小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第60回
〇月〇日
鹿島茂さんの『神田神保町書肆街考』がちくま文庫になった。もともとが4,000円以上した本で、大作。文庫になってもかなりの重量感で、お値段も税込2,200円の一冊だ。高いといえば高いと言えるが、持ち運びできる大きさでこの大作が読めるとなれば、本好きにとってはお得な一冊だともいえる。

世界にも類を見ない「神田神保町」の古書店街としての歴史に収まらず、学生街としての顔、中華街としての顔、そして戦後のスポーツ街として顔など、神保町そのものの歴史を語る本になっている。一ページ読めば、新しい発見がいくつもあるような本だが、文庫版になって何が嬉しいといえば、文庫版のあとがきが追加されていることだ。
この本の中で、古本屋、出版界の歴史が紐解かれているのを読むと、明治以降の黎明期では、古書も新刊も、そして出版も渾然一体だったことがわかる。そこからどんどんと枝分かれし、あるものは古書の世界を極め、あるものは新刊、出版、取次と、それぞれの商売が選択され現在の形になっていく。
しかし後書きにはさらに時代の最先端を行く本に関する取組みについてが書かれている。つまり著者である鹿島茂本人が手がける「PASSAGE by ALL REVIEWS」という本屋のことだ。すでにご存知の方もたくさんおられると思うが、この本屋さんは神保町にある「棚貸し方式(一棚ごとに棚主=店主がいる)」の本屋だ。言ってみれば「長屋」のように様々な人が集まって本屋を作るという、ある意味書店にとっては夢のような世界。自分もそれこそ書店で働きはじめた20年前から「こんな本屋があったら素敵だろうなぁ」と夢想していた形だ。それを鹿島茂は作ってしまったわけだ。しかも、神保町に。
もともとALL REVIEWSは、書かれたままになってしまいがちな書評というメディアを掘り起こし、もう一度読める場を与えることで、書評のみならず本そのものの鮮度を蘇らせようという取り組みで、今日出た新刊も100年前の本も「出会った時が買い時」という、忘れられがちだが、一番重要な本の商品特性を知り尽くしている取組みである。ALL REVIEWSが発足した時には、Amazonがロングテールと言われるものにスポットライトを与えたのと同じくらい、出版にとって重要だと思った。そのALL REVIEWSが作る本屋。しかも、棚主は書評家や作家や翻訳家も多く、自分の蔵書を並べている。それこそ、ファンビジネスの要素も取り込んだ、本を次世代に繋ぐ本屋といっていいだろう。
文庫版後書きには、その本屋の誕生の背景が書かれている。全文引用したいくらいの、古本屋、本屋、出版界志望者は全員読んだ方がいい文章なのだが、それは流石にまずいので、ここだけは引用したい。
「《なら、自分で本屋(古本屋)さんになっちゃえばいいじゃん!》
ところで、よく考えると、一般の読者、すなわち、本を買う側の人たちにとっても、悩みや嘆きは同じではないでしょうか?すなわち、自分が買いたくなるような本が新刊書店には並べられていないし、いざ不要になった本を処分しようとするとリアル古本屋では買い叩かれるし、ネットオークションは手数料が高すぎる。
ひとことでいえば、世の中の大半を占める一般読者の抱えている問題もまた同じであり、その問題に対しては、やはりこれしかないのです。
《なら、自分で本屋(古本屋)さんになっちゃえばいいじゃん!》」
買い叩くと言われている古本屋については、いろいろ言い分もあるのだけれど、それは置いておくとして、この「全員が古本屋になる世界」というのは、確実に訪れている未来ではある。というか、我々がかつての世代の、『神田神保町書肆街考』に出てくるような古本屋と大きく異なっているのが、この「一億総古本屋」といえる未来と闘わなくてはいけないという点だと常々考えている。しかし、同時に、矛盾ではなく、古本屋としてやるべきこと、やれることは、昔も今もあまり大きく変わっていないとも思う。
変わったことは、古本屋にとって最も大事であり、資産であった「本がいくらで売れるか、売れそうか」そうして「いくらで仕入れるべきか」という相場観の絶対的地位が揺らいだ、とうことだ。言ってみれば「古本屋になろう」と思ったら、値付けについてはいくらでも調べる手段がある。それは現時点での時価のようなものであるかもしれないが、とりあえず誰にだってスマホさえあれば今の相場は調べることができる。そのような世界では、それこそ反町茂雄が苦労して作り上げたような教育システム(どういうものかは本書をお読みください)の価値は、全く役に立たないとはいえないが、相当に色褪せる。では、この誰でも「値付けができる」=「相場を知ることができる」世の中で、変わらないものはなんなのか?それは、時価に踊らされない相場観=信念のようなものなのかもしれない。それこそが、プロであるためのささやかなプライドなのだ。問題は、それをどうやってもつけるのか?それは長い長い「修行」でしかないのだろうな、と思う。
『神田神保町書肆街考』で語られてきた歴史の最後に、「一億総古本屋」の未来を垣間見せる本書、さすがとしか言うことはない。ぜひ読んでみてください!
