<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第105回

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マンドリンを手にしたふたりの男が、ビルの入口に坐り込んでいる男に歌を歌ってきかせている。
ふたりは外国人で、おそらくスペインあたりから来ているのだろう。
女子のブルマーみたいに膨らんだ短いズボンとタイツを履き、足元はヒールのある革靴。
上半身には白いワイシャツとV字形の装飾がついた光沢のある上着をまとっている。

ステップに坐っている男はひげ面で、胸のところに縫い取りのある前開きのジャケットを着ている。
縫い取りの文字はSHIMAまでは読めるが、その先は布にしわが寄って不明で、最後はYAで終わっている。
「SHIMAなんとかYA」で働いている従業員だろうか。
そうではないような気がする。
胸のところが汚れているし、前のチャックも下半分が開いて壊れている。
どこかで拾ったのかもしれない。

男の横には缶入りの飲み物と紙コップがあるが、飲み物の中身は酒類だ。
缶に「お酒」の文字が読める。

彼は上機嫌だ。
酒が入ってほろ酔い加減のところに、マンドリンの男たちが寄ってきて歌いかけたのだ。
両目をつむり、口を開けて、眉間に気持ちを集中させている。
「うー、たまんねー!」
と吹き出しをつけたくなるような、聴いているというより、味わっているような表情だ。

マンドリンの男たちはスペイン料理店にやとわれている専属の演奏者だろう。
彼らは客席のあいだを縫ってマンドリンをかき鳴らし、歌いかける。
聴く人もいるが、このひげ面の彼のように、全身で演奏を浴びて「たまんねー」という顔をする人はめったにいない。
聞かせ甲斐のある相手なのだ。

ふたりは休憩時間になると、店を出て外で一服するのが習いなのだろう。
右の男は弦をつまびく指にたばこを挟んでいる。
もう一方の男も小指と薬指にあいだになにか挟んでいるな、
と思ってよく見ると、これも灰になりかかった短いたばこだ。

この日もいつものように上がってくると、ステップの端に男が坐っていた。
ちょっとからかってみたくなり、男に近づいて歌いかけたところ、
いやにノリがよくて、つい調子づいて歌いつづけてしまった。

ひげ男はうれしそうだが、心から伸び伸びとくつろいでいるとは言いがたい。
体の大きな男たちに両側から挟み撃ちされ、身動きがとれないのだ。
マッサージを受けている患者の表情に似ていなくもない。
あ、そこ、痛いけど気持ちいい!

背後はタイルや煉瓦があしらわれた年季の入ったビルだ。
ひげ男が坐るステップにはタイルの剥落や割れを修復した跡が見える。
だが、このビルで気になるのはそこではなくて、ビルの壁に貼り付けられている表示である。

「危険物」という文字が並んでいる。
その横には「危険」ではじまり、「貯蔵所」で終わる三文字があり、
その下には地の色が赤と思われる大きな「禁」の文字が見える。
左側の壁には紡錘形のものが下がったメーターが付いている。

どうやら、ここは危険物を貯蔵する場所のようだ。

これらの状況をじっくりと観察してから、マンドリンの男たちに目を向けると、
話の筋書きがさっき思い描いたものとちがってくる。
彼らはひげ面の男を誘っているのだ。
魅力と危険が相半ばした即答しづらい誘惑でひげ男をイタ気持ちよくさせている。

ねえ、どうだい、いい話だろ? 

甘い囁きが生あたたかい息とともにひげ男の頭に降りつづける。
天国と地獄の両方を想像して彼の眉間はますます硬くなっていく……。

大竹昭子(おおたけあきこ)

●作品情報
『新宿迷子』(版元:禅フォトギャラリー)より

●作家紹介
梁 丞佑(ヤン スンウー) 
1996年 来日
2000年日本写真芸術専門学校卒業のち、2004年東京工芸大学 芸術学部 写真学科卒業
2006年同大 大学院 芸術学研究科メディアアート写真領域博士前期課程修了
2016年出版の「新宿迷子」で第36回 土門拳賞受賞
ドキュメンタリー写真、スナップ写真をメインに作品を制作し定期的に発表
近著に「The Last Cabaret」〈Zen Foto Gallery〉などがある

●写真集のお知らせ
bZNXTbmP_6Ak0ZB梁丞佑「新宿迷子」
判型:297 x 210 mm
頁数:147頁
製本:ソフトカバー
発行日:2016 (1st), 2017 (2nd)
言語:英語、日本語
価格:5,093円(税込)


●展覧会のお知らせ
t3image
「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2021」
会 期:2021年10月22日(金)~31日(日)
会 場:東京駅及び東京駅の東側に広がるエリア「Tokyo YNK」(トウキョウインク=八重洲・日本橋・京橋)9か所
入 場:無料
主 催:一般社団法人TOKYO INSTITUTE of PHOTOGRAPHY
共 催:T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO実行委員会
主 管:株式会社シー・エム・エス
URL:https://t3photo.tokyo/
※梁丞佑さんが招待作家として参加されています。

◎梁丞佑と大竹昭子のオンライントークショーがおこなわれます

10月28日(木)梁丞佑(写真家)× 大竹昭子(文筆家)
時間:19:00-20:30
会場:オンライン会議システムのZoomを利用
参加費:無料
*詳細は後日https://t3photo.tokyo
に掲載されます。
そちらをご確認ください。

●お知らせ
大竹昭子の<カタリココ文庫>シリーズから新刊がでました。
ふたりの対談に1枚の写真を元にそれぞれが書き下ろした掌篇が付いています。
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対談と掌篇『 噓がつけない人』
著者 小山田浩子、大竹昭子
発売日 2021年10月10日
判型 文庫版(w105×h148mm)、並製、カバー無し
頁数 88ページ  
定価 990円(税込価格)
発行所 カタリココ文庫
ご購入は、https://katarikoko.stores.jp


●この秋はじまる新連載はじめ執筆者の皆さんを9月4日のブログでご紹介しました

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
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