背丈の少女がフライパンを覗きこんでいる。
目玉焼きがいい具合に出来上がっているところだ。
少女の眼差しはとろんとしている。
いい匂いがすると、どういうわけか瞼も目尻も下がってくる。
視覚を遮断して匂いを強く感じようとする本能的な反応だろうか。
代わりにいつもはひっこんでいる舌が出てきたが、これは味覚への期待かもしれない。
ガスレンジは一目で外国製品とわかる立派なものである。
コンロのツマミのデザイン、五徳の中心が平らなところ、コンロ全体がはめ込み式のところ、レンジの角がアール型になっているところなど、日本製とはちがう仕様だ。
左奥からライトが照らし、空間全体がまばゆいばかりに輝いて、1950年代のアメリカン・キッチンという感じがありありとしている。
少女はフライパンの柄を支えながら、反対の手に持っているものを目玉焼きに伸ばそうとしているが、
その道具がなにかがよくわからない。
こういうときはフライ返しを使うのがふつうだが、それとは似ても似つかないへらのような道具で、これで目玉焼きを皿に移せるのだろうかと心配になる。
もうひとつ奇妙なのは、少女がレンジと壁のあいだの隙間に立っていることだ。
このスペースが謎である。
奥のコンロと壁とのあいだに、彼女が立っている空間の横の部分が写っている。
壁にはレンジ台の高さに沿って黒いラインが付いていて、
そのラインから下の壁の色が少し濃い。
なにかが反射した影のようなものも見えるし、
そんなはずはないのにガラスが嵌まっているようにも思えてしまう。
少女はその限られたスペースに立って両手を振り上げて張り切っている。
肩の位置より高くあがっている手の動きはフリルのついた袖に強調されているが、
胸から下の部分はわずかな影がタイルに映っているのみで、
どうなっているかわからない。
目に見えている部分、つまり大きなコック帽と、剽軽な表情と、肘をはった二の腕と、目玉焼きの入った目の前のフライパンの印象が非常に強いがゆえに、
まるでガスレンジと彼女が一体になっているかのように錯覚してしまう。
もしかしてこの少女はコックさんの姿をした人形なのではないか。
ボタンをひと押しすると謎の隙間からぴょこんと飛び出して、
ちゃかちゃかと目玉焼きをつくりはじめる。
その目玉焼きは匂いはしないし、煙も立たないが、
動いているうちに彼女の表情は変わり、眼はとろんとし舌も出てくる。
作るものはいつも目玉焼きである。
色といい、形といい、ヴィジュアル的によく映えるので、
コック帽と言えば目玉焼きで、ふたつはセットになっている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
細江英公《目玉焼き》 1952年 ©Eikoh Hosoe
ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
細江英公 Eikoh HOSOE
写真家。清里フォトアートミュージアム館長。1933年山形県生まれ。本名・敏廣。18歳のときに[富士フォトコンテスト学生の部]で最高賞を受賞し、写真家を志す。52年東京写真短期大学(現東京工芸大学)入学。デモクラート美術家協会の瑛九と出会い強い影響を受ける。54年卒業。56年小西六ギャラリーで初個展。63年三島由紀夫をモデルに撮った[薔薇刑]で評価を確立し、70年[鎌鼬(かまいたち)]で芸術選奨文部大臣賞受賞。
[薔薇刑][鎌鼬][抱擁][おとこと女]などの写真集は今や稀覯本です。瑛九の周辺に集まった画家たちの中では最年少だった細江先生ですが、98年紫綬褒章、2003年には英国王立写真協会創立百五十周年記念特別賞を受賞、2010年には文化功労者として顕彰されるなど、国内外において高い評価を獲得しています。功なり名を遂げても一ケ所に安住することなく、時代の先端をカメラを通して見つめ、謙虚で若い才能を愛する姿勢は一貫しています。
●写真展のお知らせ

『細江英公の写真:暗箱のなかの劇場』会期:2021年7月17日(土)~12月5日(日)
休館日:毎週火曜日(7月17日~8月31日は無休)
会場:清里フォトアートミュージアム
山梨県北杜市高根町清里3545-1222
TEL:0551-48-5599 info@kmopa.com
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
入館料:一般 400円、学生 200円、高校生以下 無料 *開館25周年記念割引
家族割引 1,200円(3名~6名様まで)
会期中の入館無料デー(どなたでも無料でご入館いただけます)
●11月8日(月)八ヶ岳の日
●11月20日(土)山梨県民の日
<交通のご案内>
車にて:中央自動車道須玉I.C.または長坂I.C.より車で約20分
JR:中央本線小淵沢駅にて小海線乗り換え 清里駅下車、車で約10分
<展示風景>
半世紀余にわたり、独自の美学を展開し、国際的に高い評価を得て来た細江英公の代表作およびデビュー作から近作、映像作品まで約160点を展示。(プレスリリースより)

写真提供:清里フォトアートミュージアム『新・副館長・瀬戸正人によるギャラリー・トーク』
2021年、清里フォトアートミュージアムは写真家・瀬戸正人を副館長に迎えました。
来る9月、就任後初のギャラリー・トークを開催します。
細江英公の代表作「薔薇刑」の撮影アシスタントを写真家の森山大道氏がつとめられたことは有名ですが、その森山氏から大きな影響を受けた瀬戸は、細江の“孫弟子”にあたる、ともいえましょう。当日は、細江作品の魅力、写真鑑賞の楽しみ方など、当館の企画担当、山地学芸員とともに語ります。
■■■瀬戸正人副館長によるギャラリー・トーク■■■ *参加費無料
「細江英公の写真:暗箱のなかの劇場」を愉しむ
瀬戸正人(写真家 / 当館副館長)×山地裕子(学芸員)
●2021年
●当日は、入館料、トーク参加費ともに無料
※「山梨県新型コロナウイルス感染拡大防止への協力要請及びまん延防止等重点措置」により、イベントを9月25日(土)に延期し、ご予約制(定員30名程度)に変更させていただきます。詳しくは清里フォトアートミュージアムにお問い合わせくださいませ。
~~~~~~~~~~~~~~~
●本日のお勧め作品は熊谷守一です。
熊谷守一 KUMAGAI Morikazu《富士山》
※原作1956年作
2013年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
18版18色23度刷り
イメージサイズ:23.7×33.0cm
シートサイズ:32.2×42.0cm
Ed.80 印あり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆「夏休み こども図書室 熊谷守一・五味太郎の絵本と版画展」開催中

会期=2021年7月30日(金)~8月14日(土)
※日・月・祝休
※予約制=観覧をご希望の方は事前にメールまたは電話にてご予約ください。
子どもから大人まで観て、読んで楽しめる夏休み企画です。
熊谷守一と五味太郎の版画27点とたくさんの絵本、冷たいお茶を用意してお待ちしています。
出品作品の詳細は7月25日ブログに掲載しました。

コメント