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は新春1月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
~~~~~~~~~~~~~~
*画廊亭主敬白
<本日はありがとうございました。
時間外にも関わらず早めていただいたおかげで、いい作品に出会えました。
何より、栗山豊さんのコレクションでの展示が圧巻で、ある意味、コレクション記事(の数)それ自体がポップアートの象徴である、
アンディーウォーホルたる由縁ではないかと感じました。
確かに京セラ美術館における展示も日本由来の貴重な作品が展示されていましたが、
やはり、彼には
Money is Money
It doesn't matter if I've worked hard or easy for it.
I spend it the same.
という言葉が似合います。
栗山豊さんのコレクションは
その言葉の証明であったようにも思います。
(栗山さん自体は真逆の生き方ですが・・・)
戻ってきてからも栗山さんが撮った
ウォーホルのポスターが頭に残っています。
そして何よりもアンディーウォーホル展の
カタログの著名人の手書き原稿が凄かった。
綿貫さんの情熱が引き寄せたのだと思います。
洞窟の展示も実際、見たかったです・・
そんな思いを馳せながら、今日の展示を
振り返っています。訪れる多くの方が
私と同じように、心惹かれる展示だと感じます。
(Dさんからのメールより)>
ときの忘れものは金曜初日が多いのですが、平日なので、いつもは数人です。しかし昨日は11時前からお客様が次々と来廊され、スタッフはてんやわんやでした。栗山資料のほんの一部を壁に貼ったのですが、その量に皆さん圧倒されていました。ぜひ時間をたっぷりとって見て(読んで)やってください。栗山豊がきっと喜ぶと思います。
◆「アンディ・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」
会期:2022年11月4日[金]~11月19日[土] ※日・月・祝日休廊
展示の様子は都築響一さんのROADSIDERS' weekly523号が大特集してくれましたのでご覧ください。
〇月〇日
鹿島茂さんの『神田神保町書肆街考』がちくま文庫になった。もともとが4,000円以上した本で、大作。文庫になってもかなりの重量感で、お値段も税込2,200円の一冊だ。高いといえば高いと言えるが、持ち運びできる大きさでこの大作が読めるとなれば、本好きにとってはお得な一冊だともいえる。

世界にも類を見ない「神田神保町」の古書店街としての歴史に収まらず、学生街としての顔、中華街としての顔、そして戦後のスポーツ街として顔など、神保町そのものの歴史を語る本になっている。一ページ読めば、新しい発見がいくつもあるような本だが、文庫版になって何が嬉しいといえば、文庫版のあとがきが追加されていることだ。
この本の中で、古本屋、出版界の歴史が紐解かれているのを読むと、明治以降の黎明期では、古書も新刊も、そして出版も渾然一体だったことがわかる。そこからどんどんと枝分かれし、あるものは古書の世界を極め、あるものは新刊、出版、取次と、それぞれの商売が選択され現在の形になっていく。
しかし後書きにはさらに時代の最先端を行く本に関する取組みについてが書かれている。つまり著者である鹿島茂本人が手がける「PASSAGE by ALL REVIEWS」という本屋のことだ。すでにご存知の方もたくさんおられると思うが、この本屋さんは神保町にある「棚貸し方式(一棚ごとに棚主=店主がいる)」の本屋だ。言ってみれば「長屋」のように様々な人が集まって本屋を作るという、ある意味書店にとっては夢のような世界。自分もそれこそ書店で働きはじめた20年前から「こんな本屋があったら素敵だろうなぁ」と夢想していた形だ。それを鹿島茂は作ってしまったわけだ。しかも、神保町に。
もともとALL REVIEWSは、書かれたままになってしまいがちな書評というメディアを掘り起こし、もう一度読める場を与えることで、書評のみならず本そのものの鮮度を蘇らせようという取り組みで、今日出た新刊も100年前の本も「出会った時が買い時」という、忘れられがちだが、一番重要な本の商品特性を知り尽くしている取組みである。ALL REVIEWSが発足した時には、Amazonがロングテールと言われるものにスポットライトを与えたのと同じくらい、出版にとって重要だと思った。そのALL REVIEWSが作る本屋。しかも、棚主は書評家や作家や翻訳家も多く、自分の蔵書を並べている。それこそ、ファンビジネスの要素も取り込んだ、本を次世代に繋ぐ本屋といっていいだろう。
文庫版後書きには、その本屋の誕生の背景が書かれている。全文引用したいくらいの、古本屋、本屋、出版界志望者は全員読んだ方がいい文章なのだが、それは流石にまずいので、ここだけは引用したい。
「《なら、自分で本屋(古本屋)さんになっちゃえばいいじゃん!》
ところで、よく考えると、一般の読者、すなわち、本を買う側の人たちにとっても、悩みや嘆きは同じではないでしょうか?すなわち、自分が買いたくなるような本が新刊書店には並べられていないし、いざ不要になった本を処分しようとするとリアル古本屋では買い叩かれるし、ネットオークションは手数料が高すぎる。
ひとことでいえば、世の中の大半を占める一般読者の抱えている問題もまた同じであり、その問題に対しては、やはりこれしかないのです。
《なら、自分で本屋(古本屋)さんになっちゃえばいいじゃん!》」
買い叩くと言われている古本屋については、いろいろ言い分もあるのだけれど、それは置いておくとして、この「全員が古本屋になる世界」というのは、確実に訪れている未来ではある。というか、我々がかつての世代の、『神田神保町書肆街考』に出てくるような古本屋と大きく異なっているのが、この「一億総古本屋」といえる未来と闘わなくてはいけないという点だと常々考えている。しかし、同時に、矛盾ではなく、古本屋としてやるべきこと、やれることは、昔も今もあまり大きく変わっていないとも思う。
変わったことは、古本屋にとって最も大事であり、資産であった「本がいくらで売れるか、売れそうか」そうして「いくらで仕入れるべきか」という相場観の絶対的地位が揺らいだ、とうことだ。言ってみれば「古本屋になろう」と思ったら、値付けについてはいくらでも調べる手段がある。それは現時点での時価のようなものであるかもしれないが、とりあえず誰にだってスマホさえあれば今の相場は調べることができる。そのような世界では、それこそ反町茂雄が苦労して作り上げたような教育システム(どういうものかは本書をお読みください)の価値は、全く役に立たないとはいえないが、相当に色褪せる。では、この誰でも「値付けができる」=「相場を知ることができる」世の中で、変わらないものはなんなのか?それは、時価に踊らされない相場観=信念のようなものなのかもしれない。それこそが、プロであるためのささやかなプライドなのだ。問題は、それをどうやってもつけるのか?それは長い長い「修行」でしかないのだろうな、と思う。
『神田神保町書肆街考』で語られてきた歴史の最後に、「一億総古本屋」の未来を垣間見せる本書、さすがとしか言うことはない。ぜひ読んでみてください!
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は新春1月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
~~~~~~~~~~~~~~
*画廊亭主敬白
<本日はありがとうございました。
時間外にも関わらず早めていただいたおかげで、いい作品に出会えました。
何より、栗山豊さんのコレクションでの展示が圧巻で、ある意味、コレクション記事(の数)それ自体がポップアートの象徴である、
アンディーウォーホルたる由縁ではないかと感じました。
確かに京セラ美術館における展示も日本由来の貴重な作品が展示されていましたが、
やはり、彼には
Money is Money
It doesn't matter if I've worked hard or easy for it.
I spend it the same.
という言葉が似合います。
栗山豊さんのコレクションは
その言葉の証明であったようにも思います。
(栗山さん自体は真逆の生き方ですが・・・)
戻ってきてからも栗山さんが撮った
ウォーホルのポスターが頭に残っています。
そして何よりもアンディーウォーホル展の
カタログの著名人の手書き原稿が凄かった。
綿貫さんの情熱が引き寄せたのだと思います。
洞窟の展示も実際、見たかったです・・
そんな思いを馳せながら、今日の展示を
振り返っています。訪れる多くの方が
私と同じように、心惹かれる展示だと感じます。
(Dさんからのメールより)>
ときの忘れものは金曜初日が多いのですが、平日なので、いつもは数人です。しかし昨日は11時前からお客様が次々と来廊され、スタッフはてんやわんやでした。栗山資料のほんの一部を壁に貼ったのですが、その量に皆さん圧倒されていました。ぜひ時間をたっぷりとって見て(読んで)やってください。栗山豊がきっと喜ぶと思います。
◆「アンディ・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」
会期:2022年11月4日[金]~11月19日[土] ※日・月・祝日休廊
展示の様子は都築響一さんのROADSIDERS' weekly523号が大特集してくれましたのでご覧ください。
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